オフィーリアという名の女優。
テオドール国の第三王子であるランドルは、上級生専用の学び舎である校舎の裏にて、一人物憂げに立っていた。
「フローラ……」
久しく姿を見ていない恋人の行く方が分からず安否も不明。
兄であり、第二王子のハワードが何かを知っていると分かっていても、今の自分には王太子であるハワードに詰め寄る事も出来ない。
同じ王子でありながら、それだけの格差がある。
ランドルは自身の力の及ばなさを改めて痛感していた。
「ランドル!探したわよ!!」
不意に自分の名を呼ばれ振り返れば、風に遊ぶ金糸の髪を指先で避けながら耳に掛け、優しい微笑みを向ける少女が立っていた。
自分の名を呼ぶ愛しい人の姿に、ランドルが感極まった様に駆け寄る。
「フローラ!!フローラ…!無事だったのか!会いたかっッンゲボッッ!!!」
抱き締める勢いで少女に駆け寄ったランドルの喉元に、少女のすらりと延ばされた右腕が叩き付けられた。
少女の腕は細く折れそうな腕なのに、ランドルは丸太で喉元を叩き付けられた様な衝撃を感じてしまった。
そのまま仰向けに地面に倒れ、一瞬呆然としたが痛みを感じてうつ伏せになり。
「わりぃ、俺だ。野郎に抱き締められる趣味は無いもんで、思わずラリアットしちまったわ。」
「ゲホッ…がっ…!ゲホッ…!」
足元に四つん這いになって涙目で咳をするランドルを楽しげに見下ろし、腕を組んだオフィーリアがニヤニヤとしている。
「そうか、フローラは王子であるお前をランドルって呼び捨てにすんのな。そりゃ、かなり仲がよろしいよな?」
「……!お前なぁ!!本ッと、何者なんだよ!!フローラそっくりで、兄に雇われた癖に……こう……何だ……!!」
地面に手をついて四つん這いになっていたランドルが涙目で咳をしながら立ち上がる。
身体に付いた土を払い痛む喉元を撫で擦りながら、恋人と同じ姿の変なヤツの胸ぐらを掴みたいのを堪え、濁した言葉の最適な表現を探す。
その答えをオフィーリアが先に口にした。
「……敵には思えない的な?あるいは、ムカつくが憎めない的な?つか、お前今、俺の事をお前って言いやがったな?」
「そりゃ言うだろう!!フローラの姿をしているクセに、フローラどころか女でもないんだろ!?名前も、素性も分からない!そんな得体の知れないヤツはお前で充分だ!!ムカつく!!」
オフィーリアは、なるほど!と手の平に拳をポンと乗せ、納得のポーズをとる。
ランドルはその、些細な行動にいちいち腹が立つ。
敵とは思えないと言うよりは、誰の味方でもない。
雇い主のハワードの味方でさえ。
「確かに今の俺は得体の知れない奴だわな。改めて自己紹介しよう。俺はオフィーリア。可憐な美少女もこなせる、……そう、女優だ。」
何を言ってんだかな。俺は。オフィーリアは自分の台詞に脳内で自己突っ込みを入れた。
「……その、ハワードに雇われた、男みたいな女優が俺に何の用だ……どうせ兄上から、俺の事も何か言われてるんだろ?…兄上の王太子の座を狙ってるだの何だの…。」
「あ?お前に命を狙われてるかもって言ってたぞ?」
「い、命!?そんなワケ無いだろう!!……そんな……ワケ…。」
ランドルの顔が強張ってゆく。
王太子であるハワードが、ランドルに命を狙われてるかも……と言えば、信じてしまう者もいるだろう。
そんな者が増えれば、狙われてるかも…が、狙っていると断言されるような状態になってゆくだろう。
在らぬ証拠や、偽の証言、思い込みによって人々はそれこそが、真実だと信じて疑わなくなる。
じわりじわりと真綿で首を絞められる様に、ランドルは第二王子の命を狙う賊に仕立てあげられてゆく。
「………自分の兄貴は、そんな事を言う様な奴ではない!とは、言わないんだな。」
「………そんな事を言う様な人だからな。あの美しい顔で悪怯れる事も無く。……俺を賊に仕立てあげたいのだろ?……王太子の命を狙った者として、国を追い出したいのか、処刑までしたいのか……」
何かを諦めたかのように項垂れたランドルの肩に手を回したオフィーリアは、肩を組む様にして回した手でランドルの肩をバンバンと叩く。
「ロザリンドがな、ハワードについて余り話したがらないんだよ。王族の方々の話を誰にでも軽々しく話したらイカンとか何とかでよ。だから、お前の所に聞きに来たんだ。悪い様にはしないから、ちょっとお兄さんに話してみ?」
「………………お兄さん?……やっぱり男じゃないか……何が女優なんだ。」
呆れた様に言うランドルの顔を覗き込み、オフィーリアは口元に拳を当て「えー?」とキュルンとした目付きで可愛い子ぶった。
「フローラと同じ姿をしてなかったらぶん殴っていたかもな」
ランドルが本音を呟いた。
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ディアルは買い食いしつつ、一人で港街を歩いていた。
波止場に行き、潮の香りを吸い込みながら大きな船を眺める。
ロザリンド達をゴロツキから救った日からまだ二日、平日ではあるがディアルは学園を脱け出して港に居る。
ディアルはロザリンドが探す、デュランについて気になって仕方がない。
婚約者の居る身でありながら、他の男に心を寄せる。
そもそも、あんな縦ロール高飛車お嬢様が惚れた男って、どんなだよ!!とか。
その男の情報元がゴロツキどもって、そんな男に惚れてしまったお嬢様?
どんな出逢いがあり、どんな経緯で?
あれか、世間知らずのお嬢様が町で遊んでいて絡まれていた所を、さらに強い不良やツッパリに助けられ惚れてしまうような!!
「あんたみてぇなお嬢様は、こんな所に居ちゃいけないぜ!」
とか言われたり!?胸キュンした!?
凄い悪いヤツが猫を助けたら、目茶苦茶いい人に見える的な!
おや?では、ゴロツキからロザマンジを助けた俺は、ロザマンジに惚れられてもおかしくない?
つか、結局誰やねん!!デュラン!!
ディアルは波止場の先端に行き、その縁に海に足を投げ出す様に座って港で買った焼いたソーセージを食べていた。
「おや、坊っちゃん!?」
不意に声を掛けられ、ソーセージを口に咥えたまま振り返ったディアルは、背後に立つ先日壁ドンしたゴロツキのオッサンに「オス!」と挨拶しつつ手の平を向けた。
「ウガ!」
ソーセージを口に咥えたままだった為に、実際に口から出た言葉は、オス!にならずウガ!だった。
「来週まで港にゃ来ないと思ってやしたが、ちょうど良かった、俺の集めたドランの情報をお伝えしやすよ?聞きます?」
「ウガ!」
聞く!もウガ!に変換されてしまった。モガモガとソーセージを口に押し込む様に食べていくディアルを、ゴロツキのオッサンがジィっと見てる。
その視線が慈愛に満ちている。
なんでやねん。
「坊っちゃん、何だか可愛いですねぇ……ニンジン頬張るウサギみたいですわ。」
なんじゃそれ!!
「ま、まぁ…褒めたつもりだったんで怒らないでくだせぇよ。2年程前に現れた海賊のドランですが、今はドランて名前ではなく、海賊ドラゴンと呼ばれてやす。」
「ウガ!?」
「まぁ、確かにカッコつけた名前でしょうが…前はドランって名前で、港町を拠点にして用心棒として船に乗り込み、海上で遭遇した海賊達を叩きのめし…手下にしたとかいうのは本当らしいですわ。」
「ウガ…?」
「この国は、海に面していて諸外国との貿易やら何やら、海を入り口にした国交が増えやしたが、海上の守りはペラペラなんんすよ。海上警備みたいなん作りたいと、そのドランてヤツは言ってたらしいすわ。」
「ウガ!!」
「坊っちゃん、まだソーセージ食い切れてないんスね…あ、飲み物無くてキツイ?」
意外に気が利くゴロツキが、水の入ったビンをディアルに渡す。
「海賊どもは、ならず者も多いですが、腕っぷしはいいし、何より船の扱いには慣れている。だから犯罪者として捕らえるよりは、それを活かした仕事を与えようとしたんじゃねぇかな。と、港の船乗りは噂してやした。」
「んが!!で、でも結局、海賊なんだろ?駄目じゃん!」
「ドラゴンの船は、海賊船のなりをしてやすが、やってる事は主に護衛でさぁ。船主と交渉してるらしいすよ。あと、海賊ってぇのは他にもいやすからね、人を殺しちまうような、ろくでも無いヤツも。そいつらを排除するような事もやってるらしいす。」
「……何だ、義賊かよ?お嬢様の惚れた男は…でも、どんな出逢い方するんだよ、港のゴロツキとお嬢様……。やはり、町に遊びに来た所を『あーれー!助けてー』みたいなハプニングがあったのかしら。」
やっとソーセージを飲み込めたディアルは、大きなタメ息と共に呟いた。




