吾輩はお別れする
湖の上でぷかぷかと浮かびながら日を浴びている美しい黒毛の猫。
もちろん吾輩である。
人間に逃げられてから一か月くらい経った頃の話である。
吾輩の存在を知られたからなのか、あれから人間たちがこの森に入ってくることはなかった。
シュトルムが大暴れしていなければ人間と戯れることが出来たかもしれないのに。飼い猫になって三食昼寝付きの悠々自適なニャン生を送る計画がパーだぞ。許さんぞシュトルム。
まあ、そんなことは置いておいてだ。
最古の龍クレプスクルムことクルムさんに師事していたのだが――
『うむ。もう教えることはない!』
と、免許皆伝を許された。
クルムさんのおかげで吾輩の持つ力とその扱い方や応用方法がよく分かった。
ありがたやー。
『これからクルムさんはどうするんだ?』
吾輩に教えるためだけにここへ来たクルムさん。
免許皆伝を許された今、彼がここに残る理由はなくなったのだ。
一か月弱と言う短い期間だったが、楽しく充実した日々だったので寂しさにあったのだろう。吾輩はそう問うた。
『うーむ。気ままに世界を飛び回るつもりでいるな。もとより一か所に留まるつもりはないのだ。この巨体で内包する魔力も莫大な我が一か所に定住すると討伐隊が組まれてしまうからな』
こんなにも良い龍なのに人間と言うやつぁ……。
『今回はクロ殿がいたおかげで警戒程度ですんでいるがな! フハハハハ!』
『どういうことだ?』
『人間たちの間で九尾の猫は恐怖の対象であると言ったであろう? 不用意に手を出して街を地図から消されてしまったら目も当てられないからな!』
触らぬ神になんとやらってやつか。
そんなことしないってのに。ほんと、シュトルムの奴を一発殴ってやりたいわ。
『……人間の傍で生きたいのか?』
吾輩がしょんぼりしていると、クルムさんは吾輩の方に顔を向けて問いかけてきた。
そんな彼の問いに答えるため、吾輩は空中を浮遊しながら彼の顔の前まで向かった。
『吾輩の夢は人間の傍で悠々自適の過ごしたいのだ』
『……フハハ! それでは飼い猫のようではないか!』
『うむ。吾輩は人間に飼われたいのだ』
楽がしたいのだ。
『なるほど。シュトルム殿とは違うが、クロ殿も変な猫であるな』
変って言うな!
『では最後に一つ、秘技を授けよう』
『秘技! どんな?』
秘技と聞いて吾輩はお座りの状態から立ち上がる。
吾輩も猫であるが男の子である。
秘技と聞いて喜ばないわけがない。
『まずは落ち着け』
『あい』
『クロ殿には言っていなかったのだが、我もまた――』
そう言いながらクルムさんはお座りの状態で太く長い尻尾を吾輩に見えるように持ち上げた。
その行動を不思議に主ながらも、吾輩はじっとする。
すると、クルムさんの持ち上げられた尻尾が光り出した。その光がまぶしくて吾輩は瞳孔を細めながら目も細める。
光が止むと、そこにはゆらりと揺れる九本の尻尾があった。
吾輩は目を見開き、全身の毛ぶわりと震わせる。
『フハハ! 驚いてくれたようで何よりである! そう! 我もまた九つの尾を持った神獣なのだ』
九尾のドラゴン。
吾輩と同じように九本の尻尾を持った存在。
だが、納得できた。
シュトルムや吾輩に力の扱い方を教えることが出来た理由。彼も九尾なら尻尾一本一本に力を持っているのだろう。だから細かく教えることが出来た。
『だが、神は猫好きなのだろうな。我のような生物の頂点よりも貴殿たち猫の方が内包する力が強いのだ』
神よ! 猫が好きなのか!
『そんなことはいい! その尻尾を一本にする秘技を教えてくれ!』
力が強い云々なんかどうでもいいのだ!
九尾の猫が恐怖の対象ならば尻尾を一本にしてしまえばいい! なぜ今まで気づかなかったのか!
やり方は全く持ってわからないがな!
『近いわ戯け』
『すまん。少々興奮した』
深呼吸して落ち着いた後、至近距離まで近づいていた身体をクルムさんから離す。
『まあ、秘技と言っても単純なものだ。魔力を練り上げながら尻尾を一本になるようにイメージするだけ』
『……そんなんでいいのか?』
『信じてないようだな。騙されたと思ってやってみろ』
『あい』
吾輩は騙されたと思いながらやってみることにした。
目を瞑って集中し、内包する魔力を練り上げながら尻尾が一本になるようにイメージする。
すると、吾輩の愛しき尻尾が熱を持ち、しばらくしてその熱が一気に冷めた。
『目を開けてみてみろ』
クルムさんに言われて目を開けて尻尾を見るために振り向く。
『……一本だ!』
吾輩の心に反応して揺らぐ尻尾は一本のみ!
これで見た目だけはそこらへんにいそうな黒猫である!
うむ!
『これで人間にはただの猫にしか見えないはずだ』
『ありがとうクルムさん!』
『気にするな。だが、魔力を視れる魔法使い達には気をつけろ。尻尾を一本にしたところで内包する魔力で看破されてしまう可能性がある』
なるほど。そう言う奴もいるのか。
『うむ。気を付ける』
『さて、我はそろそろ行くとしよう』
『ああ』
『これで別れであるが、我たちは永久を生きる者。いつかどこかで会うことがあるだろう』
『達者でな。クルムさん』
『フハハ! 貴殿もな。ではさらばだ!』
そう言ってクルムさんは両翼を広げてはためかせる。
翼による風圧を空間固定で防ぎ、飛び去って行くクルムさんを見送った。
最後に見たのは九本の尻尾を上下に揺らしながら優雅に飛んでいく後ろ姿。
さて、吾輩も行くとしよう。
クルムさんが向かった方向とは反対方向へと吾輩は飛んでいく。浮かんでるからな。
さあ、飼い猫悠々自適生活を求めてれっつらごーにゃ!
猫が呼んでるのでご飯与えてきます。
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