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第3話 伯爵の帰宅と縁談話

 数日後。


 今日は天気が良いためか、屋敷内を歩くだけでもとても気持ちがよかった。

 窓から差し込む太陽の光が廊下に木漏れ日を作りだし、庭では鳥の鳴き声が聞こえる。


 いつもはきつい窓拭きにも、自然と力が入る――綺麗になった窓ガラスを見るとアメリアの気持ちは弾んだ。

 掃除をすると心まで綺麗になるような気がする。


(さて、あともう一息頑張ろうっと!)


 そんな時だった。


 玄関の扉が開かれ、使用人の人たちが大慌てで走って来るのが見えた。

 どうやら誰かが帰って来たようだ。

 先頭を走る給仕がアメリアの姿を見つけるなり、声を上げる。


「アメリア、大変です。旦那様とオズワルド様があと一時間ほどで帰って来られます。急いで準備をしなくては……」

「えっ!? 本当ですか?」

「はい。間違いありません。すぐに準備をお願いします」


 アメリアはその知らせを聞いて、とても嬉しくなる。


 『オズワルド様』とはこの屋敷の教育係で、ハスパル家の使用人の間で最も尊敬されている老紳士。

 経歴は謎に包まれており、素性を知る者は少ない。


 しかしとても優秀な人物で博学多才。

 深い教養を持ち、アルスラン伯爵からの信望も厚い。

 だから教育係でありながら、いつも伯爵の遠征に同行をしている。


 そしてアメリアにとっては父親のような存在。

 いつも寝る前に勉強を教えてもらっていた。

 特に最近は廊下に飾られる美術品について、その由来や歴史を詳しく教えてもらっている最中だった。


 オズワルドはアメリアにとって、この屋敷で一番の恩人。




「早く急いで準備して頂戴! あれもこれも片付けて! オリヴィ―ちゃんにドレスを着せないと。ああ、髪飾りのリボンが見つからないのよ! 私の部屋には無かったかしら? 探すの手伝いなさい!」


 モルガン夫人が早口で捲し立てると、使用人は皆忙しなく動き始める。

 この屋敷で一番慌てているのは明らかに夫人だった。

 

 アルスラン伯爵はマナーや服装に厳しい人で、少しでも礼儀作法が乱れるとすぐにオリヴィアを叱責をしていた。

 そのため、伯爵が屋敷にいない間は羽を伸ばすのが常となっていた。

 だからこの前の夕食の時のように、オリヴィアが無作法をしても夫人に許されていたのだ。




 しばらくして玄関の前に馬車が到着した。

 アルスラン伯爵と教育係のオズワルドが降りてくると、使用人たちは一斉に挨拶をする。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「うむ」


 先頭に並んでいたモルガン夫人とオリヴィアが前に出る。

 二人は恭しく頭を垂れ、それから夫人は淑女の礼を行う。


「ご苦労様でした。今回はいかがでしたか?」

「まあまあだ。収穫はあったぞ。この後の夕食の時に話す」

「それは楽しみですね! 今宵は豪華な食事をご用意させて頂きます」


 モルガン夫人は満面の笑みを浮かべる。

 アルスラン伯爵が不在の時には絶対に見せない笑顔。


「……ところで、オリヴィアのその恰好はなんだ? ポケットからハンカチが飛び出しているぞ。まったくこれでは品がない」


 オリヴィアはドキリとした様子で体を硬直させる。

 その瞳には怯えの色が浮かんでいた。


「申し訳ございません。今度から気を付けますわ。オリヴィ―ちゃんも、次からは気を付けるのよ?」

「は、はい……。お母さま」

「……まあいい。とりあえず自室に戻る」


 そう言うと、アルスラン伯爵は屋敷の中へと入っていった。

 後に続く教育係のオズワルドは、そっとアメリアにウィンクをしてくる。


 その合図にアメリアは微笑んで応えた。





 その日の晩餐はとても豪勢なものとなった。

 食卓の上には、普段は出ないような高価な食材が使われた料理が、所狭しと並んでいる。


 アルスラン伯爵の帰宅した日の夕食だけは、屋敷の使用人全員が同じテーブルを囲むことが決められていた。

 一番年下のアメリアは端の席に座ることになる。

 これはいつものことだった。


 「さて諸君、今日は久々に私が帰ってきた記念すべき日だ。存分に楽しむとしよう」


 その言葉を受けて使用人一同から歓声。

 それからアルスラン伯爵はグラスを手に取り立ち上がる。

 すると使用人たちも立ち上がり、それぞれ手に持ったワインを掲げる。


「我らが主、アルスラン・ハスパル様万歳!」


 その掛け声とともにグラスに入った赤い液体を飲み干していく。

 アルスラン伯爵は上機嫌にそれを口に含む。


 オリヴィアはいつもと違って、上品な仕草で食事をする。

 しかしぎこちない動作は隠し切れず、口元にはべったりとソースが付いていた。

 それに気づいたモルガン夫人は、すかさずナプキンでそれを拭き取る。


「うん、中々のワインだな……。それにオリヴィア、もう少し行儀よく食べなさい」

「……はい」

「もう十七歳になるのだろう? アメリアを見習いなさい。彼女の方がずっとしっかりしているぞ」

「……っ」


 オリヴィアは悔しそうにアメリアを見つめる。

 伯爵は何かと二人の比較をして、アメリアをよく褒めていた。

 それが原因で、オリヴィアとモルガン夫人による陰湿な嫌がらせが始まったのだった。


 アメリアの作法がどこに出しても恥ずかしくないものなのは、亡き母の教育のおかげだった。

 貧しい生活の中でも、最低限のマナーや教養を身に付けることは大切だと、教えてくれたことには感謝しかない。


「申し訳ございません。オリヴィ―ちゃんったらまだ子供で……」

「まったく、もう結婚してもおかしくない年齢なのだぞ? せっかく縁談相手を見つけてきたというのに……。これでは先方から断られるかもしれんな!」


 アルスラン伯爵はため息をついたが、反対にオリヴィアの表情は輝いた。


「お父様、本当ですか!?」

「ああ、本当だ。商談でその国の国王にかなり気に入られてな。今回の遠征はだから長かったんだ。聞いたことあるかもしれんが、隣の国のナルス第一王子だ。どうだ、すごいだろう?」

「お父様! 大好きです!」

「三日後、こちらの屋敷でお会いすることになる。それまでに準備しておくように」

「はいっ!!」


 オリヴィアの返事は弾む。

 その王子の噂はアメリアでも聞いたことがある。

 容姿は端麗で頭脳明晰、文武両道で誰からも愛される完璧な人物だという評判。


 アメリアには決して縁のない話。

 そんな人が婚約者になってくれたらどれだけ幸せだろうか。


 そんなことを考えていると、いつの間にか視線がオリヴィアと合ってしまう。

 彼女は勝ち誇ったように微笑んでいた。

 アメリアは慌てて目を逸らす。


(あああ、私も結婚とかしてみたいなぁ……)


 美味しいはずの食事の味は、何故かほとんど感じられなかった。

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