聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。14
「…知らんがな?面白い響きだが、どこの言葉だ?それは」
初めて聞く言葉に興味をそそられたらしい、伯爵がディアーナに尋ねるが、ディアーナは一歩下がって笑って誤魔化す。
「い、いえ…知りませんわと申しましたのよ?噛んだだけですわ~!父と母には会ってませんの、邸には入らなかったのですもの……気持ち悪い男が居たので。」
叔父のヒールナー伯爵は渋い表情をし、ううむと唸って間を置いて口を開いた。
「それは、リジィンの事だな?…そのリジィンが邸に来てから、兄夫婦と連絡が取れなくなったのだよ。…リジィンが自分を実子だと言い張っていてな。ディアーナが生まれる前、兄夫婦がまだ夫婦ではなかった頃に出来た子どもなので、世間体が悪く出生を隠していたと。」
「ハッ!とって付けたような理由ですこと。それを信じる人は少ないのじゃありません?まだ、父の隠し子とか言った方が回りは納得いくのではないかと。」
ディアーナは思わず素が出て、思い切り鼻で笑ってしまった。
ディアーナの父は自尊心ばかり高く、人から好かれるタイプではなかったが、逆に言えば父自身も人を好くタイプではなかったので、母以外の女性と関係を作る甲斐性も無かったのだが。
「回りの者も納得…してはいないが、否定も出来ん。…何しろ卿が、後見人だからな。……グイザール卿が…。」
出たよ!日本の時代劇で言う所の悪代官!
悪の権化みたいな、最後に殿様に成敗される的な人!
む?ならばリジィンは越後屋か?仲間か?お主もワルよのぅのワルか?
「ディアーナ…目を輝かすのは、やめとこうか…。後ろで泣き崩れそうなサイモンが居て、父さん母さんの安否を心配しなきゃならない、この状況で…。」
レオンハルトがディアーナの肩に手を置いて首を振っている。
「だって…それって…リジィンが、悪代官…の手先で、お父様とお母様に何かしたかも知れないって事でしょう?」
キラキラの目をしてレオンハルトを見詰めるディアーナに、レオンハルトがフッと笑う。
「そうだな、ディアーナの母さんが父さんを殺そうとしていたワケじゃなかっ……」「って事は、あの気持ち悪い男を殴っても許されるのよね!」
レオンハルトの言葉は、ディアーナの声にかき消された。
「……そうだな、ボコボコにしていいと思う……俺も今、すごくムカついたわ。」
ヒールナー伯爵と、サイモンがディアーナを凝視している。
彼らが知る、ディングレイ家の侯爵令嬢はもう居ない。
姿形は同じでも、侯爵令嬢ディアーナの記憶を持っていても、本来の自分を取り戻したディアーナは、彼らが知るディアーナとはもうまったくの別人だ。
「……殴る…のか?ディアーナが……男を…?叩く…ではなく?」
ヒールナー伯爵が確認するかのようにディアーナに尋ねれば、ディアーナは自信満々に答える。
「拳でぶん殴りますけど?何だったら蹴りも入れます。私、そこいらの男には負けませんよ?」
レオンハルトは腕を組んでウンウンと頷いている。
「叔父様が、ご心配ならブッとば……父と母の様子を見て来ますけど?あの気持ち悪い男なら、わたくしを簡単に邸に入れそうですし。」
「そんな危険な事を…!ディア、ディングレイ侯爵夫妻に何らかの危険が及んでいるのだとしたら、邸にはどんな奴が雇われているか分からないんだ!いくら…君が、俺の知るディアではなく、強い少女だとしても……」
サイモンが、最後の方の言葉を自身の胸の辺りを掴むようにして言った。
胸が痛いと、苦しいと…でも、突き放された現実を飲み込んだのだと。
「…意外に聞き分け良かったわね、前世設定レオンハルトは…。まあ、お兄様を物理的に叩き潰さなくて済んで良かったんだけど。」
「そっくり、そのまま俺のコピーだったら無理だったろうな。その時は、俺が決闘する事になっていたかな。……俺対俺か…国が無くなるわ。」
「乙女ゲームの舞台が、ヒロインと攻略対象の一人との決闘で滅ぶとか…駄目でしょ?…笑えるから。いや、笑ったら駄目か。」
レオンハルトと楽しげに話すディアーナの姿を見たサイモンが呟く。
「彼女は、あんな表情をして、あんな風に笑うんだな…。本当に…俺の知らないディアーナなんだな…。」
「サイモン……」
父のヒールナー伯爵がサイモンの肩に手を置き、優しい笑みを浮かべる。
彼の中の立ち止まっていた時が動き出したのを知って。
一時間後
ディアーナは実家、ディングレイ侯爵邸の前に居た。
仕事は早く、きっちりと。
それがモットー。
「お兄様!!たのも……!」「だから、道場破りに来たんじゃないからな、ディア。」
背後からレオンハルトに腰を抱かれ口を塞がれる。
「お嬢様!!お戻り下さい!ここは、貴女様が帰る家ではございません!貴女様まで…」
門の内側で、年老いた執事が鉄の門扉を閉めたまま言う。
ディアーナは少し困り顔で微笑んだ。
この邸に勤める者達にとって、愛された主人ではなかった自覚はある。
そんな主人にでも、危険が及ばないようにしてくれている。
その気持ちが嬉しい。
「何を言っているんだ、せっかく妹が帰ってきてくれたのに。」
邸から門の前まで駆け付けたリジィンが門扉を開く。
「ディアーナ、お帰り!君と話したい事がたくさんあるんだよ、さあ入って!……ディアーナだけ、ね。卑しい身分のヤツを邸に入れられるワケ無いだろ?」
「リジィン様!ディアーナ様の護衛の者も共に…!」
執事が言った言葉に、護衛?あ、俺の事か、と閉め出されたレオンハルトが自身を指差す。
「あなた!待っていてね、お父様とお母様にご挨拶してすぐ戻るから!」
鉄の門扉で遮られた状態で、門越しにディアーナがレオンハルトの手を握る。
レオンハルトは後が怖いので、妻の遊びに乗る事にした。
「ああ、我が妻ディアーナ!愛しいお前が帰って来るのを待とう!早く帰っておいで!」
「ああ、あなた~!」
後ろ髪を引かれるように、何度も何度もレオンハルトを振り返りながら、長いアプローチを歩いて行くディアーナの姿に、その姿が見えなくなるまで手を振るレオンハルト。
「……いやぁ、見るに耐えない三文芝居でしたね…姫さん、芝居下手くそ過ぎるだろ。」
「親父…急にわいて出るな…。また、あんた絡みか…。ワケの分からない格好しているな…魔法使いの仮装でもしてんのか?」
黒いローブを纏ったジャンセンはレオンハルトの隣で目を細めて笑う。
「ちょっとね」




