スティーヴンとウィリア8
腕を掴まれたウィリアは眉間にシワを寄せ、男を蔑むような目で見る。
「その手を離しなさい…クーパー…。巫女である、わたくしに男が触れるのは禁じられている筈です。」
「インチキ巫女が、偉そうな口をきくんじゃねぇよ!テメエのせいでな、オヤジや町の長はラジェアベリアの牢獄行きになった!」
クーパーと呼ばれた三十路半ば程の男は、不精ひげをはやし腰に剣を携えている、ガラが悪い、という表現がピッタリ当て嵌まる見た目をしている。
噴水の前で、そんな男に腕を掴まれているウィリアは、はたから見たら悪い男に絡まれている、キレイなお姉さんだ。
「チッ…人目につくな…来い!」
「…!クーパー!離しなさい!」
クーパーはウィリアの腕を無理矢理引っ張り、路地裏に連れて行く。
ウィリアは、無理矢理腕を振り払って逃げるつもりだった。
ディアーナによって、多少の自衛手段を教えられたウィリアなら、それも可能だったのだが…ウィリアは、クーパーの呟いた一言で抵抗をやめた。
「エイリシアを俺の女にするハズだったのによぉ…この際、娘でも…」
嫌悪感が憎悪に変わる。逃げたい相手が、殺したい相手に変わる。
俺の女ですって!?…母が、お前なんかの女になるものか!
俺の女…何て下卑た言い方!何て汚い言い方!
……あら?この言葉、どこかで聞いたわ…。
クーパーはウィリアを連れたまま、半地下のような場所に降りて来た。
少し高い位置に明かり取りらしき窓があるが、そこに時々見えるのは行き交う人の足。
助けを求めても恐らく聞こえない。
足元にある小さい窓など誰にも気にもされないだろう。
狭く薄暗い部屋で二人きりになるとクーパーはウィリアを窓の下に追い詰めるようにし、自身は出入口を背に立つ。
「今までみたいに、オヤジ達の言う通り占ってりゃ良かったのによ、最後の最後で、あんなくだらねぇインチキ占いなんかしやがって!」
「インチキですって!?幼い頃から、ずっとそうだったわよ!あなた達の都合の良い、占い結果とやらを言わされていたわ!人の土地や財産、果ては命まで取り上げるような嘘をね!でも…最後のは違う…違うのよ!」
時、同じくして町の入り口付近、噴水の前。
頭を抱えて噴水の縁に座るスティーヴンと、ヘラヘラしているディアーナ、そんなディアーナを背後から抱き締めているレオンハルト。
「フラグ立ってんなぁって、思ったのよね!実は!でも、折るより回収かなって思ったわけで…」
「ディアーナ嬢…意味が分からない…。今、分かるのは…ウィリアが危険な目にあってるかも知れない事…怯えて…不安で…泣いてるかも知れない…。」
「あのねぇ!殿下!」
スティーヴンの言い方にカチンと来たディアーナが口を出そうとするのを遮るように、レオンハルトが背後からディアーナの口を押さえる。
「お前、そういう所は変わってないのな。女の子は弱くて守らなきゃいけないモノだと思い込み過ぎだ。ウィリアは、強い女だぞ?……お前の隣に立てる位にはな……」
スティーヴンは意味が分からず、青白い顔のまま目の前に居る三人を見つめる。
三人………?
「師匠!いや、おとん!」
「なんでテメエが居やがる……ジャンセン」
いきなり現れ、シレッと隣に立つジャンセンから隠すように、レオンハルトがディアーナを抱き込む。
何か、餌を盗られたくなくて隠す猿のように見えるのは…なぜだろう。
「…言い忘れてまして…スティーヴンに…。転移魔法について。」
「私に……?…今さら…ですか?」
もう数ヶ月前に使えるようにして貰った転移魔法、今さら何を?
「あの転移魔法は、私がスティーヴンに馬鹿兄妹の世話と、ウィリアの世話を頼んで、その為に与えたものでしょう?」
あ、やっぱり私に三人の世話をさせる気だったんだ、ジャンセンこの野郎。
「……今、この野郎と思ったかも知れませんがね、その転移魔法は、そこに居る馬鹿兄妹の居る場所と、ラジェアベリアの城の玉座の前と、ウィリアの近く、の三ヶ所に転移出来るのです。」
ちょ、怖い、この野郎と思ったのバレてる…。
けど、ウィリアの近くに転移…?近く?
「いきなり本人の前に転移して、入浴中や着替え中だったらどうするんです?あなたが紳士であるための私の配慮ですよ。」
「なあ親父、俺達の場合は王子サマ、真っ正面に転移してくるんだが…」
「お前らに羞恥心なんかあるか。入浴中でも、着替え中でも、真っ最中でも目の前に転移されてしまえ。」
私は、兄妹喧嘩だけでなく、親子喧嘩も見せられるのか?
いや、今はそんな事より…
「私は、ウィリアの所に行きたいです!」
固い決意を胸に、噴水から立ち上がる。
「行けばいいじゃないですか。勝手に。」
ジャンセンは噴水の縁に腰掛け、めんどくさそうに呟く。
ああ、あなた……そうか!頑張れ!って後押ししてくれるタイプじゃないのでしたね…。




