吾輩は湖を見つける
とてとてと木々草花を避けて歩いているのは吾輩である。
猫となって初めてのお散歩は森の中。吾輩の大きさ的に木々は高く、草花も目線近くになっていてちょっと楽しい。
「……にゃ?」
どれくらい歩いたかわからないが、しばらく歩いたところで周りのにおいに変化があった。
木々草花のにおいとは別。そして、吾輩の頭の上についている可愛い三角の耳には水の流れのような音が聞こえていた。
川か、湖だろうか?
吾輩はにおいと音を頼りにそっちの方向へと歩いていく。
すんすんとにおいを嗅ぎながら歩くこと数分がたった。
「にっ」
おぉ。
今まで木ばっかだった視界が開けた。
そこにあったのは太陽の光を反射してキラキラと輝いている湖。
小さな波が押し寄せ水の音を出している。おそらくこの音が聞こえていた水の音だったのだろう。
とてとてと水際まで歩いていき、覗き込む。
「にゃにゃ」
綺麗な水だ。
水面に映る吾輩の顔は黒い毛に覆われた猫。
しっかりと三角の耳がついており、ぴこぴこと動いている。
瞳の色は水色と黄色のオッドアイ。
「にっ」
なんという……。
なんという可愛さだろうか……ッ!?
冴えない顔だった山田湊の面影は一切ない!
これが! 吾輩ッ!
と、この時思った。
いや、今も思ってる。
吾輩、オスだが可愛い! 九尾だが可愛い! 最強だが可愛い!
こほん。話を戻そう。
ちょうど喉も乾いていたので湖の水をペロリと舐めとる。
お腹壊したらどうしようかと後で思ったが、それは杞憂だった。
ただ美味い水で、特にお腹を壊すこともなかった。
「ふん」
さて、これで水を確保。
あとは飯だ。
猫である吾輩は肉食である。魚でもいいが、吾輩は釣り以外で魚を取る方法を知らなかった。そのため、吾輩は魚を断念。道具もないしな。
果物を探すのもありかと思ったが、吾輩は猫である。少量ならいいが、主食としてはなしである。物によっては食ったら死ぬものもある。
となると、吾輩が食料を得るのなら狩り一択となる。
「にー」
狩りなんて生まれてこの方やったことなどない。
まあ、やるだけやってみるしかないだろう。
これだけ広い湖ならば、ここ周辺の動物は水飲み場としてこの湖を使うだろう。
うろからもそう遠くはない。狩場としても使えるだろうな。
吾輩は近場の草むらに身を隠してしばらく待つことにした。
十数分ほど待っていると、兎のような生物がきょろきょろと周りを警戒しながら姿を現した。
その頭には何故か一本の角がある。
「……」
声をあげず、姿勢を低く保ち、ゆっくりと、そうゆっくり。
一跳躍で襲える距離まで近づく。
そして――
「ッ!?」
「にッ!?」
飛び掛かろうとしたところで兎がこちらを振り向き、その頭にある角を吾輩に向けて跳躍してきた。
吾輩は咄嗟のことに驚きながらも躱すことに成功。
だが、兎はその勢いに任せて逃げてしまった。
初狩り失敗である。
「にゃー……」
なんでバレたのか。
あの距離まで近づけたのだから、気配は隠せてたのだろう。となると、飛び掛かる瞬間に殺気か何か漏れたのが原因かな。
ふむ。いい経験になった。
次は気を付けてやってみよう。
しばらくして、また角のある兎――角兎と呼ぼうか。角兎が姿を現した。
吾輩には気づいていないようだ。
馬鹿なのか。はたまた別個体なのか。まあ、おそらく後者だろう。
吾輩は身を低くして静かに近寄る。
無心を心掛け、襲える距離まで近づいた。ここで気を抜いたらさっきの二の前だ。
気配を押し殺して……今ッ!!
「……」
喉元に食らいつき、暴れる角兎を足で押さえ付ける。
顎に力を入れて止めである。
ぐったりと動かなくなった角兎を口から離して地面に横たえた。
狩り成功である!
さすが吾輩! 優秀な猫である!
さて、肉を頂くわけだが、吾輩は猫であるため生でも行けるはず。
健康上、生の肉は危ないけれども。
それに吾輩は猫である前に人間だったわけである。つまり生肉は遠慮したいところである。
火でも使えるといいんだがな。
異世界で吾輩みたいな九尾の不可思議生物がいるのだから魔法とか使えたりしないだろうか。
「にゃっ!」
火よ出ろっ!
なんつってな!
ボッ
「に?」
ボッ?
なんか今コンロに火を点けたみたいな音が聞こえたような。
その音の発生源はすぐに見つかった。
「に……ににに……にゃあああああああああッ!?」
なんと吾輩の一番左にある尻尾の先っちょに火が灯っていた。
この時、吾輩は慌てて全身の毛を逆立ててしまった。
だがこの火、熱くない。
そのことに気が付いた吾輩は冷静になった。
「にゃ」
火よ消えろ。
未だに灯っていた火を消えるように念じながら言う。
すると、灯っていた火はなかったかのように消えた。
「にゃにゃぁ」
ほほう!
火よ出ろっ!
ボッ!
火よ消えろ!
スッ
おぉっ!
楽しい。
吾輩はしばらく点けたり消したりを繰り返した後、角兎のことを思い出してやめる。
「にー」
火が出るのなら毛ごと燃やそうかと思ったが、さすがにやめておいた。
「にー……」
どうしたもんか。
ない頭をくるくる回して自分の爪に目が行った。
鋭くも美しい吾輩の爪。
その爪をそーっと角兎に近づけて皮に突き刺してゆっくり引く。
なんの抵抗もなく角兎の皮が裂けた。
切れ味最強やんけ!
「にゃっ!」
切れ味最強ならやることは一つ!
肉を傷つけないように皮を切って剥いていく。
そうして出来たのは真っ赤な肉塊。
気持ち悪いことこの上ない。
「にっ!」
さてお次にやるのは点火!
尻尾に火を灯して肉塊に近づける。仄かに肉の焼けるニオイが出るが時間がかかりそうだ。
火力上がんないかなと思った所で尻尾の火がボワっと強くなる。
火力調整可能! さすが吾輩ッ! 否、九尾のにゃんこ。
じっくりと焼いていき、角兎の丸焼きが完成した。
「ににゃにゃー」
いただきゃーす!
角兎にかぶりつく! 美味い! が、ちょっと苦いし血生臭い!
やっぱ血抜きをしないとダメだな。
次からはやってみるとしよう。
「にゃー」
ごっそさん!
食えなくはない!
腹も満たされ、優雅に顔を洗いながら魔法のことを考える。
火が出るなら他のも出るのではないか。
そう思った吾輩。
思い立ったが吉日! やってみよう!
「にゃ!」
水!
「にゃ!」
土!
「にゃにゃ!」
風!
「にゃにゃにゃ!」
雷!
「にゃー!」
光!
「にーにゃ!」
闇!
ファンタジー小説や漫画を参考に思いつく限り使ってみた。
結果としては吾輩の九本の尻尾は魔法の媒体となっているようだ。
左から順に火水土風雷光闇となっている。
だが、あとの二本はわからなかった。
とりあえず、吾輩は魔法使える!
異世界最高! 猫最高! 吾輩最強!
そう言えば爪の切れ味も最強だったこと思い出して近場の木に近寄る。
「んー……にゃっ!」
爪を出して木に向ける。
爪はすんなりと木を抉った。
深く切り傷が付いた木。
爪の方は傷一つない。
こわ。
「にゃ」
ていっと切り傷をつけた木を叩いてみる。
「にっ!?」
ぐらりと木が揺れて、ゆっくりと倒れて行った。
もしかして、吾輩腕力も凄い?
他の木に近づいてからのー……。
「んにゃッ!」
猫パンチ!
ぷにっと肉球が潰れた感触があったあと、木が根元からへし折れて吹き飛んだ。
そう、吹き飛んだ。
吹き飛んだのだ。
「ににゃー」
腕力ぅ……。
えげつないな吾輩。
強すぎん? 神さん設定ミスってない?
「にっ」
ま、いっか。
楽にニャン生過ごせそうだし。
「にっにっにっにっー♪」
腹も膨れて吾輩ご機嫌。
今日は寝床に戻って寝るとしよう。
吾輩猫がゆえに昼に弱いのだ。
日向でぽけーっとする猫可愛いですよね