海賊ドラゴンと側近ワン、ツー、スリー。
ディアル少年、海賊デビュー戦。
甲板の上で客船の護衛を相手に楽しく暴れて良い汗をかいたディアル少年は、再び楽しそうに海賊らしい口上を口にする。
「俺達は海賊だぁ!!金目のモノを出せぇ!!」
護衛が全員ノびた状態で、甲板の端っこに芋虫の行進のように縦1列に並べられており、船の上にはもうディアルに抵抗する者は居なくなった。
船客達は、ディアルに差し出す為にと身に着けた装飾品や硬貨を取り出そうとする。
「あのー皆さん、銅貨一枚とかで良いですよー。何なら、お金よりもお菓子やソーセージ一本の方が喜びます。うちのボスは。」
ディアルの後ろから顔を出したゴローが船客に向け、口の横に手を当てゴニョゴニョと変な補足をする。
船客は互いの顔を見合せつつ「まさか」と言う顔をするが、試しにと菓子や干し肉の様な物をディアルの前に置き始めた。
「金目のモノって言ってんじゃないか!ふざけてんのか!?ウマイな!これ!!どこの国の菓子!?」
とりあえず頬張るディアル。
商人達と談話まで弾む。
そして、ディアルが商人達とスイーツ談義に花を咲かせながら山積みになった食料に舌鼓を打っている最中に、ディアルが乗っている客船より一回り大きな黒塗りの海賊船が横付けされ、船長であるドラゴンと側近らしい三人がディアルの元に来た。
ドラゴンはキレイに1列に並べられた護衛達に目を向けると、干し肉をギィギィ噛んでいるディアルに剣を向け訊ねる。
「坊主、仲間はどこに隠れている。」
「仲間?ゴローだけだけど?あんたが噂の海賊王ドラゴン?」
噛んでいる干し肉をブチッと噛みちぎったディアルは、身体を捻って飛び上がり、そのままいきなりドラゴンの首に向け蹴りを入れた。
「海賊王?そんな風に呼ばれた事は……!!っつ…!いきなりかよ!!」
「ふっふっふ…!褐色の肌に金髪!!そいで、不精ひげ!!チャラいなぁ、ドラゴン!!イケメンだけど、チャラサーファーみたいだわ!!」
初めて聞いた謎の単語の羅列にドラゴンが怪訝そうな表情をする。
ドラゴンはディアルの蹴りを受けた腕を盾がわりにし、右手に持った剣を手放した。
そして空いた右手でディアルの服を掴み
「意味の分からん言葉を話すんだな…お前さんの正体や目的については、じゃれあってから聞けばいいんだな!?」
思い切りディアルの身体を引き寄せてから、蹴りを受けた左腕でディアルに殴り掛かる。
「サウスポー!!わぁ左利き!?」
「残念!両利きだ!!」
甲板の上で、ディアルとドラゴンがじゃれ合う姿を、船客とドラゴンの側近ら、そしてゴローは茫然と眺めていたのだが、やがて満足したのかディアルが降参を申し出た。
「降伏する!抵抗しないから、暴力は無しでね!あと、貰った食べ物は貰ったままで!!もう全部ツバ付けたから!」
「…はぁ…はぁ…暴力は無し?よく言う…お前さん、俺の攻撃一発も受けてないよな?全て余裕で躱しやがって……」
ゼイゼイ荒い呼吸を繰り返すドラゴンとは対照的に、ケロリンとしたディアルはドラゴンの側近達によって後ろ手に縛られる。
同じようにゴローも縛られ、二人は奪った食べ物と共に客船からドラゴンの船に乗せ換えられた。
海賊船の甲板に置かれた木箱に腰を下ろしたドラゴンは、暫くグッタリと脱力していたが、やがて落ち着くと目の前に座らされられているディアルに訊ねる。
「…………………坊主、何か言いたい事はあるか?」
「つかまっちゃった!!てへぺろ!!」
ウインクしつつ舌を出すディアルに、げんなりしつつ苛立つドラゴンが質問を続ける。
「坊主、いー加減にしろよ?お前さんシャレにならない位に強い癖に、わざと俺に捕まったよな?って言うか、俺を誘き寄せる為に海賊のふりなんて馬鹿な事をやったのか?」
ドラゴンの側近らしき三人が、三方向からディアルに剣先を向ける。
「目的は何だ?俺の命か?」
ディアルは自分に剣先を向ける三人をジッと見て行く。
一糸乱れず高さと角度の揃う剣先。
荒くれ者の海賊と言うには凛然とした佇まい。
ディアルはある確信を得た。
「側近三人、命名ブー、ピッグ、トン……いかん、言いにくいわ。ワン、ツー、スリーでいーや。この三人は騎士ね?しかも近衛とか王宮騎士みたいなの。
ドラゴン、あんたはデュ…………ああっ!!!そっか!!!はいはいはいはいはい!!」
ドラゴンと側近三人、加えてゴローまでが、いきなりのディアルの大きな声にビクッと驚く。
「デュランだってのは分かったけど、デュランの正体が分かってなかったんだ!!やっと分かった!!あんた、ハワードの兄貴か!!」
ドラゴンと側近三人の眉がピクリと動く。
だが、それ以上は感情を押さえ込んだかのように四人共が静かになった。
「……誰だ、ハワードってのは……そんなヤツは知ら……」
「俺の目的はデュランを見付けて、そのデュランにムカつく女の事をチクってやりに来たんだよ。」
ディアルは自分に向けられていた側近達の剣先を全て指先だけで摘まんで外側に逸らし、三人に囲まれた中心でスッと一輪挿しの花の様に立ち上がると身体にクンと力を入れ、僅かな筋肉の収縮だけで縛られていた縄を全て引きちぎった。
「デュラン、ロザリンドがあんたを愛してるってよ!」
縄をちぎって立ち上がるディアルは美しく、ドラゴンも側近三人も、ゴローも言葉を失った。
やがてドラゴンが、申し訳無さげに口を開く。
「……坊主……いや、嬢ちゃん……あのな、お前さんが色々人間離れしてんのは理解したが……力んだ拍子に、縄と一緒に服の前ボタンも飛んでるから……胸元パックリ開いてんぞ。」
ディアルが自身の胸元に目をやる。
胸の谷間が見え、黒い胸当ての真ん中が見えていた。
「これ位なら問題無し!!胸のお花が見えてなければ良ーし!!」
「坊っちゃん……いや、嬢ちゃんだったんすね……たくましいなぁ…いさぎよいとゆーか……」
縛られたままのゴローが感心した様に呟くも、ドラゴンの側近達は真面目過ぎるゆえか、皆顔を真っ赤にして目を伏せていた。女性の胸元を見てはならんとでも言うかのように。
そしてドラゴンは……側近達とは違う理由で顔を赤くしている。
そして、自身を戒める様に薄く唇を噛み、緩く首を振った。
「デュランを愛してる?……ロザリンド嬢は、王太子妃殿下となる女性だ。デュランはもう、この世に居ない。
死んだデュランの事は忘れて王太子と幸せになって欲しい……」
明らかに声が沈んでいる。
三人の側近は自分たちの主の想いを理解した上で、言葉を発する事が出来ずにドラゴン同様に下唇を噛む。
「チッ…!チャラい癖に、何のカッコつけてんの?はぁ?だよ!はぁ?」
そんなドラゴン達の姿に、あからさまに苛立ちを顔に出したディアルが舌打ちした。
「幸せに?ならないわよ。ロザリンドは王太子妃殿下にならないもの。
ハワードはロザリンドに婚約破棄を言い渡して公爵令嬢の地位も剥奪し、国から追い出すつもりだもん。
あんな典型的なお嬢様なんか、国外追放なんてなったら、すぐ野垂れ死にしちゃうわよ?あるいは変な輩に捕まって奴隷にされたり。美人だもんね。」
「馬鹿な!!!そんな事があるか!!!ロザリーは、テイラー公爵令嬢だぞ!!王太子妃殿下になるハズだ!!」
ディアルが女であると忘れる程に激昂したドラゴンが木箱から立ち上ると、ディアルの胸ぐらを掴み顔を寄せる。
「その王太子のハワードは、ロザリンドをいらないって言ってんのよ!!そんで、ランドセルと仲良しのフローラを自分のもんにしようと、フローラ拐ってどっかに姿を消したの!!あのくそハワードが!!」
ドラゴンが衝撃の余り、ディアルから手を離しカクンと床に崩れ落ちた。
「殿下!!」「殿下!気を確かに!!」「殿下!!」
三人の側近は、今までボロを出さない様に無口な男を貫いていた様だが、主の余りの茫然自失ぶりに焦り、口々に励ます様にしてドラゴンに駆け寄った。
「ロザリーを捨てて、ランドルの……フローラを欲しいと…?俺の婚約者の次は、弟の恋人を奪う気か…ハワード…!!」
ディアルはランドルと逢った事が無い。
━━そうか、ランドセルじゃなかったのか。ランドルか。
で、フローラの恋人なのか、第三王子は。へー。━━
「……フローラってさ、ロザリンドの遠いけど親戚だったよね?……それ、ロザリンドが居なくなったら王太子妃殿下の役回りが来たりする?」
「来ます!テイラー公爵家の息女が王太子妃殿下になる決まりですが、テイラー公爵家に女児が生まれなかったりした時は、その親戚筋から養女を迎え入れます!今、ロザリンド様の次の王太子妃殿下候補はフローラ様です!」
答えられないドラゴンに代わり、側近のツーさんが答えた。
ワンさんと、スリーさんも頷いている。
「それ……恐らくハワードも知ってるよね?ジージョはハワードがロザリンドとフローラがはとこ同士だと知らないと言っていたけど……あんのくそハワード…!!絶対知ってる!そいでフローラを手に入れて、障害になりそうなランドセルを自分の王太子の座を狙った賊にしようとしたんだ!!ムカつく!!」
嫌な形でパズルが組み上がって行く。
ハワードの手の平で、ハワードの描く様に組み上がって行くパズルに…………
「私とオフィーリアを使い捨ての小道具として利用しやがったのか……ハワード……!ぶっ飛ばしたるぞ!!あの、顔だけ美麗お耽美男!!」
腹が立ち過ぎて思わず笑いが込み上げてくるディアルの放つ怒気の強さに、側近三人がドラゴンを庇うようにしておののく。
「少年!…いや、お嬢さん!!我々は何をしたら良い!?我々は、デュラン殿下を…救いたい!!」
「ワン!だったら、そこのドラゴンに殴ってでも渇を入れて、令嬢やめたロザリンドを迎え入れる準備させといて!!間違っても、ロザリンドを王太子妃殿下にさせるなんて言わせないでよね!」
「承知しました!では、まず船を港に寄せます!」
「そうね!!ここ、海上だったわね!!ありがとうスリー!!」
ディアルは船の舳先に行き、腕を組んで立つ。
そんなディアルの背後に来たゴローがボソッと呟いた。
「……坊っちゃん、さっき船から飛び降りようとしたでしょ?海上だって事忘れてて……」
「うん!!」
ディアルの天然馬鹿っぷりに、ゴロー思わず胸キュン。




