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第2話 アメリアの生い立ちと最悪の夕食

 アメリアの出自は決して良いものではなかった。

 母は貴族の出身だったがある事情から家を勘当されてしまい、平民として生きるしかなかったという。


 物心ついた頃にはすでに父親の姿はなく、残された母は懸命に働いてアメリアを育ててくれた。


 幼少期のアメリアの格好といえば、着古したワンピース──薄汚れ、擦り切れ、裾はほつれていた。

 髪の毛も艶を失っており、伸ばしっぱなし。

 食事も満足にできずに、痩せた体は骸骨のようだった。


 アメリアの一日の楽しみといえば、母のしてくれる話。

 母はかつて社交界で名を馳せた美女だったようで、父との出会いに至るまでの経緯は、寝物語として幾度となく聞いたものだった。


 アメリアはその話を聞くたびにワクワクとした気持ちになり、幸せな気分になれる。  

 豪華絢爛な社交界を妄想しては憧れを募らせる。


 そして話の最後に、母はいつもこう付け加えるのだった──


『いつかあなたのお父さんが迎えに来てくれるかもしれない。そうしたら幸せになれるのよ』

『頑張っていればきっと、明日はいい日に巡り合える』


 それはまるで、夢見がちな母親が自分に対して言い聞かせているような口癖。

 アメリアもいつしか、そんな優しい未来が訪れると信じて疑わなかった。


 貧しい暮らしだったが、それでも母の愛をいっぱいに受けてアメリアは育った。



 しかしそんな幸せな日々は突然終わりを迎えた。

 三年前の流行病で、唯一の肉親であった母は帰らぬ人となってしまった。

 頬は痩せこけ骨と皮だけになっていく様は、アメリアの目に今でも焼き付いている。


――ごめんね。あなたを一人にしてしまうけど、強く生きるのよ


 母の最期に残したそんな言葉が、アメリアには今も忘れらない。



 その後孤児院へ入所したアメリアは、幸運にも金持ちの貴族に拾われることになる――それが現在働いているハスパル家。


 社会福祉の一環として孤児を預かり、使用人代わりに安く雇い入れる――商業ギルドの斡旋するシステムにアメリアもまた乗ったのである。


 当時のアメリアは十三歳を迎えており、年齢的にも働くには問題ない年頃だと判断され、すぐに屋敷へと連れていかれた。


 そして今から三年前、アメリアは雑用メイドとして屋敷に引き取られることになったのだった。


 



 夕食の時間。


 今日の献立は鶏肉のクリーム煮込み、それにパンとサラダ、デザートは旬のフルーツ盛り合わせ。

 アメリアが普段食べているものとは、比べものにならないほど上質なものばかり。


 しかしアメリアの心が躍ることはなかった。

 なぜなら、目の前のテーブルに座るのはハスパル家の夫人と娘だけ。

 つまりアメリアの席は用意されてはいない。


 この待遇は屋敷のメイドとしては、当たり前のこと。


「これ、美味しくないわ」


 野菜にフォークで何度も突き刺しながら、オリヴィアは不満げに呟く。


「あら……。早くステーキを用意しなさい給仕!」

「わーい、お肉大好き!」

「このサラダを早く下げて頂戴! 肉を多めに追加して……それに私のお気に入りのワインも!」


 その言葉を受け、給仕が急いでサラダを下げ始める。


 しばらくすると、食卓の上には大きなステーキが用意された。

 表面からは湯気が立ち上がり、香辛料の良い香りが立ち込める。


 モルガン夫人は優しく微笑むと、娘の前にある食器を取りあげる。

 それから優雅な仕草でナイフを手に取り、分厚い肉を切り分けた。


「さぁ、オリヴィ―ちゃんどうぞ!」


 オリヴィアは用意されたお肉に、フォークを真っ直ぐに突き立てた。

 それからくちゃくちゃと下品な音をさせながら食べる。


(……汚らしい)


「ふうん、まあまあの出来ね。でもまだちょっと固いかしら?」

「オリヴィ―ちゃん、これをかけて食べてみて」


 モルガン夫人はソースに手を伸し、少しすくってからオリヴィアに差し出す。


「なぁにこれ! 味つけ濃くない!?」


 それから口直しのためだろう、今度はブドウに手を伸ばし皮ごとかじりつく。

 果汁がついた指をぺろりと舐める様を見て、思わず目を背けたくなる。


――これがいつもの食事風景だった。


 モルガン夫人は娘のわがままに合わせて、いつも豪華な食事を用意する。

 アメリアはこの光景を見ても、羨ましいと思うことはなかった。


 オリヴィアはもう十七歳になるというのに、令嬢が身に付けるべきマナーや教養はほとんど持ち合わせていない。

 夫のアルスラン伯爵が商談でこの屋敷を度々離れることをいいことに、夫人は娘に対して甘すぎるほどの態度を取っていた。

 

 それが今のオリヴィアの人格を形成してしまったように思う。

 そのせいか夫人に似て、傲慢な態度を平気でとるようになっていた。


 もちろん使用人の何人はそれを咎めているが、一度として効果は現れてはいない。

 それどころか逆効果になっているようで、今では注意した者がクビになるという事件も起こってしまった。


 そのためアメリアは見て見ぬふりをするしかない状況に陥っている。

 最近は教育係のオズワルドを除いて皆諦めてしまい、親子達の好き勝手にさせている。


(どうしてこんなことに……)


「ぐぅ~」


 そんなことを思っていると、アメリアのお腹の音が盛大に鳴ってしまう。

 陶器を割った罰として、食事抜きを言い渡されていたせいだ。

 長時間の労働に加えて、朝の軽食以外は何も口にしていないため当然の結果。


 アメリアは慌てて腹部を押さえたが遅かった。

 二人の視線が一斉に注がれてしまう。


「なぁに? あなたまさか……」

「いえ、違いますっ」


 反射的にモルガン夫人の言葉を否定するが、アメリアの顔に熱が集まっていく。


「ふん。図々しいこと。使用人が主人と同じ食事ができるわけないでしょう?」


 オリヴィアは高圧的な口調で言い 、夫人は苦笑を浮かべた。


「……お食事中に申し訳ございませんでした」


 するとオリヴィアは何かを思いたかのか、手を叩くとクスリと笑う。


「ねえ、お母さま良い事思いついたわ! 私がアメリアの分の食事を用意するから、そこで一緒に食べればいいじゃない!」


 そう言ってオリヴィアは、雑に肉を盛り付けると、その皿を床の上に置いた。


(――これは……酷い)


「これでいいでしょ? 感謝して食べなさいよね!」


 満足げにオリヴィアは席へと戻っていく。

 モルガン夫人はワインを片手に上機嫌な表情を覗かせている。


 オリヴィアの行動を見た周囲の給仕は顔を真っ青にして固まる。

 その様子を夫人は全く気にしていないかのように、一人ワインを楽しむ。


 この屋敷で一番偉いのはこの私だと言わんばかりの振る舞い。


 アメリアは床に置かれた肉を見つめる。

 拒否すれば何をされるか分からない恐怖もあった。

 それよりも食べ物を粗末に扱う行為に憤りを隠せない。


 アメリアは毎日食事を食べられることが、どれだけ幸せであるのかを知っている。

 幼少期の貧しい生活が思わず脳裏に浮かぶ。


「ありがとうございます、オリヴィア様」

「……なによ、改まって。気味が悪いわね」


 アメリアは礼を言ってから、手づかみで肉を口に運ぶ。

 オリヴィアの顔が歪むが、それを無視する。


 久しぶりに食べた肉は体に染みて、本当に美味しく感じた。


「ぐっ……調子に乗るんじゃないわよ! この穀潰しが」


 怒りに満ちたオリヴィアの声を聞き流す。


 アメリアはスカートの裾を摘まんで、優雅な仕草を取る。

 そして深々と頭を下げて、その場から立ち去った。

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