第29話 ダンスの練習
舞踏会まであと二週間。
ルーファスの頑張りのおかげで、当面の仕事は終わっていた。
だから今はこうして、ダンスの練習に集中できる――。
「アメリア、そこのステップが少し遅れているかな? リズムに乗って、足を踏み込んでみてくれ」
「こ、こうでしょうか!?」
「もう少し大きく。……うん、上手だよ!」
「ありがとうございます!」
ルーファスは満足そうに笑みを浮かべる。
練習といえど、アメリアのの心はドキドキだった。
まるで夢の中のような感覚に酔いしれてしまう。
(ルーファス様と一緒に踊れるなんて……幸せすぎるよ!)
「――よし、この調子なら舞踏会に間に合うと思うよ。一度そろそろ休憩を取ろうか」
「はい!」
アメリアにとって、ダンスを踊るのは初めての経験。
そのため最初はかなり緊張していたが、少しずつ慣れてきていた。
「アメリアは、やっぱり筋が良いね。飲み込みも早いしフォームもとても綺麗だ。……もしかしたら、すぐに私よりも上手くなるかもね」
「そ、そんなことはないですよ! まだまだ教えて欲しいことがあります」
「私で教えられることがあるなら喜んで教えるよ」
「ありがとうございます! よろしくお願いしますね!」
「ははっ、こちらこそ」
ルーファスと話す休憩時間も、アメリアにとってはかけがえのない幸せ。
だけどそんな時間を過ごすほど、ある不安も募ってしまう。
(――そういえば、どうして私を舞踏会に誘ってくれたんだろう……? ルーファス様なら、絶対に他の女の子からも引く手数多だと思うんだけど……。私でいいのかなぁ……?)
もちろんアメリア側としては、断る理由なんて一つもなくむしろ大歓迎。
一番の不安の原因は、ルーファスに釣り合うか自信が持てないことだった。
専属の秘書官とはいえ、王族のルーファスとでは立場が全く違う。
身分差が想像以上に厳しいものだということは、身をもって知っているつもりだからだ。
「……どうかしたのかい? 何か悩みでも?」
考え事をしているのを見透かされたのか、ルーファスは心配そうに問いかけてくる。
アメリアは慌てて首を横に振る。
「いっ、いえ……なんでもないですよ!」
「……本当かな? もしかすると、私に気を遣っているんじゃないのかい?」
ルーファスはじっと目を見つめてくる。
その視線が痛くて、つい顔を逸らしてしまう。
「うぅ……本当にないです……」
「ははっ、そこまで必死になる必要はないよ? ただ何か言いたくなったら、遠慮なく相談して欲しいな」
「はい……ありがとうございます……」
優しく微笑むルーファスを見て、申し訳なさでいっぱいになる。
(本当は聞きたい……でもルーファス様の迷惑になっちゃうかもしれないし……。それにもし聞きたくないような答えだったら……)
そう思うと勇気が出ない。
結局聞けないまま、ダンスが再開される。
「さぁ、ここはこうやって……。もう一度やってみようか」
「はい……」
アメリアは休憩が終わってからミスの連続。
心ここにあらずの状態が続いてしまい、どうしてもうまく踊れない。
ルーファスはそんな様子を見て、優しく声をかける。
「どうしたんだい? さっきから元気が無いように感じるけど……どこか体調でも悪いんじゃないのか?」
「いえ……そんなことありません! いつも通りですよ!」
アメリアは精一杯の笑顔をみせる。
ルーファスはそんなアメリアに近づき、そっと額に手を添える。
熱がないかどうか確かめるために、少しの間黙り込んだ。
(――ひゃわぁあああっ!? お顔がち、近い……!)
その突然の行動に驚き、アメリアは体が硬直。
至近距離にある整った顔立ちに、思わずドキッとした。
そのまま動けずに固まっていると、ルーファスは安心した表情を浮かべた。
「熱は……無いみたいだね。疲れが溜まっているんじゃないだろうか。今日の練習はこれくらいにして、早めに休んだ方がいいね」
「だ、大丈夫です、もう少しだけ続けさせて下さい! その……ルーファス様にご迷惑をおかけしたくないです!」
何故かしばしの沈黙。
「あははははっ!」
「えっ!?」
大声で笑い出したルーファスに、アメリアは驚いてしまう。
突然のことに、心配になって尋ねる。
「どうかしたのですか? 私、なにか変なことを言いましたか……?」
「――いや、すまない。先日と立場が逆だと思ってね。あのときのアメリアの気持ちがやっとわかったよ」
「…………あっ!」
アメリアは先日の自分を思い出していた。
無理して仕事をするルーファスに対して、休むことを強く勧めていたこと。
そしてその理由がわからなくて、とても心配していたことを。
(あの時の私と同じ気持ちを、今のルーファス様も感じてるってことだよね……?)
アメリアはそのことに気づき、思い切って口を開く。
「あ、あの……!」
「どうしたんだい?」
「――ルーファス様はどうして私なんかを誘ってくれたんですか……? 私はただの秘書官でしかないですし、もっと他にふさわしい女性が……」
ずっと心に抱えていた疑問をぶつけてしまった。
だけどその答えを聞くことが、何よりも怖かった。
もしも他の女性の方が良かったと言われたら、とても耐えられない……。
「それは違うよ」
ルーファスの声は穏やかだった。
アメリアを落ち着かせるように優しい口調で続ける。
「アメリア。君と出会ってからまだ短い期間だが、私はアメリアをとても大切な存在だと考えているよ」
「……っ!?」
突然の言葉に、アメリアは息を呑んで驚く。
ルーファスは真っ直ぐに目を見て話してくれた。
「――仕事はしっかりこなすし、真面目な性格で努力家だ。さらに人のために自分を犠牲にできる優しさがある。何よりも私の心を癒してくれる笑顔を持っている。これだけの条件が揃った女性は、世界中を探してもきっとアメリアだけだ」
「ル、ルーファス……さま……!」
恥ずかしさと嬉しさで、全身が熱い。
ルーファスは恥ずかしげもなく話を続ける。
「それにアメリアと過ごす時間は楽しい。まるで本当の家族と過ごしているような安心した気分にさせてくれる」
「そ、それは私が子供っぽいと言いたいんですか?」
アメリアが頬を膨らませると、ルーファスは笑みを浮かべる。
「ははっ、そういうところだよ? そんな表情も素敵だと思うな……」
「うぅ……ずるいですよ!」
「まぁ、そんなわけだからね。私がアメリアを誘いたかったから誘ったんだ。それじゃあ理由にならないかな?」
「本当に……?」
「だから一緒に行きたくなかったら最初から誘わないよ?」
「本当ですか……?」
「もちろんだとも! というわけだから、近々ドレス選びに付き合ってもらう予定からね?」
「は、はい!」
その返事を聞いて、ルーファスは楽しげに笑う。
アメリアは嬉しさのあまり、悶絶して倒れたかった。
(――そうだよね! 私だから誘ってくれたってことでいいんだよね!)
自信を持てるようになったことが嬉しくて、ついニヤけてしまう。
心の中の不安がなくなり、とても晴れやかな気分。
「誘ってくれてありがとうございます! ルーファス様!」
「こちらこそよろしく頼むよ。――さぁ、あともうひと踏ん張り頑張ってみようか!」
「はい!」
ルーファスの掛け声と共に、二人は再び踊り始めたのだった。




