【デュラン回想】幼い婚約者
テオドール王国
俺が第一王子として生まれたこの国の王族には、婚姻に関して絶対に守らなければならない制約がある。
それは王太子の妃となる者は、必ずテイラー公爵家の縁の者である事。
その昔、王妃の座を巡って多くの貴族家同士が対立し、令嬢が殺されたり拐われたりと凄惨な事件も多く起きたから、この様な制約が出来たのだと言われているが……
今となってはそれが事実かどうか分からない。
ただ、そんな縛りのある制約のせいで、テイラー公爵家縁の女児が中々生まれずに時は過ぎて行き、俺は婚約者の居ない身のままで、いい歳になってしまった。
22歳になった時に、いきなり「殿下の婚約者です」と紹介されたロザリンドは、まだ5歳の幼女だった。
「……はぁ!?こんな、ちんまい嬢ちゃんが俺の婚約者!?嘘だろ!!」
正真正銘テイラー公爵家の息女であるロザリンドは、女児として生まれた瞬間から、この国の王太子である俺の婚約者となった。
「勘弁してくれよ…この嬢ちゃんが年頃になる頃には俺、オッサンじゃねーか。親子程歳が離れてんだぞ?嬢ちゃんが可哀想だろうが。」
濃いピンク色のバラの様な色の髪を巻いて、ドレスを着てカーテシーをするロザリンドは、婚約者と言うよりは最早、娘みたいな感じだ。
「わたくしが可哀想?それは、殿下がわたくしが幼いゆえに、わたくしの事をお気に召す気が無いからでしょうか?」
僅か5歳で、しっかりとした物言いをする幼女に、少しばかり驚く。
「…いやぁ、嬢ちゃんが幼いつーより、俺がオッサンみたいなもんだし…それにほら、俺はこんな口のきき方だしガサツだし…嬢ちゃんからしたら、もっと歳が近くて見た目も口のきき方も、キレイな王子様らしい王子様のが良くないか?」
ロザリンドに歳の近い弟が二人いる俺は、弟達を紹介すべきでは?と思ったのだが。
「………大人なのに、意外と根性無しなんですわね、デュラン殿下は。曾お祖父様から聞いていた方とは、違ってますわね。王子様らしい王子様って、なんですの?」
俺はしゃがみこんで小さな幼女と目線を合わせ、困った様に上手い言い逃れの言葉を探す。
小さな子供にも分かるような、上手く誤魔化せるような……
「いや、無理か…嬢ちゃんの曾祖父さんて、俺の教育係をしていたテイラーのジジイだよな?あの頑固ジジイの曾孫じゃ、下手な誤魔化しなんか通用しないわな。」
ロザリンドは幼い幼女ではあるが、彼女自身はもう立派な一人の淑女であった。
王太子妃殿下、後の王妃となる為にと、生まれた時から厳しく淑女教育がされてきたのかも知れない。
「はい、曾お祖父様が殿下はすぐ、面倒な事から逃げたがるから捕まえとけと仰有ってました!授業をサボッて港に行くのが大好きだとも!!」
それ、俺がガキの頃の話しだよな!
ジジイ、余計な事を!!
「じゃあ、幼い婚約者どの。こんな俺に呆れたりせずについてこれるかな?」
「どこまでもついて行きますわよ!」
この日から、俺がロザリンドの子守りをする日が始まった。
小さな幼女を肩に座らせ、色んな場所に連れて行った。
邸の中で淑女教育ばかりの毎日を過ごして来たロザリンドには、俺が見せる世界は初めて目にする物ばかりで、目を輝かせて興奮気味にはしゃぐ。
「凄い!凄いわ!何て楽しいの!?デュラン様!!」
「そうだろう、そうだろう!」
その姿を満足げに見る俺。
俺が案内した場所にはしゃぐ彼女を見ていると、まるで俺の宝物を褒められているような気分になる。
本音で言えば婚約者と言うよりは、なんだか娘にデレデレな父親になったような気分だった。
俺がよく、ロザリンドを連れて行ったのが港だった。
俺のお気に入りの場所、そして俺が夢を叶えたい場所。
言わば俺の大切な聖地だ。
「ロザリー、この国はこれからもっと海に出て遠方の国と国交を結び、他国の文化を取り入れて行くべきだと俺は思っている!!」
「それ、曾お祖父様の受け売りですわね?クスクス、デュラン様は曾お祖父様に洗脳されたのね?」
「ジジイは言うばかりで実行しなかったろ?俺はするんだよ!もっと港も大きくして!今より大きな船がたくさん来れるようにする!」
「では、デュラン様が治める国は海洋国家となりますのね?海から多くの旅行者や商人が来る。港がたくさんの人や文化の出入りする玄関となる国。貿易も盛んになれば国が潤いますわね、素敵だわ。」
娘みたいだと思っていたロザリンドは、時に大人の女性の様な物の言い方をする。
俺の言いたい事を理解してくれて、微笑み、頷いてくれる。
「………この国が、俺の理想の国になる頃には…俺はジジイかもな……」
「デュラン様がジジイなら、わたくしもババァですわよ。たった、17歳しか離れてないんですのよ?ババァでも良かったら隣に居ますわ。」
そう言って微笑む俺の婚約者は、14歳になり美しい一人の女性となっていた。
テイラー公爵令嬢ロザリンドは、美しくはあるが少しばかりキツい顔付きと物言いのせいで、高飛車で高慢なお嬢様だという印象を受けがちだが、実はかなり砕けた性格をしている。
もうじき学園に入って暫く逢えなくなるから、と俺達は二人で何度も港に足を運び、話しに花を咲かせた。
「わたくしの、はとこにフローラって同じ年の少女が居ますの!実は……」
ロザリンドが俺の耳元に唇を寄せて来る。
幼い頃には何度も肩に座らせて密着していたハズなのに、彼女の唇が俺の耳元に寄せられただけで、どうしてこんなにも動悸が激しくなるのだろう。
「お忍びで町に遊びに来ていたランドル様と知り合い、幼少の頃から仲が良いのですって。」
「はぁ!?アイツ、城を脱け出して町に遊びに行っていたのか!?王子の癖に!!」
動悸が激しくなった事を気付かれたくなくて大袈裟に驚いて見せる。
好奇心旺盛な末弟のランドルが、小さい頃から俺の後を追け回して町に来ていた事も知っていた。
町で仲良くなった少女に淡い恋心を抱いている事も本人から聞いて知っていたが、まさかロザリンドのはとこだったとは……。
「人の事を言えませんでしょ?デュラン様が、わたくしに黙って一人で港町に行ってガラの悪い方達と仲良くなってらっしゃる話しを聞きましたわよ?それこそ、王子の癖にですわよ。」
ロザリンドは唇を尖らせて、拗ねた顔をする。
だが、すぐに柔らかい笑顔を見せた。
「デュラン様の事ですから、何かお考えがあっての事でしょう?デュラン様の夢を叶える為に必要な事なのだと分かっておりますわ。」
彼女は俺の理解者だ。
彼女と話し共に居る時間は俺には心地よく、そんな彼女の代わりが出来る者は居ない。
俺はロザリンドの左頬に手の平を当てた。
「ロザリー、君が学園を卒業する頃の俺は…もう35を越えているな……そんな俺でも……いいか?」
出逢ってから10年近く。
初めて俺の方からロザリンドを求める言葉を口にした。
「……デュラン様……いいかなんて……いいかなんて…!わたくしの旦那様はデュラン様しかおりません!!わたくしの…わたくしの!この世にただ一人の愛する方です…!」
ロザリンドが学園に入学すれば、暫く逢えなくなる……。
だが、学園を卒業すれば必ずロザリンドを迎えに行く。
俺の妻にしたい。彼女が愛おしくて堪らない。
「そのお言葉を…ずっと待っていましたのよ…?」
彼女の頬に当てた俺の手に自身の手を重ね、大粒の涙を流して微笑むロザリンドは本当に美しかった。
今すぐ奪ってしまいたい衝動に駈られそうになる程に。
そんな美しい彼女の姿を
俺と同様、奪いたいと思った男が現れた事に
俺は気付いてなかった。
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「………殿下、気がつかれましたか。」
ドラゴンは自身の海賊船にある船長室の長椅子に横たわっていた身体を起こし、痛む頭を押さえた。
「……?何で俺は…寝ていた?…あの嬢ちゃんの話しにショックを受けて気を失っていたなんて……無いよな?」
ディアルにツーと呼ばれた側近の一人が言いにくそうに目を逸らす。
「あの少女に、殴ってでも殿下に渇を入れとけと言われまして…その…ロザリンド様を迎え入れる覚悟をさせろと。」
「……それで俺を殴ったのか?お前が。」
王子としての身分さえ剥奪され、城を追われた時に共に城を捨てデュランについて来てくれた忠義に厚い王城の騎士だった三人。
その中でも一番付き合いの長い者であるお前が俺を殴った?
そんな顔をしてドラゴンはツーを見た。
「港に着くまで暇を持て余したあの少女が……殿下を背後から抱き締め……」
「抱き締め!?あの嬢ちゃんが俺を!?」
「……そのまま後方に投げ落とし、殿下は頭から床に逆さまに叩きつけられました。…あの少女は殿下を投げる際に、じゃあまんすうぷれっくすと…申しておりました。」
「はぁ!?何だソレ!」
そう言えば記憶の切れる直前に、『渇を入れたらぁ!』なんて言葉を聞いた気がする。
おっそろしい女……だが、その恐ろしい少女はロザリンドの味方なのか…
心強いんだか何なんだか……。
「ロザリンドを迎え入れる覚悟…か。あの嬢ちゃんは、ロザリーが公爵令嬢をやめる事に賛成してんのか?……で、フローラを王太子妃殿下としてハワードにくれてやるつもりか?」
「…違うと思いますよ…?あの少女が船を降りる際に、第二王子の存在なんか消したらぁ!って言ってましたから。」
………え?……消す?……ハワードを殺す気か?
それは、それでいかんだろう!?




