吾輩はお散歩する
ギルドの受付カウンターの壁際にあるクッションの上で背を丸めるように伸びをする愛らしい黒猫。
吾輩でしかない。
クッションから前足を出して背中を伸ばすように伸び。
一歩踏み出しながら後ろ足も伸ばしてカウンターの上をとことこと歩き、受付業務をしているミリエールの所に向かう。
「にゃ」
「クロちゃんおはよ!」
「にゃにゃにゃ」
「んー?」
お出かけしてくると言ったのだが通じなかったようだ。
可愛らしく首を傾げている彼女にもう一度「にゃ」と言ってカウンターから降りる。
「あ、お出かけか! いってらっしゃーい」
後ろからかかるミリエールの声に尻尾で答えた吾輩は、少しだけ開いている扉から外へと出る。
出てすぐの所で座り、日の光を浴びて目を瞑る。
少しして身体が温まった所で柱に身体を擦りつけてニオイ付けをして街へと繰り出した。
人々の往来の隙間を縫うように移動しながらお散歩である。
この街に来て二週間。王となって一週間。特に目立つような出来事は起きることなく、実に平和でのんびりとした日々を過ごしている。
〈クロ様こんにちはー〉
〈おう、こんにちは。いい天気だな〉
〈ええ、良い日向ぼっこ日和ですー〉
少し変わったのは、最初こそ委縮していた猫たちがこのように日常的な会話をしてくれるようになった。
力があろうが根本的なところは猫である。それに気づいてくれたらしい。
どこぞの暴れ猫と違って吾輩は平和を愛しのんびりと生きたいのだ。
街の中を気の向くままに歩き、時折猫たちと雑談しながら日向ぼっこをする。
実に素晴らしい。
このゆったりと時間が過ぎる感じがとても吾輩好みである。前世でのあの忙しない日々からは信じられない転身である。
そんなゆったりとした時間を過ごしている時のことだった。
吾輩の耳に人間や猫たちとは違う獣のような声が届いた。
隣でひっくり返っている猫は気づいていないところを見るに、近場と言うわけではない。
〈さて、吾輩は行くぞ〉
〈あい〉
完全にだらけている茶とら猫と別れて、吾輩はその獣のような声の所へと向かう。
路地へと入り、迷路のような道をとことこと進んでいく。行きついたところは俗にいうスラム街と言うところだ。ぼろ布を纏った薄汚れた人間たちが建物を背に座っていたり、毛が固まってしまった猫の姿も見える。
吾輩は、ボロボロなスラム街を見回しながら声の方へと向かっていく。
近づくにつれて、獣のニオイと血のニオイが強くなっていくのを吾輩の鼻が感じ取った。
血のニオイと言うことは誰かが襲われているのだろう。
吾輩は急ぎ足で向かった。
ニオイの元には人間より一回り大きなものがいた。
その身体は吾輩のように毛で覆われており、おそらく人間を食っているのだろう。時折見える手は人間のように五指であるものの大きく、そして鋭い爪が伸びていた。
その生物は吾輩の気配に気が付いたのか、食事を辞めて立ち上がり振り向いた。
ふむ、人狼と言う奴か。
人間と同じように二足で立ち上がったそれの顔を見て吾輩は確信した。
その頭部は人間ではなく狼そのもの。
人狼は、吾輩のことをかよわい猫だと思っているのか、口端から涎をたらしていた。
この人狼から全く人の気配は感じ取れない。森で出会った魔物に似た気配だ。
なんらかの異常でダンジョンから抜け出したのだろうか。
まあいい。
スラム街とは言え、吾輩はこの街にいる猫たちの王である。
猫たちに被害が及ぶ前に葬ってしまおう。
「Guruaaaaaaaaaaaaaaッ!!」
人狼は咆哮をあげると吾輩に襲い掛かってきた。
吾輩を切り裂こうと鋭い爪を向けてきたが、吾輩の前まで来てその手は止まる。
「Rua……?」
動けなくなってしまった人狼は不思議そうな声を溢す。
吾輩が使ったのは空間魔法。
湖で初めて空間魔法を使った時に吾輩が動けなくなったのを人狼に施したのだ。身体をぴったりと覆う固定された空間。
「にゃ」
吾輩の合図で空間が縮み始める。
「Giaッ!? Gaaaaaaaaaaaaaッ!?」
ミチミチと音を立てて人狼ごと圧縮していくえげつない魔法である。
しまいにはルービックキューブほどの赤いキューブが出来上がった。中身は圧縮された肉と血。このまま魔法を解除してしまうと掃除が大変になるので、吾輩は闇魔法のブラックホールもどきでキューブを吸い込んで抹消。
これで一安心である。
ついでに殺されてしまった人間に火を放って火葬。建物に燃え移らないように風魔法で風向きを調整した。
火葬も終わった吾輩は、まだ日が高いのを確認してスラム街を後にする。
どっかで日向ぼっこの続きでもしよう。
全面真っ赤なルービックキューブ。
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