巻き込まれた旧友。
「……ん…んん……ここは……どこなの?」
気を失っていたエティロールが目覚めたのは、見慣れない小さな部屋の小さなベッドの上であった。
まだぼんやりとする頭に手を当て、記憶が途切れる迄を思い出そうとしていると部屋の扉が開き、腕に刺青の入った屈強な男が二人部屋に入って来た。
「ひっ…ひいっ!だ、誰!?ここはどこなの!!」
後ずさる様にベッドが寄せられた壁に背をつけ、怯える様に震えるエティロールの前に、男達の後ろから現れた一人の男が立つ。
褐色の肌に金の髪、赤い瞳の青年。エティロールには見覚えがあった。
「ここは海賊船で今は海の上だ。逃げる事は出来ん。お前は俺達の島に連れて行く。もう、テオドール国に戻る事は出来ん。理由は俺の顔を見れば分かるよな?」
「でゅ、デュラン殿下…!?そ、そんな…!」
「自分がどんな罪を犯し、それが俺にどの様な感情をいだかせたのか分からないお前ではないよな。」
デュランは強く拳を握り、自身の爪で手の平を傷付けたのかポタリポタリと床に血の玉が落ちる。
「ロザリンド……に、何をしようとした?…いや、聞く迄も無いが…お前は、俺が愛する女を…!どんな風に傷付けようとした!!」
激昂したデュランがエティロールに近付こうとするのを、屈強な男二人が背後から止める。
「カシラ、暴力はやめとけって言われてやしたでしょ?」
「あの坊っちゃん怒らせたらヤバイですよ」
「何だと!?あいつ、自分は暴力ばかり振るうクセに!!」
「腹が立っても、殺意が沸いても、女性に手をあげるのは無しですよ?ロザリンド様に軽蔑されたくないでしょ?」
横からわくように現れたスリーが半笑いでデュランを羽交い締めにして制止する。
「ひいっ!ひぃぃ!ひっ…………」
部屋の入り口付近で大柄の男達が自分を殴るだの殴らないだのと揉める様子を怯えて見ていたエティロールは、再び気を失った。
「ま、殿下の事だから胸ぐら掴むが精一杯ですよね。女性を殴ったりは出来ないでしょ。」
「………ぅ…む………」
殴りたい程に腹が立っても、デュランは女性に手をあげる事は出来ない。
本来なら胸ぐらを掴む事さえしないのだが、少年の姿をしていたとは言え先日は思わずディアルの胸ぐらを掴んでしまった。
その後にジャーマンスープレックスをキメられて頭を床に強打させられているので、どちらかと言うと暴力の被害者はデュランなのだが。
「で、殿下はこのクソババァを島に連れてって、どうするんです?」
屈託の無い少年の様な顔をして、中々に辛辣な物の言い方をするスリーにデュランが少しばかり引きながら、顎の無精髭に少し手を当て考える。
「特に何も。住む場所は与えるし、残りの人生は島の住人にでもなりゃいいんじゃないか?それだけでも、出世欲や、権力を欲しがっていたあの女には充分な罰になるだろうさ。」
「あはは!へぇー刺激的な人生ですねー」
スリーはケタケタと笑い、無邪気に笑うスリーにデュランが複雑な表情をしてしまう。
「お前って、意外に性格キツいのな……」
「ひと癖もふた癖もあるようなんじゃないと、殿下の側近なんてやってらんないっすよ!普通の王宮騎士だったら、殿下にくっついてきて海賊なんて、やってませんって!」
デュランは思わず苦笑する。
自分は弟に陥れられ、身分も婚約者も失い不幸だと思っていたが……こうやって、自分を大事に思ってくれている者が回りに居た事を改めて思い出した。
「俺は幸せ者だな……」
「ナニ、人生終わりかけのジジィみたいな事を言ってんすか!まだ早いですよ!そんな言葉はロザリンド様を迎え入れてから言って下さい!俺達、殿下にはもっと幸せになって貰いたいんですからね!」
デュランとスリーは笑い合い、気絶中のエティロールを連れてワンとツーの待つアジトのある島へと帰港した。
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翌日、ロザリンドは授業を欠席し寮を出なかった。
行方不明になった寮母エティロールは、ロザリンドを身代金目的の誘拐犯に拐わせる目的で学園内に男達を手引きしたのだと、誘拐犯一味とされ学園を解雇されたが、失敗したので殺されたのではないかと学園では噂になっていた。
「……一応、そんな風になっている。行方不明のエティロールが何処に居るかは、俺よりあんたらの方が分かってるんだろ?」
放課後にランドルの私室にてベッドでダラダラしているオフィーリアと、ベッドの縁に座って延々何かを口に運ぶディアルに、ランドルの口からは溜息しか出ない。
「ババァは嬢ちゃんを襲うの諦めてなかったからな。舞台から降りて貰った。他にも同じ様な考えを持ってそうな奴は現行犯逮捕したいんで野放しにしてあるが、嬢ちゃんにはなりを潜めていてもらいつつ、功を焦る奴を炙り出したいから、ロザリンドの身代わりを立てる。」
ベッドの縁に座って菓子を食うディアルの尻を撫でようと、ソーっとのばした手をディアルに叩かれ「あん、いたぁい」と手を引っ込めるオフィーリアの意見に、ランドルは更に溜息が出る。
「真面目な話をしている時位、普通にしてらんないのか?あんたらは。……ロザリンドの身代わりって?」
「そんなの、俺しか居ないじゃん。これが本物の悪役令嬢っての見せたるぜ!」
大量の菓子を食い尽くしたディアルが親指で自身を指しながら颯爽と立ち上がる。
「ディアルは魔法を使えないからな…髪の色と目の色だけ変えればまぁ、充分だろ。学園内では監視の目が厳しくなったからな、襲われるなら学園外だろうし。ウチからヅラとカラコン持ってくっか。」
ランドルが初めて聞く、ヅラにカラコン。
それが何を意味するか分からない。
しかも家からって、何処にあるんだ家!すぐ持って来れるような場所?
あんたら、この国の人間じゃないのに!?
ランドルはそんな疑問を顔に出しつつディアルとオフィーリアの二人を見る。
イベント前の様に楽しげな二人とは相反する様に、ランドルの胸には不安しかない。
「もうじき建国記念日…恐らくその日がハワード兄上がロザリンドの婚約破棄を言い渡す日、そしてハワード兄上がフローラを婚約者にすると宣言する日だと思う……………そうなったら俺は………もうフローラとは……」
ランドルは俯いて口をつぐんだ。
ランドルは愛するフローラという少女が、恋人のランドルと妹の様に思うロザリンドを秤にかけた時にロザリンドを選ぶ事を知っている。
何を於いてもロザリンドの幸せを優先する。
「フローラをハワード王太子妃殿下とするには、今の時点でランドセルは邪魔者よ?だから、私達に言ったのよ。ランドセルに命を狙われてるって。それって命を狙うランドセルを何とかして欲しいって事でしょ?」
いつの間に、どこで手に入れたのか……
ディアルがロザリンドと同じ色のウイッグをかぶり、髪を整えている。
「ロザリンドもだが、ハワード親衛隊にお前も襲われる可能性が大って事だな。建国記念日のパーティーまで無事でいて貰わないと困るんだよ。役者が揃わなくなるからな!」
オフィーリアはランドルの見ている前で、ランドルの姿に変化した。
「……は?はぁ?はぁあ!?俺!?フローラが俺に!?……俺の姿で声がオフィーリア……気持ち悪い。」
おっと、いかん!とランドル姿のレオンハルトが声をランドルの声に変える。
偽ロザリンドと偽ランドルになった二人は楽しそうにニンマリと笑い、それぞれがランドルの手を掴んだ。
「せーのっ!!!」「はぁああ!?」
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両手を掴まれ、強引に引っ張られたランドルが瞬きをした僅かな間に、ランドルは寮の自室から見知らぬ豪華な応接間に移動させられていた。
「????はぁ??……どこ……?……城??」
全く見覚えの無い、テオドール王国の王城にある応接間と同じ程の豪華な応接間に、ランドルは呆然と立ち尽くす。
「ら、ランドル殿下…!」
広い応接間の端から、ロザリンドとジージョがランドルに駆け寄る。
「何なんですの!?ここは!わたくしの変装をしたディアルとランドル殿下に連れて来られましたけど!」
先日、怖い目に遭ったばかりのロザリンドは、また何か恐ろしい目に遭うのじゃないかと怯える様にジージョにしがみつく。
「いや、俺も連れて来られたばかりで…ロザリンド、君を連れて来た俺は俺じゃない。あれは偽フローラだ。あいつ、変化魔法を使えるんだよ…。」
何の説明も無しにいきなり瞬間移動で連れて来られた場所で、どうして良いか分からずに三人固まっておろおろしていると、応接間の観音開きの大扉が開いた。
「………ようこそ、ラジェアベリア国へ……私はラジェアベリア国第一王子スティーヴン・マルムス・ラジェアベリア……………はぁあ~!やってらんねぇ…………」
応接間に水色の髪の巨乳美人を伴って現れた銀の髪の凛々しい青年は、にこやかに挨拶をする途中でいきなり素になり、眉間にシワを寄せ深い溜息を吐いた。
「スティーヴン、お客様の前で失礼でしてよ?」
「分かってるウィリア!彼らだってディアーナ嬢の被害者だってな!!だがな!!ディアーナ嬢と来たらな!いつだって、何の前触れも無しに!自分の楽しみ最優先でな!!一国の王子の俺どころか、国ごと振り回しやがる!」
ラジェアベリア国の王子だという青年と、その奥方らしい巨乳美人の会話を呆然と見ていた三人だが、ジージョがハッと思い付いたように口を押さえた。
「ラジェアベリア!!ロザリンド様、ここはフローラ様が話していた国です!ディアーナという少女が王太子に婚約を破棄された!!」
「ええっ!?じゃ、じゃあ……ディアーナ嬢がいじめていたのって……」
ロザリンドとジージョの目線が、スティーヴンの妻であるウィリアに注がれる。
━━━この巨乳美人!?余りに存在感が強すぎて、いじめられるタイプには見えないんだけれど━━━
ウィリアの乳のでかさに思わず唾を飲む。
「私達はね……ついさっき、いきなり現れたディアーナ嬢に『数日間、三人ほど預かっといて~遠い国の王子様と、ご令嬢だからよろしくね!』なんて言われて……あ、君らも座って。作法も何にも気にしなくていいから。」
スティーヴンは応接間に入って来るとドサッと長椅子に座り、疲れた様に項垂れた。
ランドルはスティーヴンの座る椅子の前に片膝を付いて頭を下げ礼をする。
「あ…あの…ラジェアベリア国の王太子殿下…なのですよね…?私は…テオドール王国第三王子ランドルと申します。いきなりの訪問…申し訳無く……。」
ランドルが焦った様に取り繕おうとするが、スティーヴンは苦笑しながら首を振る。
「正式な訪問ではない、もっと気楽にしていてくれ。古い友人に新しい友人を紹介する為に連れて来られた位に思えば良い。それより、君は王子なんだね。これをきっかけに互いの国が善き関係になれればと思うよ。」
眩しい笑顔で微笑むスティーヴンを前に、ランドルは苦笑しながら俯いた。
「私は…この後、兄である王太子を狙った賊として罰せられるでしょう…テオドール王国の名を背負う資格なんかありません…。」
「そんな殿下!ハワード王太子の謀略に屈してはなりませんわ!でないと…デュラン様の様に…!」
ロザリンドが悲痛な声をあげる。
かつて愛する人が受けたと同じく汚名を着せられそうになっているランドルの姿に、ロザリンドはデュランを思い出し泣きそうになった。
「んんん?そりゃ無いと思うな…ディアーナ嬢が、わざわざ君を私の前に連れて来たのは、仲良くしろって命令にも近い我が儘だからな。あの人は自分が楽しむ為に回りに無茶をさせるけど、自分が気に入った人を不幸にさせる事を嫌うからね。」
スティーヴンはにこやかに微笑み、身を前に乗り出して跪くランドルの肩に手を置く。
「先ほどお二人様が話してらっしゃった、ディアーナ様がいじめていた少女ですけど、それはオフィーリアさんの事ですわね?オフィーリアさんは男性で、今はディアーナ様の旦那様ですわよ。」
ウィリアは王太子妃殿下でありながら自ら茶を淹れ、テーブルに並べた。
「何ですって!?え!?偽フローラが男!?じゃあディアルって…!」
「お嬢様、ディアル様は女性ですよ?フローラ様が話してらっしゃった、国外追放されたディアーナ嬢です!」
パニックになっているロザリンドとジージョの前に色とりどりのマカロンの乗った皿が置かれる。
「私がディアーナ嬢に頼まれて作ったまかろんだ。食べてみてくれ。……私達はね、彼らにいつも振り回されて大変な目に遭うんだ。だが、彼らに振り回された後に待つ結果にはいつも満足させられる。君達が彼らに気に入られているならば、きっと満足のいく結果が待っているさ。」
長椅子に並んで座ったスティーヴンとウィリアは、三人に微笑み掛けた。




