人を魅了する美しい毒花。
「ジージョ…!あの方が…あの方が!無事で…!」
「お嬢様、まだその様な優しいお顔をなさっては駄目です。まだお嬢様は………悪役令嬢でいらっしゃらなければ。」
ジージョはディアルが言った言葉を口に出してみる。
何だか分からないが、口にしてみればしっくり来る。
「…お嬢様の…その様なお顔を見るのは……久しぶりですね…。」
学園に入る前、王太子のデュランと過ごした日のロザリンドの表情は、テイラー公爵邸の皆がつられて微笑んでしまう程の、明るい太陽のような黄色いバラの花の様だった。
潮風を連れて邸に戻ったロザリンドが、父であるテイラー公爵や母に、1日見た物を報告する。
話の端々に「デュラン様が!」「デュラン様は!」と、話すロザリンドの姿を、テイラー公爵夫妻も微笑ましく思っていた。
テイラー公爵家の使用人達も、デュラン殿下と結ばれるロザリンド嬢の幸せを信じて疑わなかった。
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「ロザリンドの身も心配ではあるけれど、その前に色々知っておきたいんだ。何で第一王子が居なくなってんだよ、この国は。」
ディアルがランドルのベッドに腰掛け、脚を組んで尋ねる。
ランドルが口ごもりながら窓の方を見れば、オフィーリアが窓の枠に立って窓の外に腕を延ばしている。
「た、助け…!助けて!!」
「いやん。まだ駄目ぇ。落とされたくなかったら黙ってろ。」
窓の外に腕を延ばしたオフィーリアの手は、ハワードの手下と言われた男の襟首を掴んでいる。
「大の男を片手で吊り下げているなんて…どんな豪腕なんだ。化け物か………
……ロザリンドが……学園に入学して間もなく、長兄であるデュランが港町に度々姿を現し、海賊共と良からぬ事を企てていると噂が流れた。」
オフィーリアの姿に呆れつつ、視線をディアルの方に向けたランドルが重い口を開いた。
「はぁ?兄貴のデュランとやらが、子どもの頃から港町に行ってるのは、城に居る誰もが知ってる事なんだろう?今さらじゃないか。」
「……港町の管理を任されていた、父の側近の一人が殺されたんだ。保守的な意見を持つ人で、港をもっと発展、開港したいという兄上とは対立していた。そんな人が…殺された…国王である父は、どちらかと言えばその人と同じ意見を持つ。俺も学園から一旦城に呼び戻され、陛下の前に……その時、その舞台を整えたのは兄上のハワードで、玉座の間に多くの人を集め父に進言した。」
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「兄上…!ご自身の意見が通らないからと、彼を殺したのですか!?そんな…!もっと、よく話し合うべきだったのに!!僕は兄上を信じていたのに…」
ハワードは美しい顔を涙に濡らし、国王陛下の前で泣き崩れた。
そのハワードに寄り添うように膝をついた騎士の一人がデュランを見上げるように睨む。
「恐れながらデュラン王太子殿下……殿下は今日1日…港に居たのですよね?…それと、私の部下が捕らえた海賊の一味が、殿下に港の管理を任されていたシール侯爵が邪魔だから消すよう命令されたと白状しております。」
「違う!確かに、海に浮いた彼の亡骸を見つけたのは俺だ!だが、俺は彼を殺してはいない!!その海賊達も俺は知らない!」
デュランの側近の三人の騎士がハワードに寄り添う騎士の前に立ち、その背にデュランを庇った。
「王太子殿下に対し無礼だぞ!」「控えろ!」
「無礼は承知している!!だが、その海賊らが言ったのだ!!次は国王陛下の命を奪いたいと貴方に言われたのだと!!それを聞いて、王に仕える騎士として黙っていられるか!!」
ハワードを庇った騎士が立ち上がり、デュランの側近の一人に向け怒鳴る様に声を張り上げる。
その迫力と、彼の言葉の内容の衝撃に、その場の空気が一気にデュランを刺す様な冷たさに変わった。
その場に居たランドルには、それがまるで芝居を見ているようで
だが一瞬にして、デュランが悪者役として位置付けられた事が分かった。
デュランが港に通っていた事は誰もが知っており、ハワードを庇う騎士の言葉によって、この事件の犯人はこの場に居る者達に『デュラン以外には有り得ない』と印象付けられてしまった。
「違う!!!!」
「……もう良い。事の真偽がどうであれ、デュランお前からは王太子としての地位を剥奪する。よって、これよりハワードを王太子とする。正式な場では後日……」
国王陛下はその場でデュランを廃太子とし、第二王子であるハワードが王太子となった。
「父さん!!いや、陛下!!私が……王太子でなくなる事は構いません!!ですが…ですが!!テイラー公爵令嬢であるロザリンド嬢を…!どうか!!」
この国に於いて、後の王妃となる者はテイラー公爵家の縁の者である事が必須。
だから、廃太子となった自身の我が儘が通用しないのは解っていたがデュランはロザリンドを諦め切れなかった。
「彼女だけは、私の妻に迎えたいのです!!どうか!!」
「ナニ言ってるの、兄上…ロザリンド嬢は、もう僕の婚約者になったのですよ?気安く名前呼ばないで欲しいなぁ…。それとも…ロザリンド嬢も今回の兄上のした事に加担しているの?だったらテイラー公爵家は…無くなるよ?」
デュランは言葉を失い、その場に膝をついた。
ハワードを庇う騎士の陰で先ほどまで泣いていたハズのハワードの顔は晴々と、そして輝くような美しい笑顔をしていた。
「デュランが犯人かどうかの真偽についても、まだ調べる必要があろう。お前は部屋に籠り、そこから動く事は許さん。デュランを連れて行け!見張りを立て一歩も出さぬ様に!」
国王陛下の言葉に従い、デュランを拘束して自室に監禁するよう言われたのはデュランの側近である三人の騎士。
「はっ!!仰せのままに!」
陛下の命令に従った三人の騎士は、デュランを連れ彼の私室に向かい
そのままデュランと共に王城から姿を消した。
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「へぇ……で、観客目線で舞台を見ていたランドセルは、どう感じたのよ?」
「俺は……ロザリンドが学園に入学してから、ハワードが彼女を気に入ってしまったのに気付いていたから……何かと優しい言葉を掛けて気を引こうとしたり……」
「ロザリンドがなびくワケ無いわね。それでハワードは、ロザリンドを手に入れる為に手っ取り早くデュランを消したかったの?」
「いや、ハワード兄上は…王太子の座も欲しかったんだ。どちらも、デュラン兄上から奪いたかった。だから…」
虎視眈々と、二つ同時に奪える機会を狙っていたのだと。
ディアルは「なるほど」と頷くと、少し首を傾げた。
「ランドセルでさえ、そう分かってるんなら他にも同じように思っている人は居るでしょ?実行犯を捕まえて黒幕を吐かせるとか出来ないの?」
「実行犯と言われた海賊は処刑されたと聞いた。その指揮をとったのはハワード兄上を庇った側近の騎士で、彼は……自害した。デュラン兄上が城から姿を消した為に、真相が分からずじまいになった事も、全ての罪は自分のせいだと言って。」
「言って?書き置きとか残してでなく?」
「……皆が見てる前で自刃した。」
ディアルは、自殺に見せ掛けてハワードが騎士を殺したのではないかと考えていた。
だが、騎士は皆が見ている前で自害したと……。
「ですってー、お前もハワードの為に死ぬぅ?」
腕を窓の外に延ばし、襟首を掴んで吊るした青年に、オフィーリアが楽しそうに尋ねる。
少女の腕は細く華奢で、いつ力尽きて手を離されるか分からない。
「い、嫌だ!死にたくない!俺は!ハワード殿下に、少しだけ協力して欲しいと頼まれただけだ!な、なのに…!」
「なのに?」
天使の様に慈愛に満ちた優しい笑顔でオフィーリアが尋ね返す。
「……じ、自分でも……分からない……ロザリンド様を押した時は…そうした方がいいような…気がして……あの方に褒められたいと…」
「うーん、そうなのねー。死ね。」
「うわぁあ!!」
オフィーリアは天使の微笑を浮かべたまま、窓の外に吊るした男の襟首から手を離した。
「わぁ!オフィーリア!!そいつを死なせてはなら…!!」
青ざめた顔で窓に駆け寄り、窓の外を見たランドルの目の前に、泡を吹いて気絶した男の身体がふわふわと浮いていた。
「え?え?…ま、魔法?……死んでない…」
「死なせるワケねーだろ、こんな木っ端。意味がネェ。それに、今の死への恐怖で解けただろうしな。……魅了?」
泡を吹いて気絶した男が、ふわふわと浮いたままランドルの部屋に運ばれ、少し高い位置から床に叩きつけるように落下させられる。
「ぐふん!!」
「オフィーリアぁ!もっと、丁寧に出来ないのか!!」
変な声をあげて床の上でグッタリした男を、ランドルが抱き起こす。
男は泡を吹いて気絶したまま、ランドルの腕の中に抱かれている。
「変な絵面ねぇ……嫌いでないけど、何だかむさ苦しいわ。これがランドセルでなくハワードなら、舞台の様に映えるのかしらね。あの、顔だけ美麗男。」
ベッドに腰掛けたディアルが呟いて、組んだ脚の上に肘をついてその手に顎を乗せる。
「魅了……ねぇ、それは魔法?」
ディアルがオフィーリアに尋ねると、ランドルもオフィーリアの方を向く。
「魔法を使ったワケではない。だが、こちらの世界には魔法があるし、本人も気付かない内に魔力が絡む事もある。……魔法の無い俺達が居た世界でも、洗脳って言葉はあったろう?あれに近いかな。」
ランドルにはオフィーリアの言う、『俺達が居た世界』の意味は分からないものの、こちらの世界にも洗脳と言う言葉は存在する。
ゆえにランドルは、オフィーリアの言わんとしている事が何となく分かった気がした。
ハワードは美しい、毒花だ。
自身でも気付かぬ内に、中毒性のある毒の様な魔力を近くの人物に絡み付けていく。
魔法に耐性のある者には効きにくいが、魔法に耐性が無い者が長くハワードの側に居れば段々と深く魅了されていく。
オフィーリアはハワードの持つであろう力について、そう推測する。
「多分、ハワード自身が気付いてない。まぁ、お前、毒が駄々漏れしてんぞ、何とかしろなんて言った所で、ハワードが魔法ってもんをシッカリ学ばなきゃ自分ではどーしょーも出来んだろうし。」
「本当に気付いてない?あいつの性格じゃぁ何らかの力が自分にある事は理解していて、利用しそうだわ。あははは!全く、あの顔面お耽美男ったら!笑える位にムカつくわ!」
笑うディアルとは対照的に、顔を青くしたランドルが声を張った。
「笑い事じゃないだろう!?それではフローラが!兄上に魅了されるかも知れないって事だろう!!早く助け出さないと……!!」
そんなランドルを、オフィーリアとディアルは二人揃って「やれやれ、うるさい奴だな」と冷めた目で見る。
「ええっ!?お、俺がおかしいのか!?ええっ!?」
行方不明の恋人の心配、しちゃいかんの!?




