吾輩はダンジョンに潜る
薄暗い洞窟の中をとてとてと歩く凛々しい黒猫。
そう、吾輩である。
吾輩はダンジョンの中に入り探索中である。現在位置は四層まで潜っているところだ。
このダンジョンが何階層で出来ているのかは知らないが、今の所冒険者の姿は確認できていない。まあ、探索漏れがなければの話だが。
入り口は遺跡のような作りだったのだが、内部はこのように洞窟。地下へ潜る形式だったため予想はしていたが、少しは予想を裏切って欲しかったな。
こう、中が別空間になっていて、草原とかになってたりとか。
吾輩は空間魔法を使えるのだから、そう言うダンジョンもあるとは思うけどな。
中に居たであろう魔物の姿はなく、時折黒い結晶のような物が落ちている。
結晶を調べてみると、この黒結晶は魔力の塊のような物のようだったので、見つけ次第回収しているのだが、かなり数がある。
もしかしたら、この黒結晶は魔物のドロップ品のような物なのだろうか。
まあ、いいか。
現在の階層も隅々まで探索を終えたので下の階層へと降りる。
そこから一、二時間ほどかけて探索を続けるも冒険者は見つからなかった。
そしてたどり着いたのは第十層。十層には休憩が出来そうな広間と大きめの扉。この世界のダンジョンが吾輩の知っているダンジョン物の漫画とかと同じならば、この扉はダンジョンボスのいる部屋に繋がる扉だろう。
吾輩は特に疲れているわけではないので、その足で扉に向かって猫パンチ。
パーンッッッともはや扉が開く音とは思えないほどの音を出して開かれた扉。その先には一匹の巨大な犬がいた。
「Garururuuuu……」
と、低い唸り声を上げる犬。
体毛は吾輩と同じく黒。人間の数倍はあろうその巨体も目を引くのだが、そんなことよりもこの犬の頭は二つあった。
その首にあるたてがみは一本一本が蛇であり、吾輩を睨む二本の尻尾もまた蛇であった。
地球で言うところのオルトロスと言う神話上の生物の姿とそっくりである。
獣の魔物がいるダンジョンのボスとしては相応しい奴がいたな。
唸りながら吾輩を睨みつけてくるあたり、この犬っころは吾輩に敵意を向けているわけだ。つまり、吾輩の敵である。
吾輩は、足に力を入れて地面を踏み抜く勢いでオルトロス君に接近して魔力を乗せた右手の爪で切り裂く。
本来であればかすり傷にしかならない攻撃。だが、吾輩の場合オルトロスの四枚おろしの完成である。
彼(または彼女)からすればちっこい黒猫が消えたと思ったら切り裂かれていたとしかわからない。否、切り裂かれたことすらわかっていないかもしれない。
四枚になったオルトロスはその巨体を地面に落とすと、黒い靄になって消え去った。
そして残ったのは道中で拾った黒結晶だった。やはり、黒結晶はダンジョン産の魔物の残りカスだったらしい。だが、オルトロスの残りかすは道中で拾った物よりも大きいうえに魔力の内包量が多く感じる。
それを回収して、部屋の中を一回り。中に冒険者がいないことを確認して一安心。
どうやら吾輩の魔法の餌食になった人はいないようだ。
よかったよかった。
ふと、帰ろうと入り口の方を見たら何やら一個の箱が出現していた。
宝箱と言う奴だろう。
人生一度は開けてみたい代物である。
吾輩は帰る前に宝箱に近づき、両の手を宝箱のふたに添えてゆっくりと開く。
頭の中で某RPGの宝箱を開けた時の音楽が響いてしまうのは元地球人の性である。
宝箱の中身を確認してみると、そこにあったのは一振りの黒い片手剣とふわふわで手触りのいい黒い毛皮。毛皮はおそらくオルトロスの物だろう。
その二つも回収して、吾輩はボス部屋を後にした。
ダンジョンから外に出ると、血のニオイは漂っているものの戦闘音は聞こえてこない。
外に出てしまった魔物は処理が終わったのだろうな。
ダンジョンの入り口欠伸を漏らしていると、冒険者と思われる集団が向かってきているのが見えたので、近くの家屋の屋根上へと離脱。
屋根上から様子を窺うと、冒険者たちはダンジョンへと潜っていくのを確認できた。
何をするのか吾輩にはわからないが、少し出るのが遅れていたら鉢合わせしていたところだったな。
吾輩は、ぐぐーっと身体を伸ばしたあと帰路についた。
我が家であるギルドではすでに宴が始まっていた。
もう大騒ぎである。
歌えや踊れ。飲んで食って殴り合い。いつもよりもうるさいギルド内をするりするりと抜けていき、吾輩は定位置であるカウンターの上にのぼる。
「あら、おかえりなさいクロさん。どこに行ってたんですか、もう。心配したんですからね?」
そう言いながら吾輩の頭を撫でてくれるヴェンナさん。
すまん。と一鳴きして餌を貰い、吾輩はギルド内の喧騒を子守歌に眠りについた。
黒猫のちょっとした冒険。
人殺しにならなくてよかったね。クロさん。