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吾輩はスタンピードに遭遇する

 ひょこひょこと動かされる猫のおもちゃを捕まえようと奮闘するかわわな黒猫。

 吾輩である。目の前でひょいひょい動くおもちゃを追うのはとても楽しい。猫たちが目の色を変えるのもわかるわこれ。


 しばらくじゃれていると、おもちゃの動きが止まる。

 てしっとそれを捕まえた所で上から声がかかった。


「すまんなクロ。これから仕事なんだわ」


 そうか。それなら仕方ない。

 吾輩は捕まえたおもちゃから手を離してカウンターに向かう。

 飛び乗って、現在の受付係であるヴェンナさんの前に座って一鳴きする。


「んにゃにゃ」

「あら、どうしたのクロさん?」

「にゃにゃ」


 吾輩はヴェンナの言葉に壁にかけてある時計を指しながら鳴く。


「あら、もうこんな時間なのね。ちょっと待っててちょうだい」


 そう言ってヴェンナはカウンター裏に屈みこみ、少しして紙袋とお皿を出す。

 そのお皿に紙袋の中身をざざーっと入れると吾輩の前へと置いてくれた。お皿に入っているのは粒状のキャットフード。

 こちらに来てから一番の驚きだった物だ。味としてはシンプルであるものの、食べ応えがあってこのカリっとした触感が癖になる。肉もいいがこういう食べ物もよき。


「にゃ」


 吾輩はお礼を言ってキャットフードを食べ始める。

 うまかうまか。

 一心不乱に食べていると、その横にミルクも差しだされた。吾輩はミルクの方に口をつけて、またキャットフードを食べる。交互に食べながら五分ほどで完食。


「んにゃにゃ」

「はい。お粗末さまー」


 ごちそうさまと挨拶をして、吾輩専用クッションへと向かう。

 軽くクッションを踏み均して座り込み、顔を洗ってから全身のグルーミング。そして丸くなって眠りにつく。

 食って寝る。そう、猫は素晴らしい。



 *****



 人の悲鳴。たくさんの人が走る音が吾輩の耳に届いた。

 気だるい身体を起こし、欠伸を溢して一伸び。クッションの上に座り込んでギルド内を見回す。

 ギルド内には冒険者達が怪我人の手当てや、情報を共有をしていた。

 怪我人を見る限り、魔物の仕業のようだ。となると、この外から聞こえる悲鳴は街中に出現した魔物の仕業だろう。以前吾輩が人狼を倒した後、数度に渡って街中に魔物が姿を現すことがあった。おそらく、それと同じようなことが起きているのだろう。


 吾輩はカウンターから降りて寝かされている怪我人たちの方に向かう。

 忙しなく動く冒険者や職員たちは吾輩に気付く様子はない。吾輩は、重傷者に絞って軽く回復魔法をかけていく。完治させることもできるが、そんなことをしたら吾輩は優秀過ぎる猫だと気づかれてしまう。それを避けるために、吾輩は重傷者を軽傷者に変えるだけにした。

 彼らの近くを通りながら行っているため、吾輩の仕業だとは気づかないだろう。


 暴力的で素行が悪いが、猫に対して優しい彼らだ。

 吾輩としても顔見知りである彼らに死なれては困るしな。


 粗方回って重傷者が居なくなったのを確認して吾輩は外へと繰り出した。

 外は避難誘導が行われており、衛兵と冒険者がその誘導をしていた。

 吾輩は、その人の行列を遡るように歩いていく。途中で戦闘音や獣のようなニオイ、それから血のニオイを感知したので、向かう方向を変える。

 観察がしやすいように屋根の上に登るのも忘れない。


「うわぁぁぁっ!?」


 とことこと歩きながら周辺を見回していると子供の悲鳴が聞こえた。

 声の大きさから二ブロックほど先。吾輩は呑気に歩くのをやめて屋根を踏み抜く勢いで駆ける。

 そこには涎を垂らした大型の白い狼が男の子を襲おうとしていた。

 吾輩は屋根から飛び降りて男の子の前に躍り出る。すると、狼は吾輩の方に意識を向けた。


「ね、ねこちゃ、あぶないっ」


 吾輩に気が付いた男の子は手を伸ばして助けようとする。この状況で猫である吾輩を助けようとするのか。勇敢な子だな。

 吾輩は男の子から視線を外して襲い来る狼に向ける。そして狼のデカい顔を横から引っ搔くように腕を振りぬく。今回は爪を出していないため狼の頬に当たる部分に吾輩の自慢であるピンクの肉球がふにゃりと当たった。

 普通であれば猫と大型の狼では力の差があり過ぎて、この程度の攻撃では狼にダメージを与えることは出来ないだろう。だが、吾輩は猫でありながら猫にあらず。吾輩の猫パンチを喰らった狼は横に吹き飛び壁に突き刺さった。


「――はれぇ?」


 今の一瞬の出来事に男の子は理解が追い付かないようで首を傾げていた。


「にゃ」


 通じないだろうが、逃げろと伝えて吾輩は屋根へと上がって、血のニオイが濃い方へと歩いていく。

 そこから血のニオイが漂う方に向かう途中で何度か襲われている人達を助けた。さすがにバレてしまうだろうか? まあ、その時はその時だな。


 やっとのことでたどり着いた血のニオイの元は東区にあたる場所。

 猫たちとの交流で知ったのだが、この街は東西南北で区画分けされており、そしてその区画に付き三つのダンジョンが存在する。それとは別にこの街に来て最初に気になった中央区にある頂の見えない塔もまたダンジョンだと言う。


 話を戻そう。

 今いる東区では狼や人狼などと言った獣型の魔物が闊歩しており、いたるところで戦闘音が響き渡っていた。

 顔見知りの冒険者も参戦しているようで、ギルドの負傷者もここの魔物との戦闘で傷を負ったのであろう。吾輩は、戦闘区域にある建物の屋根の上を歩いて戦闘を観察した。

 時々負けそうな冒険者達を魔法で援護する。発生源がわからないように撃ってるから吾輩に気付くことはない。……男の子たちを助けるときもこれでやればよかったな。


 おそらく発生源であるダンジョンの方へと歩いていくにつれて、闊歩する魔物の数が増えていくのがわかる。ダンジョンがある広場まで来ると、やはり発生源はダンジョンのようで石造りの遺跡のような建物から魔物がわらわらと出てきていた。


 これはあれだな。

 ファンタジー小説で言うスタンピード――大氾濫と言う奴だろうな。

 うむうむ。異世界らしくてとてもよろしい!

 だが、知り合いがこれ以上傷つくのは困るので鎮めてしまおうか。


「にゃにゃにゃ」


 空間魔法発動!

 広場に人が居ないことを確認して、広場を覆うように壁を張る。


「にゃー!」


 圧縮!

 空間の壁をダンジョンの方へと向かうように圧縮していく。

 広場にいた魔物をダンジョンの入り口周辺に集めたあと、水魔法を発動!

 空間内に水を注入していく。ダムが決壊した時のようにどこからともなく溢れ出る水は、最初こそダンジョンに流れ込んでいたが、ダンジョン内の許容を越えたのか空間の壁の中にも溜まり始める。

 空間をドーム状に変えると、少ししてドーム内が水で満杯になった。溺れ、藻掻く魔物たちを眺め、中にいる魔物全てが動かなくなった所で水魔法と空間魔法を解除。

 ダンジョン以外に何もない場所におぼれ死んだ魔物の山が出来上がった。一丁上がりである。


 スタンピードを起こすくらい放置されたダンジョンなら、中に人はいないだろうと安直な考えだが、いたらどうしよう。

 確認がてらダンジョンに潜るか。

 吾輩ならばワンチャン蘇生くらい出来るかもしれないしな!

人々を助ける黒猫ヒーロー。

もしかしたら溺れさせているかもしれないが。

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