吾輩は遭遇する
焼いたブロック肉を一心不乱に食らう姿も愛らしい黒猫。
吾輩である。
たまに見せる獰猛な姿もまた可愛げがある。なぜなら吾輩だから。
今はトカゲ君との戦闘から四日経った。
毎日肉、水、睡眠の繰り返しである。トカゲ君のブロック肉が大量にあるため食事には困らないが如何せん毎日毎日同じ肉だと飽きてくる。
そのため、この日は狩りを行うつもりである。
兎か猪あたりが居ればいいんだがな。
食事を終えた吾輩は顔を洗って身支度を整えてから湖の方へと向かう。
湖まで来た吾輩は狩りの前に日光浴タイムである。
食事をしたら顔を洗って日向ぼっこ。最高か?
人間だったらだらけ過ぎと怒られるところだな。
日向ぼっこをして身体をほかほかにしたあと、吾輩は狩りをするために起き上がる。
岩から降りて木陰に身を隠そうと移動している最中のことだ。吾輩に覆いかぶさるように巨大な影が差した。
またこの前みたいなトカゲ君だろうか?
そう思って見上げると、そこには――
「に、にゃあああああああああああッ!?」
トカゲ君なんか比にならないほど巨大な生物がいた。
あまりの大きさに吾輩ビビッて九本の尻尾をピンと立てて硬直してしまった。
トカゲ君よりも巨大で威圧感のあるファンタジーではお馴染みの巨大生物。
そう、ドラゴンである。
ドラゴンは翼をはためかせ、吾輩の前へと降りてきた。
巨大な翼が発する風圧に吹き飛ばされそうになるが、どうにか踏みとどまることが出来た。
影で分かりにくいが、そのドラゴンの体表は黒くツヤのある美しい鱗に覆われており、吾輩と同じように四足で地面をしっかりと踏みしめていた。
その背にある巨大な翼は折りたたまれ、空にいた時よりも少しばかり小さく見えた。
後ろへと湾曲しながら伸びている太い角を持った厳めしい顔つきのドラゴンは、頭を吾輩の方へと向けて下げてくる。まるで目を合わせるようにだ。
目線があった所で、赤く鋭いが、その視線には知性を感じる。
『ふむ。強大な魔力の気配を感じてやって来てみれば九尾の猫殿であったか』
ふぅん。と鼻息を漏らすドラゴン。
その鼻息で吾輩飛ばされるところであった。
頭に響くような声と、口が動いていないところを見るにテレパシーのような魔法を使っているのだろう。
ドラゴンの言葉にテレパシーなんか使えない吾輩は困ったように首を傾げる。
そんな姿も愛らしい。
『念話は使えないのか? ふむ、ここらに九尾が移動したとは聞いていないが、念話の使い方もわからないと言うのであれば生まれたてと言う事か』
吾輩が念話を使えないことがわかると、すぐにそう理解したドラゴン。
理解力パないっすね。
コクリと頷くと、ドラゴンもまたふむ。と頷いた。
『では、そうだな。己の魔力は認識できるか?』
と、ドラゴン。
己の魔力とは? 魔法を使うときは特に気にせず使ってたから認識はしていないな。
だから吾輩は首を振る。
『ふむ。では目を瞑り、簡単な魔法を行使してみろ』
ドラゴンの言葉に頷き、吾輩は目を瞑ってマッチの火程度の火魔法を使う。
『その尻尾の先に向かっている力の流れを探るのだ』
尻尾の先に向かう力の流れねぇ。
なるほど、わからん。
こういう時は逆にゴールからスタートを探ってみるのも手だな。
吾輩は尻尾の先の火に意識を向けてみると、確かに何かの力が尻尾の先に収束していて火の形を作っているようだ。その火を作っている力を出元を探ってみることにした。
どうやら、火元から吾輩の下腹部あたりから出ていることが確認できた。人間で言うところの丹田と言う場所あたりだな。
火を消して目を開ける。
『確認できたようだな』
その言葉に頷く。
『では、その魔力を我へと放出しながら言葉を乗せてみろ』
魔力をドラゴンに向けて放出とな。
放出放出……。
丹田から脳に魔力を移動するようにイメージして、そこからドラゴンに向けて糸を伸ばすように魔力を伸ばしてみる。
お、意外と簡単にできた。体内の魔力なら簡単に移動させられるのだな。
『これでいいだろうか?』
繋がったのを確認して言葉を乗せてみる。
『うむ。上出来だ』
上出来らしい。
さすが吾輩である。
『では、意思疎通が出来た所で自己紹介と行こう。我は見ての通りドラゴンである。人間たちには最古の龍クレプスクルムと呼ばれている』
最古の龍クレプスクルムさんか。吾輩賢いから覚えた。
長いからクルムさんと呼ぼう。
『吾輩は九尾の猫である。名前はまだない』
猫である吾輩。やはり自己紹介はこうでなくてはな。
敬語の方がよかったかもと思ったが、クルムさんは気にしていないようだ。
『名がないのは不便であるな。ふむ。いつか出会った九尾の猫殿は確かシュトルムと名乗っていたな。名の通り暴風のような御仁であった』
おそらく、前任猫のことであろう。
神曰く吾輩とこちらの猫を交換転生したと言っていたからな。
前任猫が九尾の猫で、力のバランス調整で吾輩が後任の九尾の猫になったのだろう。
にしてもシュトルム。名の通り暴風のような猫と言うことは余りある力で暴れまわっていたのだろうか。馬鹿だな。せっかくのニャン生なのに。
『ならクロと名乗るとしよう』
見たまんまである。が、猫としてはぴったりな名前であろう。
吾輩は九尾の猫である。名前はクロ。
うむ!
『クロ殿だな。覚えておこう』
『よろしく』
『ああ。よろしく頼む。さて、クロ殿は生まれたばかりなのだろう?』
『最初から成体だったが、意識が芽生えたのは二週間ほど前だな』
『最初から成体だったのは、九尾の猫が我と同じく神獣だからだ。我々神獣は生まれた時からそれぞれの姿を持っている』
『なるほど?』
わかるようなわからないような。
神獣だから最初から成体なわけだ。神獣すげぇってことで。
『だが、二週間か。ふむ、ならば我がクロ殿の持つ力の扱い方を教えようではないか』
『いいのか?』
ありがたい話ではあるが。
『構わん。シュトルム殿に力の使い方を教えたのも我だからな』
ふふん。と自慢げに言うクルムさん。
それで暴れん坊になってるんじゃ不安でしかないのだが。
『そう不安そうにするでない。シュトルム殿が特殊なだけだ』
特殊って。
まあ、零から始めるより一から始めた方がいいのは確かだな。
お願いするとしよう。
『じゃあ、頼む』
『承った』
こうして、吾輩は最古の龍クレプスクルムとの修行が始まったのだ。
と言うか頼むときのちょこんと座って上目遣い気味にお願いするの可愛すぎないか吾輩。
猫の上目遣いに勝てるわけないやろ