吾輩は初めて戦う
湖のほとりで日向ぼっこしている毛並みが綺麗な黒猫。
そう、吾輩である。
初めての狩りを成功させてから一週間は経った頃の話だ。
ちょうどいい大きさで寝やすい形の岩の上で日の光を浴びていると嫌な気配を感じて跳び起きた。
周囲を見回してみるもその気配の主は発見できない。隠れているのだろうか。
『Gigyaaaaaaaaaa!』
「ッ!?」
静かな湖畔に咆哮が轟く。
その咆哮は上から。吾輩は警戒しながらも空を見上げると、そこには大きな翼を持つトカゲがいた。
ドラゴンと呼ぶには小さく見えるため、ワイバーンか何かだろうか?
まあ、トカゲでいいや。そのトカゲは吾輩を獲物と定めているようで、吾輩の真上を旋回している。
「にー」
さすがに空は飛べないし、奴が降下してくるのを待つことにした。
漫画とかみたいに空間を固定して足場でも作れればいいんだがな。と、思った時、吾輩の第八尻尾に反応があった。
なんと言うか、ムズムズするような。ぴくぴくするような。そんな感覚。
空間と言う言葉に反応したのか?
「にゃ」
空間固定!
お試し発動。すると、また第八尻尾が反応を示した。
周りには特に変化は見られない。
失敗だろうか?
まだトカゲも降りてこないため、その場に座り込もうとした。
「に?」
だが、吾輩は座ることが出来ずに首を傾げた。
身体が動かないのだ。
ピクリとすら。
困惑していると、吾輩に影が差す。上を向くことすらできない吾輩。だが、気配からしてトカゲが急降下してきたのだろう。
『Giaaaaaaaaaa!』
またも咆哮。
攻撃してくるのだろう。だが、影が大きくなるものの吾輩への攻撃はこなかった。
否、攻撃はしているのだろう。硬い物同士がぶつかる音がしている。
さっきの空間固定のせいだろうか?
トカゲは攻撃しても無駄だと判断したのか、上昇していくのを影で確認した。
「にゃ」
固定解除。
そう唱えると、吾輩の身体に自由が戻る。
やはり空間はちゃんと固定されていたようだ。ただ、空間と言うことで目には見えなかっただけ。
トカゲが攻撃できなかったのも吾輩を中心として固定された空間が壁のような役割をしていたのだろう。強いな空間魔法。
『Gigyuaaaaaaaaaa!』
ふむふむ。と自分の力に感心していると、上空で咆哮が聞こえた。
何度も何度もうるさいこと。
上を見上げるとトカゲが急降下してきた。
吾輩はその姿を見て身を低くする。
そして、トカゲが吾輩の射程圏内に入った所で吾輩は思い切り飛び上がり、奴の顎下へと猫アッパーをかます。
この前木を殴った時のように、華奢な吾輩の拳とは思えない音が鳴り響き、トカゲは空へと舞い上がった。
吾輩の腕力にかかればこんなもんである。
シュタっと華麗に着地を決める。少し遅れて吾輩の後方でトカゲが地面に落下した音が響いた。
振り向くと、土煙を上げてその中心で動かなくなっているトカゲの姿が確認できた。
急降下の勢いと吾輩の猫アッパーの威力が合わさって一撃で沈めることに成功したのだろう。
うむ。初戦闘にしては上出来である。
さすが吾輩!
さて、お次は解体だ。
「にぃー」
鱗で覆われたトカゲ君ゆえに剝がすところからである。
鱗に爪を立ててむきーっと。
ほう! 綺麗に取れた。
続けてやっていこう!
*****
「なぁ……」
やっと終わった。
吾輩の十倍はあるトカゲ君。鱗を剥ぐのに二十分くらいかかったぞ。
とは言え、このまま休憩するわけにもいかん。次は肉の解体だー!
その前に一旦研いでおこう。
近場の木に近寄ってガリガリっと。
「にっ!?」
軽くガリガリとやったつもりが木が倒れた。
つ、爪研げねぇ……。
倒れた木と爪を交互に見ながらため息を吐く。
これ以上無駄に伐採したくはないし、今倒した木で研ぐしかないか。
ガリっと。スパっ。
ガリっと。スパっ。
研ぐとは何か。
吾輩わからなくなってきたよ。
もっと硬ければなぁ。
む? 硬い……?
そこで吾輩はトカゲ君を足止めした空間魔法を思い出した。
柔らかいなら硬くすればいいジャマイカ!
ってなわけで空間魔法発動!
倒木の形に固まるようにイメージ!
イメージでどうにか出来るか知らんけど! もはや勢いである!
第八尻尾が反応したから魔法は発動しているはず。
吾輩は倒木に近づいて、おそるおそる爪を立ててみた。
ガリっと。
「にはー!」
スパっと行かない! 素晴らしい!
だが、もっと引っ掛かりがあるといいのだが、まあそこはおいおい調整していくとしよう。
今は!
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ――——――
「にゃっ!?」
しまった。あまりの研ぎ心地に我を忘れてしまった。
危ない危ない。さて、トカゲ君をさばいていくとしよう!
この! 磨かれた我が爪で!
解体の方はすぐに終わった。
吾輩の爪の切れ味にトカゲ君であろうと形無しである。文字通りに。
内臓は別にして、肉は保存しやすいようにブロック状にしておいた。
だが、問題は保存方法である。
吾輩の寝床である巨木のうろに置くにしても、この量となると狭い。それに生肉がゆえに腐る。
捨ててもいいのだが、なんかもったいない。
アイテムボックス的なのを空間魔法で出来ないだろうか。
「にっ」
まあ、物は試しだ。
空間魔法を発動して、異空間をイメージ。いや異空間ってなんだよ。
イメージイメージ。こことは異なる三畳くらいの空間。
むむむ。
「に?」
お? 第八尻尾様に反応があった。
おそらくイメージに沿った魔法が発動したに違いない。
瞑っていた目を開けてみると、そこにはぽっかりと黒い穴が空いていた。空間に。
成功だろうか?
こういうほの暗い穴を見ると、身体がムズムズするが出れなくなった場合を考えて我慢する。
好奇心は猫をも殺す。吾輩今は猫であるためこの言葉の意味が重い。しっかりと理性的に行こうと思う。せっかく猫になったのに死にたかないもの。
そんなことより黒い穴である。
ブロック肉を一つ咥えて穴へと放り込む。
「にゃあ」
おお。
吸い込まれた。見てくれからブラックホールのようにも見えなくもない。
これで閉じると念じる。
ちゃんと閉じてくれた。んじゃ次にさっきの異空間をイメージして開けと念じる。
「にゃあ!」
開いた!
さてさて、恐る恐る開いた穴に片腕をいれて探ってみる。すると、我がかわゆい腕に何か塊が当たった。
だが、吾輩猫であるため手で掴めない。
怖いが、吾輩が念じなければこの穴は閉じないと信じて顔を突っ込む。
「にぃ」
こりゃ凄い。
暗いが、ちゃんと別の空間が存在している。
その中に吾輩がいれたブロック肉を確認できた。
ふむふむ。成功である。
「にゃふ」
穴から顔を抜いて他のブロック肉を咥えては放り、咥えては放りを繰り返して、今食べる分以外は全てアイテムボックス的異空間に放り込んだ。
閉じろ念じて空間を閉じた。
さてさて、次はお待ちかねの食事である。
さあ、第一尻尾様! 出番ですよ!!
ちなみにトカゲ君はとても美味であった。
爪とぎ音はうるさい