まだ馴染みの無い、あの果実。
学園の医務室のベッドに毒使いの女を寝かせたレオンハルトは、ランドルの姿のまま医務室の開いたベッドに腰を下ろす。
「親父が絡んでるなら、この子の兄貴も何とかしてやれたんじゃないのかよ。…いや、それは違うか…悪い、親父。」
創造神ジャンセンはこの世の神であるがゆえに、良い意味でも悪い意味でも平等だ。
自分にとっての不都合さえ無ければ、誰が死んでも生きていても無関心である。
「お前達夫婦を関わらせてやるのが、人間に俺がしてやれる最大のひいきだよ。
今回だってな、この国の次の国王に誰がなろうが、貴族の令嬢が悲しい目にあおうが俺の知った事じゃねぇと思ってたしな。」
「じゃあ、何で今回この国に関わろうなんて思ったんだよ。珍しいじゃねーか。」
「……そりゃお前……フローラを見たら……ウケるじゃねーか。お前ソックリだし。で、話し掛けたら仲良くなったもんでダベっていたら、何か面白い話を聞けたもんでな。」
要するに…オフィーリアそっくりなフローラと仲良くなったら、惚れた男が行方不明になって、その原因になりつつある男としたくもない結婚をさせられそうな貴族令嬢の話を聞いて……
面白そうだから、俺達を突っ込んじゃえ!と、気まぐれで決めたと。
「アホか…まぁ、深い意味は無いって所が、親父らしいっちゃ親父らしいが……で?親父が理想とする結果になるかどうかは分からないぞ?」
「それは構わない。お前らのしたいようにしてくれ。誰を幸せにして、誰を不幸にするのかもお前らが決めればいい。」
そう言って目を伏せて微笑むジャンセンは、もしレオンハルトが「めんどくせ!国ごと無くしたれ!」と、この国を焦土にしてしまっても何も思わない。
神の高みに居る者であるがゆえに。
人の世界に紛れて人間として仕事をしていても、そこには人間らしい感情が一切働かない。
「……わぁったよ……ディアと何か考えるわ。親父が気に入る入らないは別として、俺達がスッキリする絵図をな。」
「待て、ひとつだけ……」
頭を掻きながら医務室を出ようとしたレオンハルトの背にジャンセンが声を掛けた。
「国が無くなる以外の結果になったら、ひとつだけ頼みがある……ラジェアベリアとの貿易が行える様にだけして欲しい。それだけで、この世界の文化が少し進むんだ。」
レオンハルトが珍しい頼み事をするもんだ、と少しばかり目を丸くしてジャンセンに目を向けると、ジャンセンは机に向かい書き物をしていた。
一応ちゃんと仕事はしているらしい。
何もかもが「めんどくせぇ」と投げやりな性格の癖に、なぜ人間社会に人間として紛れ込んだ際には真面目に仕事をしているのか良く分からない。
つか、仕事をする意味が無いのに。
「文化が進む?……何の?……そんな事に興味を持つとは、意外だよなぁ。」
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訳の分からぬままに、見知らぬ国の王城の応接間に転移させられたランドルとロザリンドとジージョは、萎縮したまま動けなくなっていた。
ジージョに至っては、自分は侍女ですから!と言っているにも関わらず、まぁまぁまぁまぁ座りなさい、と椅子に腰を下ろさせられてしまった。
そして、王太子妃殿下の淹れたお茶と、王太子殿下の自作の菓子が出される始末。
丁寧にもてなされているのだろうが、居たたまれない。
頑なに断り続けるのも不敬にあたる。居心地が悪い。
もう、おうちに帰りたい!!!
三人並んで、そんな顔をしてしまう。
「私達は王族だけど、元が冒険者で旅人でもあったからね。正式な場で無い限りはこんなもんさ。」
スティーヴンの屈託の無い笑顔と共に言われた言葉に、
こんなもんさって、どんなもんさ!!
三人並んで、そんな顔をしてしまう。
「君たちに何らかの被害が及ばないように、とディアーナ嬢達は君たちをここに避難させたのだと思う。彼女が避難所として此処を選んだ以上、我が国は国の威信を懸けて君たちを守らねばならない。」
「な、何を大袈裟な!!ディアル…!さんは、もと婚約者かも知れませんが、もと貴族の令嬢でしょう!?その令嬢の為に国が威信を懸けてって…!」
スティーヴンが真剣な眼差しを向けて言った言葉に焦ったランドルが、思わず大きな声をあげてしまう。
「ん…?んんっ…」「ねぇスティーヴン…まだ…知らないのでは」
ランドルの様子に、「おや?」と思ったスティーヴンとウィリアがボソボソと声を潜めて話し始めた。
「だったら下手に暴露は…」「しちゃ駄目でしょうねぇ…」
二人は互いに「めんどくさ…」という顔をして頷き合う。
何しろディアーナ嬢とレオンハルト殿の親が、アレだ。
敬うつもりで神と呼んで丁寧に接するだけでキレる、アレだ。
だったら下手に正体をバラしては危険が危ない、頭痛が痛い。
「ところでランドル君!!君の国の特産物など教えてくれないか!?」
スティーヴンはキラッキラの笑顔で、急に話を切り替えた。
「わ、我が国の特産物?…俺…私は分かりません…長兄のデュランならば知っていたかも…。ですが兄は今、次兄によって…」
「テオドール王国では、海産物を主に扱った工芸品や食品を作っておりますわ!それに、外国の方では珍しい植物もございまして、加工は大変ですし、苦味もあるのですがココーアという物を我が国の特産品として広めたいと、デュラン様は仰有ってましたの!」
「お嬢様!!」
ロザリンドが目を輝かせ、話の輪に入って来た。
王太子同士の会話に、いきなり入ってしまったロザリンドをジージョが慌てて止めたが、スティーヴンが目を輝かせた。
「ほう!ココーアとな!?それはアレか!こう、卵を長くしたような形の!」
「まぁ!ご存知でしたの!?」
「ヨシッ!カカオ!こっちの世界にもあったぁ!!」
思わずスティーヴンが両手に拳を握る。妻のウィリアがスティーヴンの隣で、喜ぶ夫を優しく見詰めていた。
「今までは、白い世界から持ち出した分でしか使えませんでしたものね、チョコレートは。」
「ああ、個人的に菓子を作る分にはいいが、チョコ菓子を世に広めるには無理があったからな!これでこの先チョコ菓子産業を始める事が出来る!やはり、テオドール王国との貿易は必須だな!!」
ラジェアベリア王太子殿下と妃殿下の盛り上がりをポカンと見ていた三人だったが、ハッと我に返ったランドルが首を振る。
「我が国の陛下と、王太子殿下は諸外国との貿易を増やす事を反対しております。残念ですが……」
「だったら君が、次の国王になって国交を増やせばいいじゃないか。それだけの話だろう?」
スティーヴンがシレッと言う。
スティーヴンの発言に三人が驚きの表情を見せ、ランドルが思わず椅子から立ち上がった。
「私は!王太子の命と王太子の座を狙った賊とされつつあります!そんな私が王太子になる等無理な話だ!何にも知らない癖に簡単に言わないで戴きたい!」
失礼とは分かっていても、ランドルは言わずにはいられなかった。
愛した女を奪われ、自身の身分はおろか命までも脅かされている。そんな不安や、やるせなさに感情が爆発した。
「無理な話なもんか。フフ…」
ティーカップを口に運んだスティーヴンが、口元に笑みを浮かべて呟いた。
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建国記念日が近付くテオドール王国では、着々と祭りの準備が始まっていた。
街も活気づいて飾り付けや食料の搬入に勤しむ人の姿が目立つ。
建国記念日のお祭りは三日前から始まり、二日間かけて式典や祭事等諸々が行われる。
三日目の記念日当日の夜には、街の中央に建つ旧い歴史を持つ学園にてOBにあたる王族、貴族をも招いての大舞踏会があり、祭りのフィナーレとなる。
この舞踏会が、この国では一番多くの貴族が集まる場所であり、婚約者を募っている学園の生徒や、参加した貴族の子女は気合いを入れてドレスアップしてこれに参加したりする。
国王陛下もおり、多くの貴族が集まり、多くの人の目が集まる。
ここでの宣言や発言は、公の場でのそれに等しい。
「フローラ…僕の花嫁…。」
淡いピンク色のドレスに身を包んだフローラは、美しく咲く可憐なバラの花の様だ。
ハワードはフローラの首に真珠のネックレスを着けてやりながら、その美しさにゾクゾクと粟肌が立つ。
「ああ、キレイ過ぎて鳥肌が立つよ。君が僕のものになるなんて…」
人形の様に立つフローラの唇にハワードが唇を寄せると、白いレースの手袋に包まれたフローラの指先がハワードの唇を押さえた。
「駄目ですわ、殿下……キス……なんてなさったら、止まらなくなりますでしょ?……私たち……」
頬を染めて恥じらう様に顔を俯かせたフローラに、ハワードが感極まって抱き付く。
「そうだね!ごめんねフローラ!…君が美し過ぎて思わず…確かに、途中で止めるの難しそう。」
「わたくし達は王太子と王太子妃…夫婦となるまで清いままでいなくてはなりませんのでしょ?…私だって…我慢してますのよ?」
フローラはハワードの長い銀糸の髪をひとふさ手に取り、唇を落とす。
「お慕いしておりますわ……ハワード殿下……。」
部屋の中には蒸せ返る程の香の匂いが立ち込め、部屋の入り口に立つ侍女達も夢心地の様に微睡んだ表情をしている。
同じく、フローラの表情も。




