吾輩は猫の集会に参加する
ギルドの入り口の横で日向ぼっこをしている黒猫。
日の光によって全身の毛を輝かせている吾輩である。
ゴロゴロと背中を地面に擦りつけ、スッと立ち上がった吾輩は、入り口にある柱にスリーっと身体を擦る。
いわゆるニオイ付けである。
このギルドに来てから一週間ほど。この周りには猫が結構な数いることに気が付いた吾輩は、このギルドは吾輩の縄張りであることを主張するためにこうしてニオイ付けをしている。もはや日課である。
ニオイ付けをしている現在も、近づいては来ないが吾輩のことを遠目に観察している猫がちらほら。
吾輩と目が合うと、彼らはふいっと目を反らして去って行ってしまう。吾輩としては周辺の猫たちと交流を持ちたいところである。
おそらくこのあたりの縄張りにしているボス猫がいるはず。どうにかそいつと話が出来ないだろうか。
まあ、無理か。
猫との交流は諦めて、吾輩はギルドの中へと入る。
吾輩が来てからこのギルドの入り口を少し開けてくれるようになった。
そのため出入り自由。たまに冒険者が閉めてしまうこともあるが、その時は扉をカリカリして音を立てれば入り口近くに居る誰かしらが開けてくれる。
「お、日向ぼっこは終わりかぁ?」
「ったく、呑気でいいなぁ猫はよぉ」
吾輩がギルトに入ると、それに気が付いた冒険者達が声をかけてくる。
「ふん」
そんな彼らに対して鼻を鳴らして答える。
昼間っから酒飲んでるやつらに呑気とか言われたかねぇ。
「よおクロ! これ食うか?」
いつもの定位置であるカウンターに向かう途中、吾輩の顔を見るように座ったまま身体を傾けてくるこわ面のおっさん。
吾輩の前に差し出された小皿には吾輩が食べやすいように細かくされた肉が乗っていた。
ニオイを嗅いでみるが香辛料などのニオイはなかった。
「んにゃ」
一声鳴いて礼を言った吾輩はその肉を食べ始める。
ちなみにこのおっさん、吾輩がここに来た時に掴まったおっさんである。顔は厳ついがどうやら猫や動物が好きなようで、こうして吾輩に構ってくれるいいおっさんだ。
正直、吾輩としては構ってくれるなら美少女の方がいいのだが、敵意や嫌悪の無い人間ならまあ許すつもりだ。
「いい食いっぷりだなぁ! はっはっは!」
おっさんは吾輩の食事姿に満足いったのか大笑いして酒を呷る。
ここに来てまだ一週間だが、ここの冒険者たちは皆吾輩に優しい。言動や言葉遣いは荒いが、吾輩を害そうとする気は全くないようで、よくこのおっさんのようにご飯や櫛で毛並みを整えてくれたりする。
気のいい人間ばかりで吾輩としても居心地がいい。
肉を一欠片も残さずに食べた後、吾輩はカウンターに向かい飛び乗る。
「あら、おかえりなさいクロさん」
吾輩が飛び乗った先にいたのはミリエールとは別の受付嬢。ふくよかな女性で色の白い顔には皺が少々。
彼女の名前はヴェンナ。
このギルドの受付嬢で、話を聞いている限りではこの人が受付係の中で最古参だそうだ。
ヴェンナさんは吾輩を一撫ですると、カウンター裏で依頼書のランク付けを再開した。
吾輩は彼女の邪魔をしたくてうずうずしたが、吾輩は大人しさに定評のある黒猫。うずうずを我慢して定位置へと移動する。
カウンターと壁が接している端っこ。
そこには吾輩よいにクッションが置かれていて、吾輩はその上に乗っかる。
軽くふみふみと均した後、寝る前のグルーミング。一通り綺麗にした後、吾輩はクッションの上で丸くなった。
ちなみにこのクッションはなんとここのギルドの長である、あのめっちゃ顔の怖いマスターが用意してくれた。
他の人は気が付いていないが、初めてクッションが置かれた時、微かに付いていたニオイが彼のものだったので間違いない。
そのあと、彼が出かける際にこちらを見て満足していたので確定である。
今では吾輩のニオイで満たされているがな。
自分のニオイが定着してからは寝心地が倍増。このクッションは吾輩専用となった。
*****
夜となり、閉まったギルドにある一室。
そこはミリエールの部屋。部屋の主である彼女は既に夢の中。
ミリエールの寝ている枕の横で丸くなっている吾輩は、外にいる猫たちがギルド周辺に集まっているのを感じて目を覚ます。
欠伸を一つ溢してベッドから降りる。
身体を前後に伸ばしてひょいっと窓辺に飛び乗った。
窓はしっかりと施錠してあるが、空間魔法を手足のように操れる吾輩は鍵を開け放ち窓を開けて外に出る。
窓を閉めなおして鍵もしっかりとかける。乙女の部屋だからな。
鍵がかかったのを確認した吾輩は窓伝いに二階から地上に降り立った。すると、吾輩の前に一匹の白黒ぶちの少し太めの猫が歩いて来た。シュッとしている吾輩と違って太い彼の前に立つと、吾輩少々小さくに見える。
〈おう新入り。ボスがお呼びだ。ついてきな〉
〈わかった〉
あちらからお呼びがかかるとはありがたい。
探す手間が省けたぜ。
どすどすと音が鳴りそうなほど重量感のある歩き方で先導するぶち猫。彼のあとをついて行く途中で次々と隠れていた猫たちが合流してきた。
彼らは吾輩をちらちらと見ながら静かについてくる。
いつの間にか猫たちに囲まれてしまった吾輩だが気にしない。
むしろ、これだけの猫に囲まれるなんて前世の猫カフェを思い出して嬉しさすらある。まあ、猫カフェの子たちと違って不愛想であるが。
迷路のような路地を進んでいくこと五分。ぶち猫は路地の行き止まりで止まった。
彼の背後から覗くように前方を確認すると、そこにはサビ柄で普通の猫より体の大きい猫がどっしりと座っていた。
その体毛はふわふわとした長毛であり、その毛質をあいまってより大きく見える。そして、目を引くのは彼の後ろでゆらりと揺れる二本の太くもふもふな尻尾だ。
〈ボス。新入りを連れて来やした〉
〈ご苦労、ぶち。下がっていいぞ〉
〈失礼しやす〉
吾輩に対して偉そうなぶち猫だったが、ボスと言われるサビ猫の前ではへりくだっている。
ぶち猫は吾輩の後ろへと下がった。周りを見渡すと、逃げ場をなくすように大量の猫たちに囲まれていた。皆が一様に吾輩を睨みつけている。
〈お前が新入りか。良い毛並みだ〉
〈あ、ありがとう……?〉
なんか褒められた。
〈ここに連れてきたのは王である俺様への挨拶がなかったからだ〉
王?
なんだこの猫王様気取りか。
〈……そうか〉
〈そうかだと? 俺様は二尾だぞ。そこらの猫とは格が違うのだ。へりくだれ黒猫よ〉
彼は吾輩にその太く立派な尻尾を見せつけてきた。
〈二尾って偉いのか〉
〈……なんだ知らないのか。二尾は長く生きた証だ。俺様は今年で三十になる〉
〈へぇ。あ、そうだ王様よ。ちょいとこれを見てくれ〉
なんかすんごい上から目線でムカつくので吾輩は尻尾にかかっている魔法を解除する。
ふわりと一本の尻尾が枝分かれする感覚を感じ、吾輩は魔法が解けたことを確認するために後ろを見る。しっかりと吾輩のキュートでクールな九本の尻尾がゆらりとそれぞれ揺れた。
〈なあ王様。吾輩生まれたばかりで――〉
吾輩はボス猫の方に顔を向けて、生まれたばかりなのになんで九本なんだろうな? って聞こうとした。
のだが、ボス猫はいつのまにか座っていた木箱の上から降りて吾輩の方へと頭を下げていた。
伏せの状態で頭を地面につけているその様子はまるで土下座のよう。
その立派な二本の尻尾は股の下に隠されているところを見るに怯えているようだ。
〈も、申し、申し訳ございませんっ! まさか神獣様だとは露知らず……っ!?〉
そんな震えなくても。
周りを見ると、囲んでいた猫たちは皆ボス猫と同じように顔を伏せて尻尾を隠していた。
〈あ、いや顔を上げてくれ〉
〈し、失礼しますっ!〉
まさかの猫たちにも恐れられている存在だとは、おのれシュトルム。ぶっ叩きたい。
〈吾輩は君たちの知っている九尾の猫とは違う〉
〈た、確かに以前拝見した神獣様はグレーでした。で、では、貴方様は別猫と言う事でしょうか……?〉
〈ああ。吾輩は前任の九尾の猫と違い平和を愛する猫。争いごとは好まない〉
〈な、なんとっ!? 同じ九尾の猫でもこうも違うとは〉
大げさにびっくりするボス猫。
同じ九尾の猫でもって。どんな悪行働いてんだよシュトルム。
ちょっと後で調べてみるか。ギルドの資料室ならその辺の情報くらいありそうだしな。
〈新参者ではあるが、どうか吾輩と仲良くして欲しい。この街も詳しくないしな〉
〈ははっ! 俺様たちでよければっ!〉
〈そうか。じゃあ、これからよろしくな〉
〈こちらこそよろしくお願いします! 王よっ!〉
〈〈〈王よっ!〉〉〉
周りの猫たちも、ボス猫の言葉を復唱する。
どうやら吾輩、猫たちの王になってしまったようだ。
恐るべし九尾。許すまじシュトルム。
もっとこう、普通に猫友になりたかったんだけど。まさか九尾の威光が猫まで届いているとは。
でもそっか。二尾で王になれるんだったら九尾は畏怖の存在よな。
浅はかだったわ。気を付けよ。
九尾の猫、王になる。
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