吾輩は本を読む
九尾の黒猫クロが住んでいる冒険者ギルド。
その建物内にある一室は会議室として使われることが多く、今日は先日のスタンピードを議題として会議が行われていた。
集められたのは各区画に一つずつ設置されているギルドの長達。
クロのいるギルドは中央区にあるため、こうして会議が開かれる時はここに集まることになっている。
室内は円卓が設置されており、それを囲うように五人のギルドマスターが座っていた。
「今回のスタンピードは被害が少なく済んだ。だが、スタンピードが起きてしまったのは事実。その辺りバルド君の意見を聞かせてもらいたい」
中央区のギルドマスターこと、ミリエールの父であるスキンヘッドの男。彼の名はグラソン。
彼は東区のギルドマスターであるバルトへと質問した。
「今回の件、私ども東区の管理不足が原因です。調べた所、ダンジョン獣の巣はここしばらくの間冒険者達が潜っていなかったようです。理由としては東区にある他二つのダンジョンに比べて獲るものが少ないうえ、出現する魔物がC級冒険者が対処しなければならないほどに強い。そのため、冒険者たちは獣の巣に潜ることが少なくなってしまったのでしょう」
実りが少ないうえに魔物も強いのでは冒険者達も寄り付かないだろう。
「ですが、今回のスタンピードは少しばかりおかしい。前兆がなかったのです。今までであれば一体、二体ほどの魔物が街に姿を現していたはず。ですが、今回はそれがなかった。そのため、気づいたときにはダンジョンから魔物が溢れ出てしまったのです」
クロのせいである。
クロはスタンピードが起きる前に現れていた魔物たちを密かに討伐していた。ダンジョンと言うものに理解が浅いクロは知らずのうちに前兆をかき消してしまっていたのだ。
「前兆がないか。原因がわからない以上、各ギルドには定期的なダンジョン掃討を行ってほしい。潜ることの少ないダンジョンはギルド側から資金を出して依頼形式にして潜らせろ」
グラソンの言葉に、この場にいるギルドマスターたちは「了解した」と頷き会議は終わった。
ギルドマスターたちが退室して、一人になったグラソンは手元にある資料に目を落とす。
その資料に書かれていたのは市民を助けた黒猫のこと。魔物に襲われた市民の前に黒猫が現れ助けたと言う。グラソンはその内容を見てクロのことを思い浮かべたが、「まさかな」と呟いて資料を片付けて会議室を後にした。
*****
資料室で器用に本を読んでいる可愛らしい黒猫。
吾輩である。
爪を使って破かないようにページをめくるのだが、これがなかなかに難しい。
だが、吾輩はキュートでクールなブラックキャット。この程度余裕である。
隣の部屋で何やら会議が行われていたようだ。ギルマスと似た雰囲気をもつ四人が招かれていたようだが、吾輩は本に集中していたため聞き耳を立てていない。
正直、お偉いさんの話し合いに興味がないのでな。
今読んでいるのはダンジョンについての資料である。
どうやら、吾輩が街中で倒していたのはスタンピードの前兆だったらしい。スタンピードが起こる前には街中に魔物が現れる。それは一匹や二匹と言う少ない物だが、出てきた魔物の特徴でダンジョンを特定して、溢れる前に対処をするのが定石らしい。
つまり、今回のスタンピードは吾輩が前兆だった魔物たちを倒してしまったのが原因となる。
やっちまった。だが、猫の王として猫たちに被害が及ぶのを防ぎたかったのも事実である。
どうしたらよかったのか、今となってはわからない。
本を閉じて念動魔法を使って元あった場所に戻す。
次に取り出すのは神獣と魔物に関する本。
本をゆっくりと引き出して床に置いて開く。ペラペラとめくっていき、目当てのページを見つけた。
もちろん九尾の猫のページである。
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種族名:九尾の猫
能力 :すべての属性魔法を操ることが出来る。また、肉体的強度や身体能力も優れている
脅威度:測定不能
九尾の猫は神獣である。個体名は不明。
九つの尻尾を有しており、その全ての尻尾に属性を操る能力が備わっている。体毛は灰色。
彼、または彼女はその余りある力で破壊の限りを尽くした。出会った者は皆殺しにされ、いくつもの街が地図から消えた。彼、または彼女は酷く人間を憎んでいるようだ。
九尾の猫に出会ってしまったら最後、家に帰ることは叶わぬだろう。
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他の魔物や神獣に比べて短く綴られたページ。
そこに書かれていたものは酷い物だった。
余りある力で破壊の限りを尽くした? 出会った者は皆殺し? いくつもの街が地図から消えた?
共存を望む吾輩とは真逆じゃないか。……だが、確かにこれほどの被害を出すとなると人間に対して相当な恨みがあると見える。
もしかしたら、人間側がシュトルムに対して酷いことをした可能性もある。
シュトルムに会ったこともない吾輩が、シュトルムの心の内を知ることは叶わない。それに死の寸前に人間になりたいと願ったのだから、もしかしたら心のどこかでは人間と共に歩みたかったのではないか。
まあ、今となってはわからない。
前猫であるシュトルムは死に、代わりに吾輩が九尾の猫となった。それが現実である。
吾輩は本を閉じて棚に戻したあと、固まった身体をほぐして資料室を後した。
定位置に戻って丸くなった。
深く考えてもしかたない。今の九尾の猫は吾輩だ。
吾輩は吾輩の生きたいように生きるだけである。
クロ「ちなみにシュトルムは雌である。クレプスクルム談」