吾輩は猫になった
吾輩は九尾の猫である。名前はクロ、シュヴァルツ、ネーロ、ノア、シア、タマ、ペケ、ロン、みーちゃん、リッケン・シュヴァルツヴァルト三世etc
そんな名前のたくさんある吾輩であるが、生まれてすぐの頃は名前は一つだけだった。
山田湊。それが吾輩の本当の名前――否、元々の名前である。
そう、吾輩は転生した猫なのだ。元々は地球でただの社会人として日々を生きていた。まあ、なんと言うか、勤めていた会社が所謂ブラックと言う奴で毎日が残業は当たり前。上の連中は口を開けば働け働けとうるさかった。
時には会社で寝泊まりすることもあった。
とっととやめていればと今更に思うが、もうそれはどうでもいい。
極たまに貰える休日の楽しみは猫カフェでの癒しタイム。
モフモフに囲まれて天国だったな。
そんなある日。いつものように黒い会社で残業に明け暮れていた時のことだ。
あまりの眠さに仮眠を取ろうとデスクから立ち上がった時、急に胸が痛くなり、呼吸も苦しくなった。
周りには人はおらず、あまりの苦しさに吾輩はその場に倒れて藻掻いていた。
意識が遠のいていく中、人間だった吾輩は願ったのだ。
「ああ……生まれ……変われ……るなら……猫に……なりてぇ……」
死に際の言葉としてどうかと思う。
だが、吾輩の言葉に返答があった。
『おっけー』
あまりにも軽いが、優し気な声。
その声を聞いてすぐに吾輩の意識は闇へと落ちた。
そして次に目を覚ましたらデッカイ木のうろだった。
「にゃ……?」
なんだここと呟いた吾輩であったが、口から出た声は人の言葉ではなく可愛らしい高めの猫の声。
驚きつつ、自分の手を眼前にやるとそこにあったのは黒い毛に覆われたちっちゃい手。その手のひらにはピンクでぷにぷにの肉球があった。
「にゃ、にゃにゃっ……にゃああああああああああああああ!?」
あまりの驚きに吾輩の美しい全身の毛が逆立ったのを覚えている。
状況が理解が出来ず、吾輩はうろの中をうろうろと歩き回った。
「……にゃー」
しばらく歩き回ってようやく落ち着き始め、とりあえず自分の身体を確かめることにした。
まずは腕。黒く綺麗な毛で覆われた猫の腕。
次に顔。ペタペタとお手々で触れると、ぷにぷに肉球から伝わってくるのは毛並みの良さだけ。
首を後ろに出来るだけ回して身体を見る。完全に黒猫である。
しなやかな肢体。薄暗いうろの中に溶けるような美しい黒い毛並み。だが、目を引くのは尻尾である。
尾てい骨から一切の曲がりもない綺麗な尻尾が生えていた。それも九本。九本である。
「に、にゃあ?」
驚きの九本。
まっすぐで綺麗な黒い九本の尻尾が、吾輩の困惑に応じてゆらゆらと揺れていた。
まさかの九尾の猫である。
とりあえず落ち着こう。吾輩はその場にお尻をついて座る。その時、お尻に下でかさりと乾いた音が響いた。
「ッ!? シャーッ!」
とっさに飛び退いて威嚇の声が出た。
猫かよ。いや猫だよ。
安全だと気が付き、ゆっくりとその音の発生源に近づく。
そこにあったのは一枚の紙。何か書いてあるようで、顔を近づけて確認すると文字は日本語だった。
内容は以下である。
『やあ! 僕は神だよ! きっと驚いていることだろうと、とりあえず状況を確認できるように君の今のことを記しておくね!
まず、君は地球で死んだ。仕事中にぽっくりと! で、君の遺言を聞いて猫に転生させたのさ!
ちょうどこちらの世界で人間になりたいって思いながら死んじゃった猫がいたから、バランス調整も兼ねて君をこちらの猫に。こちらの死んだ猫をあちらの人間に転生させたんだ。
これで君が猫に転生した理由は終わり。次に説明するのは君の身体である猫のことだ。さぞ驚いたことだろうね。なんてたって九尾だものね!
九尾の猫は地球の猫又みたいに長生きして物の怪になった存在とは違って、こちらでは魔物や魔獣の類なんだ。まあ、それよりもさらに強い神獣っていうやつなんだけどね。
その辺の話は人間の街にでも行けば勉強できると思うから省くね。
次に九尾の猫についてだね。簡単に言うとこの世界で一番強い! もはや君に勝てる生命体はこの世界にいないよ! だから安心してにゃん生を謳歌しておくれ!
力の使い方とかは自分で見つけるといいよ! そっちのほうが君も楽しいだろう? あ、書き記すのがめんどくさいとかじゃないよ? 断じてないからね? さて、大雑把だけどこんなもんだね。
じゃ、僕はここらへんで! いいにゃん生をっ!
追伸
あ、読み終わったらこの手紙は燃えるから気を付けてね! ばいばーい!』
ボッ!
「にゃッ!?」
読み終わった吾輩の目の前で手紙が燃え上がり、びっくりして吾輩は全身の毛を逆立ててしまった。
元が人間だからか、火に対しての恐怖心はない。火の勢いが弱まった所でテシテシと残り火を手で消して一息。
あまりにも適当な内容ではあったが、どうやら吾輩は死んで猫に転生したらしい。そして異世界にいるらしい。
そしてそして、何やら滅茶苦茶強い猫らしい。
情報が多すぎて混乱するよな。
とりあえず、吾輩は強い九尾の猫だと認識してくれればいいぞ。
ちなみに吾輩の一人称は猫と言えばこれだろう。と言うことで吾輩である。
吾輩は後ろ足で耳を掻いてから立ち上がる。
そして背中を丸めたあと、前足を伸ばして丸めた背中をぐいーっとしてそのまま後ろ足もぐいーっと。
さて動くとしよう。
正直、この伸びは傍から見ると可愛いが、猫になってわかった。
めっちゃやる気でるわこれ。
木のうろから出て見える景色を眺める。
「……にゃー」
森だ。
見渡す限り木木木木!
木しかねぇ!
生まれも育ちも都会の吾輩からしたらとても新鮮な光景だった。
ひとまず降りよう。と、かなり高い所にあるうろから飛び降りる。
地面へと華麗なる着地を決めた。
猫って凄い! 吾輩はこの時感動したのだ。
人間なら着地技術を知っていてもここまで痛みもなく華麗に着地することは出来ないだろう。
ああ、猫って素晴らしい!
一度木の方を振り返って見た目とにおいを覚える。
あのうろには吾輩のにおいがあるためわかりやすい。
「にゃっ」
うむ。出発だ。
探検としゃれこもうじゃないか!
と言っても、木しかないから前に進んでいくしかないけどな。
何もかも放っぽり出して猫になりたい