聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。4
王都の中央、王城の広い敷地を中心にしてそれを囲むように貴族の住む屋敷が集中する貴族街がある。
爵位が下がれば下がる程、城から距離が離れてゆく。
ヒールナー伯爵の屋敷は、ディングレイ侯爵の屋敷より外側に、王城からは離れた場所にある。
ヒールナー伯爵邸、門をくぐり屋敷の正面扉へと続く長いアプローチにて、一人の青年が少女に声を掛ける。
「イライザ、また侍女をクビにしたと聞いたが本当なのか?」
「うるさいわね、わたくしに話し掛けないでちょうだい。卑しい身の分際で。」
イライザと呼ばれた少女は栗色の巻き毛にブラウンの瞳の美少女である。
黙っていれば美しい少女なのだろうが、底意地の悪さが顔に出てしまっている。
彼女は自分が認めない者に対する容赦を知らない。
それが、仮に兄であっても。
「イライザ!俺の話しを聞け!我が儘も大概にしないと…!」
「うるさいって言ったじゃない!叩かれたいの!!」
イライザの右手が高く上がり、その手の平が青年の頬に向かう。
その右手首が背後から掴まれた。
「兄貴に手を上げるとは、何て妹だよ…ったく。」
イライザと青年は、見知らぬ金髪の青年がいつの間にか屋敷の敷地内におり、振り上げられたイライザの手首を掴んでいる事に唖然としている。
イライザの手首を掴んだレオンハルトが強めに突き放すように手首を離すと、イライザはその場でよろけ、その身体を青年が受け止める。
「だ、誰よ!お前は!下賎の者が勝手に屋敷に入り込んで!」
「あ?お前だぁ?誰にモノ言ってんだ」
青年に身体を受け止められたまま、イライザがレオンハルトを指差し声を荒げる。
下賎呼ばわりより、指を差された上にお前呼ばわりされた事にキレかけたレオンハルトは、こめかみに青筋を立たせる。
「レオン、結婚前の娘さんよ、プチはやめてあげてね?」
レオンハルトの後ろに居た、兄貴に手を上げるどころか、兄を殴るわ蹴るわ頭突きするわな妹、ディアーナが前に出て微笑む。
「…………ディアーナ…」
イライザより先に、妹を抱き止めた兄が名を口にした。
「お久しぶりですわ、サイモンお兄様…。急な訪問、申し訳けございません……ご無沙汰しておりました。」
ディアーナはレオンハルトの前に進み出て、イライザとサイモンの前でカーテシーをする。
「ディアーナ!わたくしの方が上だと認めたって事ね!!なにせ、王族に嫁ぐのですからね!」
…うぜぇなお前…誰もお前なんかにカーテシーなんかしてないわ。サイモンお兄様に向けての挨拶だし。
と、心で思いながら口には出さない。
だって淑女ですもの、わたくし…。
呼び捨てされても、笑顔を絶やしませんわ。
「お前なんか、スティーヴン王子に婚約破棄を言い渡され、国から追い出されて…とことん落ちぶれていいざまね!罪人と同じじゃない!」
お前だぁ?誰にモノ言ってんだコラ!!しばく!!
お前呼ばわりされたと、レオンハルトと同じ箇所で沸点を越え、怒りが爆発しそうになった瞬間、イライザの頬を誰かがはたいた。
おお!とうとう兄がキレて妹をいさめる為に……じゃないのか。
サイモンは呆然としている。
あれ?じゃ、クソ従姉妹をビンタしたのは誰よ?
つか、誰よ……突然、目の前に現れた、筋骨隆々なマッチョイケメン……。
「いい加減にしないか!イライザ!どうして、久しぶりに会えて嬉しいと素直に言えない!」
ディアーナ、レオンハルト、サイモンが呆然としている中、マッチョイケメンがイライザに詰め寄る。
「わ…わたくし……わたくし……愚かな女なのです……もっと、叱って下さい………殿下……」
ディアーナ、レオンハルトがマッチョイケメンをガン見する。「殿下だと!?」
「やはり、こうなったか……弟を連れて来て正解だったな…」
何が正解か。
頭の中で、その答えは違います的なブブーって音がずっと鳴っとるわ。
「スティーヴン殿下…?急に現れて、自分だけ、全て知ってます的なツラをなさってますが、わたくし…色々納得出来ませんの……おかん、説明しろ」
スティーヴンの笑顔が引き攣る。
「いやもう、実家に帰る前に面白半分に従姉妹の顔を見に来るあたり、予想通り過ぎてね。それより、この場で、おかん呼びはやめてくれないかなディアーナ嬢。ははは」
「言うようになったわね、殿下…うふふ…」
笑顔のまま、互いに牽制し合うディアーナとスティーヴンに水を差すようにレオンハルトが声を掛ける。
「……お楽しみの所悪いが、なぁディアーナ…確実に分かった事がひとつあるんだが…ディアーナは今まで気付かなかったのか?」
イライザを顎で差しながらレオンハルトがディアーナに問う。ディアーナは、「う゛っ」と声を詰まらせた。
「深窓の令嬢だった私が気付くワケ無いじゃない、前世の現代社会の記憶を持ってる今の私だから気付いたのよ!」
クソ生意気な従姉妹、高飛車で高慢ちきで、とにかく鼻持ちならない女!
そんなイライザが、超がつくドMだと。
「私が弟に教えたディアーナ嬢の話を弟から聞いて…逢いたくて仕方がないからお披露目パーティーに呼んでくれと言われてな…。」
「スティーヴン殿下、後で私のどんな話をどんな風に話したのか、詳しく聞かせて貰おうか。」
向かい合って笑顔のまま睨み合うディアーナとスティーヴンを見て、イライザの顔が高揚する。
「ああ…わたくしも、あの目で蔑まれたい……。」
おいおい……思っていたのとずいぶん違うだろ…クソ生意気なクソ従姉妹…。
レオンハルトは声は出さずに正直な感想を口にする。
モゴモゴと唇を動かしながら、サイモンの方に目をやる。
ああ、こっちも思っていたのとずいぶん違う…。
オフィーリアが好き?違うな、コイツ最初から…
ディアーナに惚れてやがる。
「気に食わねぇな…。」
レオンハルトはサイモンに目を向けたまま、ハッキリとそこだけ声に出した。




