吾輩は出会う
キョロキョロと田舎者丸出しのようにあたりを見渡しながら石畳の道を歩く艶やかな毛並みを持つ黒猫。
田舎者丸出しでも可愛い。そう、吾輩である。
この街――迷宮都市と呼ばれる街に来てからはや三日が経った。
未だに吾輩の飼い主は見つかっておらず、トカゲ君のジャーキーと湖の水を飲んで生きていた。
湖の水はジャーキーの入っている空間倉庫とは別に、水溜用の倉庫を作成したのである。
他にも最古の龍にして九尾のドラゴンことクレプスクルムさんに言われて、素材回収用の倉庫も作ってあるのだ。素材回収用の倉庫にはまだトカゲ君の鱗くらいしか入ってないけどな。
さて、そんなことはどうでもいいのだ。
なぜ! こんなにも愛らしい吾輩を人間たちは拾おうとしないのだ!
それに! この街の猫も猫だ! 吾輩は話しかけても無視! 都会の猫は愛想が悪いなまったく!!
吾輩憤慨。
とまでは行かない。猫に限っては見ず知らずの猫が縄張りに入ってきているのだ。警戒はすれど好んで絡みに来るわけがない。致し方ないのである。
そんなこんな愚痴をこぼしながら歩いていると、何やら特殊なニオイが吾輩の鼻をくすぐる。
人間のニオイと獣のニオイが混じったようなニオイだ。
人の行き交いの多い道を通っているが、そのニオイだけは特殊だったのですぐに見つけることが出来た。
それは雪のように白く美しい髪を肩口辺りで切りそろえている女性。
猫の吾輩から見ても美しいと思える顔立ちをしており、他の人間たちと比較しても小柄な体型をしている。胸は大きくなく、また小さくもなくと言った感じだろう。
だが、そんなことはどうでもいいのだ。
彼女の特徴としてもっとも目を引くのは頭の上にある三角の耳ときゅっと引き締まったお尻あたりで揺れている白くしなやかな尻尾である。
人と獣の要素を併せ持つその女性。獣人と言う奴だろう。
人としての特徴を持ちながらも獣としての特徴も持つ存在。
諸君、喜べ。ケモ耳娘である。
三角の耳にしなやかな尻尾から見るに混じっている種族は猫。
猫耳娘である。
彼女は何やら買い物の最中のようで、野菜売りの店で品物を吟味していた。
その真剣な表情もまた美しい。吾輩一目惚れである。
買うものが決まったのか、店の主人と軽く会話をして買い物を済ませた彼女は吾輩に気が付くことなく歩いていく。
吾輩はそのあとをついて行くことにした。
断じてストーカーではない。
その後も彼女は複数の店で買い物をする。
彼女は吾輩に気付くことはなかったが、吾輩はずっとついて行く。
ストーカーではない。
すべての買い物を終えたのか、彼女はしばらく歩いた後立派な作りをしている建物へと入って行った。
どこかお貴族様の使用人か何かなのだろうかと思ったが、その建物に出入りする人々を見てすぐに違うことに気が付く。
出入りしている人間たちの服装が金属製の鎧だったり、皮性の防具だったりと、今にでも戦いに行くんじゃないかって言う格好の物ばかりで、彼らの腰や背には各々の武器が携えられていた。
つまり、つまりはだ。
この建物は彼ら冒険者たちの集会所。ギルドと言われる場所なのではないだろうか。
ふむふむ。とりあえず入ろう。
吾輩は、その建物に入ろうとする人間に合わせてスルっと中へと入った。
中は生前よく嗅いだ酒のニオイと冒険者たちの喧騒で溢れていた。
やはりギルドと言うものであってるらしい。
昼間だと言うのに飲んだくれてる輩を傍目に、吾輩は室内をウロチョロ。
受付カウンターと思われる場所の方に目を向けた時、吾輩は彼女を見つけた。そちらに向かおうとしたところで、首根っこの皮膚が伸びるのを感じた後浮遊感に見舞われる。
特に抵抗する気のなかった吾輩はぶらーんと脱力していると、目の前にこわ面のおっさんの顔が現れた。酒くっさ。
「おいミリエール! お前さんの仲間が迷い込んじまってるぞ!」
こわ面のおっさんは吾輩から視線を外すとそう大声をあげる。
「仲間? わーっ! 綺麗な黒猫ちゃんだー!」
その声は先ほど外で聞いた可愛らしいもの。
少しして、吾輩の首根っこの皮が元に戻るのを感じた後、次に感じたのを包まれる感覚。
どうやら抱きかかえられたようだ。
上を向くと、こちらを見下ろしながら綺麗な笑みを浮かべている先ほどの猫耳娘の顔があった。
なるほど。これが猫目線の抱っこか。
素晴らしい。何より素晴らしいのはこんな美女に抱えられていることだろう。
至福かな至福かな。
吾輩は抱えられたまま移動させられ、受付カウンターの方に連れていかれると、カウンターの上に下ろされた。
もう少し堪能したかったがしょうがない。
吾輩は身体をプルプルっと揺らして耳を掻いてお座りする。
そんな吾輩の前に少し身体をかがめて目線を合わせてくる猫耳娘。さきほどのこわ面のおっさんが言うにはミリエールと言う名前なのだろう。
彼女はにこにこしながら吾輩を眺めたあと、優しく頭を撫でてくれた。
撫で方が上手い。至福である。
自然と吾輩の喉がゴロゴロといなってしまうのは不可抗力である。
「大人しいねー君ー」
撫でながら話しかけてくるミリエール。
「んなぁ」
にゃあと答えようとしたが、撫でられながらなので少し変な声が出た。
「あ、そうだ!」
何か思い出したのか、ミリエールは吾輩を撫でるのをやめて奥へと引っ込んでいった。
吾輩しょんぼり。
ひとまず顔を洗おう。
右手をぺろぺろして顔をくしくし。お腹もぺろぺろと綺麗にしていると、ミリエールが戻って来た。
「さっきミルクも買って来たんだー。よかったらどうぞー!」
身体を清めている吾輩の前にミルクの入った器が差し出される。
吾輩はその器に近づき、内容物のニオイを嗅いで安全性を確認しあとぺろりと一口。
うまし!
「気に入ったみたいだね」
「んにゃ」
うむ。気に入った。
ミルクってこんなにも美味いものなんだな。
器に入っていたミルクを全て飲み干したあと、吾輩は満足して眠くなってきた。
口周りについたミルクを落とすのも含めて、もう一度顔を洗う。
そして身体も。
一通り洗い終わった吾輩は、受付カウンターの上を歩いてカウンターと接している壁を背にして丸くなる。こういう隅っこが好みなのだ。
出来れば箱があるとありがたい。
「ふふ。眠くなったんだね」
そんな吾輩を優しく撫でたミリエールの声を最後に吾輩は眠りについた。
ケモミミ娘と猫
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