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第4話 王子と初めての出会い

 三日後。


 アメリアは朝早くから支度をしていた。

 髪を整え、顔には薄く化粧を施す。

 服装もいつもより少し華やかに見えるものを身に着けた。


 その鏡に映る姿を見ると、何とも言えない高揚感。


 しかしアメリアは気づいていた。

 いくら綺麗になっても意味がないことを。


 結局、一生この屋敷で奴隷のように仕える人生を送るのだ。


「おはようございます、奥様」


 アメリアはモルガン夫人に挨拶をする。


「ふん、今日はずいぶんとめかしこんでわね! オリヴィ―ちゃんの邪魔だけはしないでよ」


 モルガン夫人は機嫌が悪く、アメリアを見るなり悪態をつく。

 今日はナルス国の第一王子が、娘の縁談のために屋敷へ来る日。

 なのでいつも以上に気が立っているようだった。


「分かっています……」

「それと今日は、オリヴィ―ちゃんのそばでサポートするのよ。いい? 分かった?」

「あと、これも運んで頂戴。この前の陶器みたいに落としたら承知しないわよ……?」

「分かりました」


 アメリアは両手いっぱいに荷物を持たさせる。

 とても一人で持ち運べるような重さではなかった。

 しかしそれを落とさないように必死に運ぶ。


 少しでも遅れるとモルガン夫人から罵倒を浴びるため、休む暇もなかった。


(はあ……はあっ……。重い……っ)


 何とか無事にオリヴィア部屋まで運び終えることができた。

 ドアを開けるといつもより一層煌びやかなオリヴィアの姿。


「まぁ! オリヴィ―ちゃん素敵だわ~! 本当に可愛らしい」


 モルガン夫人はオリヴィアの姿を褒め称える。

 確かにオリヴィアはとても美しかった。

 金色の髪は複雑に結われ、着ているドレスも明らかに一級品。


 まるで人形のように可憐なオリヴィアの姿。


「ありがとうございます、お母様!」


 オリヴィアは嬉しそうに笑みを浮かべる。


 モルガン夫人はアメリアの手から荷物をひったくるように奪い取る。

 中には高価な宝石類がギッシリと詰まっていた。


「オリヴィ―ちゃんのドレスに似合うのはどれかしら……? うーん、こんな安物ではダメだわ……! でもどれを合わせても完璧! さすが私の娘だわ!!」

「えへへ♪」


 モルガン夫人は鼻歌交じりに宝飾品をオリヴィアに合わせていく。

 その姿は生き生きとしていた。


 二人の視界にはアメリアの姿は入っていない。

 そっと部屋を後にしようとするが夫人に見つかってしまう。


「――あら、あなたまだいたの? 用がないなら出て行って頂戴」

「……すみませんでした。すぐに出ていきます」


 アメリアはモルガン夫人に頭を下げて退室した。

 後ろからはオリヴィアの嘲るような笑い声が聞こえてくる。


(悔しいな……。もっと頑張らないと……)


 アメリアは唇をギュっと噛みしめる。


(私もあんな風にお洒落をして、美味しいものを食べて、色んな場所に遊びに行きたいな……。それで結婚もして……。でもそれは絶対に叶わない夢なんだけどね……。私の未来はこの屋敷で死ぬまで働くことしかないんだから……)


 アメリアは小さくため息をつく。

 それから与えられた仕事をこなすために歩き出した。





 ナルス国からの馬車は昼ごろに到着した。

 見るからに豪奢な造りをしていて、王族専用であることが一目でわかる。

 出迎えるために外にいた者たちは、全員その場で頭を垂れた。


 馬車からゆっくりと降りたった王子を見て、アメリアは息を呑む。


 よく手入れのされた金色の髪はさらりと風に揺れて、思わず触れてみたくなるほど滑らかで美しい。

 すらりとした長身は細身だが弱々しさはなく、アメリアが見上げないと目を合わすことができないほどだった。

 そして何より印象的なのはその蒼い双眼――深い海の底を思わせるような青碧色の瞳はどこまでも美しく、知性を感じさせた。


 王子は優雅に一礼すると口を開く。


「初めまして。私はナルス国の第一王子、ルーファス・エルヴィンです。本日は急な訪問にも関わらずお時間を割いていただき感謝します」


 ルーファスの声は軽やかでよく通る。

 聞く者の心を落ち着かせる不思議な魅力があるとアメリアは感じた。


「お越しくださって光栄です。早速ですが我が屋敷をご案内させていただきます。殿下も芸術に造詣が深いとお聞きしておりますので、よろしければご覧になられてみてください」


 アルスラン伯爵は笑顔を崩さずに答えたあと、ルーファスを屋敷の中に招き入れた。

 モルガン夫人の指示で、オリヴィアとアメリアはその後へ続く。


(近くで見るとやっぱり格好いい……)


 アメリアは横目でちらりと盗み見る。

 今まで男性とあまり接する機会がなかったため、つい緊張してしまう。


 しかし、それも仕方がないことだった。

 アメリアにとって男性は皆同じに見える。

 容姿も服装も同じ。ただ違うのは地位だけ。


 そんな世界で育ってきたアメリアにとっては、目の前にいる王子は雲の上の存在。


 オリヴィアも柄になく顔を赤らめ、大人しくしている。


「こちらの廊下は絵画や彫刻を展示しております」

「これは素晴らしいですね。こちらまで足を運んだ甲斐がありました」


 ルーファスは一つ一つ丁寧に鑑賞していく。

 その表情はとても楽しそうであった。


(あっ……あの絵!)


 ルーファスは壁に掛けられている一枚の絵に釘づけになっていた。

 まるで天使が舞い降りてきたかのような神秘的な女性が描かれている。

 題名は『慈愛の女神』


 アメリアの一番のお気に入り。


「ああ、この絵ですか? ええと……確か詳細は……」


 アルスラン伯爵が少し言い淀むと、辺りは静まり返った。

 好きな作品が説明されないとなれば、気になってしまう。

 誰も何も言わない中、アメリアは勇気を出して声を上げた。


「――突然失礼します。私はこの屋敷でメイドをしておりますアメリアと申します。よろしければ私が説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「えっ!?」


 オリヴィアは信じられない、といった顔でアメリアを見つめてくる。

 アルスラン伯爵は、ルーファスの方を見ると静かに尋ねた。


「殿下、いかがいたしましょうか?」


 ルーファスはちらりとアメリアを見る。

 それから微笑んで言った。


「ではお願いできますか? とても美しい女神が描かれた素敵な絵なので気になってしまって」


「はい!」


 アメリアは嬉しそうに返事をする。

 それから『慈愛の女神』について熱く語り始めた――それは止まることなく次から次に言葉が溢れてくる。


 教育係のオズワルドに暇さえあれば教えてもらっていたため、アメリアの知識は豊富だった。



「――というわけで、この作品は女神を描いたものだと言われています。この作品が作られたのは二百年以上前のことで、保存状態が良いことからも大変価値のあるものだとされています。作者のサインはなく、誰が描いたのかわからないのですが、おそらくこの独特の色使いや繊細なタッチはアーロインのものだと思われます。この女神は慈愛の心で人々を救ってくれるとされていて、当時の女神信仰が盛んだった地域を中心に数多くの教会に飾られていました。ですが、この女神が描かれた絵は現存しているものはわずかで、ほとんどが戦火によって燃えてしまったと聞いています。その中でもこの作品は現存する数少ないもので……」



 最初は驚いた様子だったルーファスも、次第に真剣な面持ちになって聞き入る。

 やがてアメリアはハッと我に返った。


(しまった! つい好きなことなので夢中になってしまった……。引かれていないといいけど……)


 アメリアが恐る恐る様子を窺うと、ルーファスの瞳はキラキラと輝いていた。


「すごいですね! まさかこれほど詳しく知っている人がいるとは思いませんでした」


 ルーファスは興奮気味に身を乗り出して、アメリアに話しかけた。


「それに、ぜひ他の作品についても解説を聞かせてもらえないかな?」

「……はい、喜んで!」


 至福の時間はあっという間に過ぎていく……。

 アメリアはこの時間が永遠に続けばいいのにと思った。

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