聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。7
「朝早くから、申し訳ございません…お姉様に聞いて戴きたいお話しが…」
入室を許され、ドアを開けたイライザが目にしたのはベッドの上でレオンハルトの胸ぐらを掴むディアーナの姿であった。
「はぁあん!ステキ!!私もお姉様に胸ぐら掴まれたい!」
「…いや、そんな話ししに来たんじゃないよね?イライザ。」
興奮のあまり足元がふらつき、ドアに寄り掛かるように倒れ掛けるイライザに、ディアーナが冷めた口調で尋ねる。
「す、すみません…つい………コホン……先ずは昨夜の食堂での非礼をお詫び致しますわ。…いきなり申し訳ございませんでした…」
レオンハルトの胸ぐらを解放し、ガウンを羽織って椅子に腰掛けたディアーナは、もうひとつの椅子にイライザを座るよう促した。
レオンハルトは無言で部屋に結界を張る。
他の侵入や会話を聞かれるのを警戒したのだ。
「あの…お姉様は、サイモンお兄様がお姉様の事を…想ってたのを知ってらっしゃいます?」
気を取り直したイライザに、いきなり驚きの報告をされ、ディアーナは焦る。
「はいぃ!?知るワケ無いわよ!好かれる要素なんか無いもの!わたくし、お兄様には冷たくした記憶しかないのに!」
サイモンの恋慕に気付いていたレオンハルトは、あからさまに不機嫌な顔になりディアーナの顔を窺う。
「お兄様は…お姉様の事を幼い頃から好いておりました。わたくしとしては、よくまぁ、こんな根性悪な女に惚れたわねと思っておりましてよ。」
なんじゃそりゃ!人の事を言えるのか!?と思いつつも、そりゃそうだ!とも思うディアーナは益々深く悩み出す。
「…いや、わたくし本当に…サイモンお兄様を馬鹿にしたり…決してかわいい女ではなかったハズ。なんで?…イライザの罵詈雑言を受け止めている位だから、メンタル強いのかもだけど…むしろ冷たくしたのはご褒美だったのか?」
やはり、血は繋がってなくともイライザと兄妹だからM気質なんだろうか?貶められ興奮するタイプ?
乙女ゲームの攻略対象者二人目がマゾの変態とか、全年齢適応ゲームとして、いかがなものか。
「お兄様は勘のいい方で…幼い頃にお姉様に初めてお会いした時から、何かを感じていたようですわ。……極端に言ってしまえば、今のお姉様の姿を予見していたような。」
「今の私?」
「スティーヴン殿下に婚約破棄され、旅に出た今のお姉様です。お姉様、人が変わりましたわよね?性格が丸くなったのではなく、人格まるごと別人のようになられましたわ。」
「いや!私からしたら、あんたの方が!」
「わたくしは、本当の自分に気付いてなかっただけですわ。わたくし自身は何も変わってませんもの。お姉様は、昔の自分を、あれもわたくしです!と言いきれますか?」
ディアーナは困惑し、助けを求めるようにレオンハルトに視線を送るが、レオンハルトもまた困惑しているようで、眉間にシワを寄せて何かを考えている。
「お兄様は…ディアーナお姉様がスティーヴン殿下をお慕いしている姿を…いつも怒りと悲しみを込めた瞳で見ておりましたわ…。一度…無意識の内に呟いたのでしょう…。『俺が望んで、願って、苦しんで、手に入れられなかったものを、いとも簡単に手に入れている貴様は…!興味無さげにディアーナを遠ざけようとする!』と…呟くのを聞いてしまいましたの。」
レオンハルトがベッドの上で思い切り噴き出した。
そのあと、四つん這いになってゲホゲホと思い切り咳込んでいる。
どうした、レオン。我が夫。私もパニクってるが、なぜ夫もパニクっている。
「お兄様は…時々……自らを『俺はサイモンではない…俺の本当の名はレオンハルトなんだ…』と、よくおっしゃってました。」
ブフォっ!!
椅子に座ったディアーナと、ベッドで四つん這いのレオンハルトが二人同時に噴き出した。
えーと…パパ?パパ?創造神様?
今すぐ応答願いまーす。
てゆーか師匠!おめぇ、キリキリ説明しろや!!
どーゆー事じゃこれは!
「お兄様は時々、自身を見失いそうになります。…それに…スティーヴン殿下を今も憎んでるかも知れない…。わたくしは…そんなお兄様を…家族とは認めようとしない、卑しい身分の兄を嫌いな妹であり続けなければならないのです。この家を…守る為に…。」
「それ…逆にサイモンが悪い人でなければ、この家に縛りつけないで解放してあげたいって意味もあり?引き止めたくないから、嫌われていようとか…。」
イライザは、スッと姿勢を伸ばし、美しく頬笑む。
「ええ…わたくし、お兄様の事を好きですもの…だから半分は、そうです。………あと、半分は……いつか、わたくしを憎み…溜まった鬱憤を晴らしてくれる日が来るのではないかと、実は期待して…はぁん…」
「もぉ~バカァ!あんた、中身は割りとイイ女ね!」
パチーン
ディアーナは笑顔でイライザの頬をはたいてやった。
「ああぁん!ありがとうございますぅ!」
はたき、はたかれ、キラキラ笑顔な二人を尻目に、フォークを入れられた半熟目玉焼きの黄身のようにデロリと溶けかけたレオンハルトがベッドの上に居た。
「おお、まるで…ぐで………」
あえて名前は出さないでおこう。
おトン師匠からの連絡はない。
忙しいのだろうか?




