久しぶりに見たレオンハルト。
屋根伝いにフローラの私室に訪れたディアルは、窓から部屋に入った。
「フローラ、居る?……何だ、寝てるの?」
部屋に降り立ったディアルは、ベッドの膨らみに気付いてベッドの縁に腰を下ろした。
膨らんだシーツから、金色の髪がはみ出している。
「何よ、泣き寝入りする程ひどい目にあったとか言うんじゃないでしょうね?オフィーリア。」
冗談ぽく言って笑ったディアルの手首が掴まれて、いきなりシーツの洞窟に引摺り込まれた。
「きゃああ!!な、何なの!!」
シーツの中に潜った状態でベッドに押し倒されたディアルの顔が、ディアルを押し倒したレオンハルトに見下ろす様に見詰められる。
「れ、レオン!?ちょっと!魔法解いちゃったの!?誰かに見られたら、どうするのよ!」
「この部屋に結界を張ってるから誰も見られない。……ディア……男装した君も、素敵だな……。」
レオンハルトの唇が、静かにディアルの唇に重ねられる。
顔や首筋に纏い付く長い藍色の髪がレオンハルトの指先でよけられ、誘う様に艶のある白い首筋が露になった。
レオンハルトの唇が触れたがる。
が、ディアーナはその先を許さなかった。
「何すんだ。この変態。」
近付いたレオンハルトの額に、ガンっと石頭ディアーナの頭突きが食らわされた。
「うぐ!!っつぅ……。」
「お借りしたフローラさんの部屋でマッパでサカってるって何なのよ。うら若き乙女の部屋で、そんなこと出来るワケ無いでしょ?」
ディアルはベッドから出ると、乱れた衣服と髪を整えた。
それからベッドサイドの椅子に腰掛けると、マッパでシーツを腰に巻いて額を押さえるレオンハルトを一瞥する。
「だってなぁ!結構長い間、ご無沙汰なんだぞ!?俺の魔力が切れちまうだろ!ディアーナ抱かないと俺の魔力が無くなるんだから!」
「嘘付くなやぁ!今のレオンだったら、この辺り一帯を焦土にしたって魔力切れないでしょうが!!我慢しろ!!早く服着なさいよ!そんで早くフローラさんにならんか!」
プリプリ怒っているディアーナは、もう宥めても無理だと良く分かっているレオンハルトは、しぶしぶ衣服を身に着けた。
そして、しぶしぶオフィーリアの姿になる。
オフィーリアの姿になったレオンハルトに少し安心したディアルは、改めて資料倉庫に向かった後の話を聞いた。
「で、呼び出されてどうだったのよ。楽しんで来たんでしょ?」
オフィーリアはベッドの上であぐらをかくと、腕を組んで首を傾げた。
その様子にディアーナもつられて首を傾げる。
「フローラを脅せって呼び出したのはランドルっていう、王子らしいんだが…本人は好青年タイプで…女を脅すとか、そういう事をするタイプに見えなかったんだよな…。」
「ランドセル……?それがハワードの弟なの?ランドセル。」
真剣に話を聞くディアルだが、いつものごとく安定のズレ感。
真剣にランドセルって名前だと思い込んでいるのであろう、お馬鹿ちゃんなディアルとゆーかディアーナに、胸がキュンとするオフィーリア。
あー……ディアーナ……抱きてぇ。そんな考えが、まんま表情に出てしまう。
「………オフィーリア、顔がキモイ、エロい、ウゼェ。」
「ひどっ!だって好きなんですもの!ディアーナ様が!」
オフィーリアに軽蔑の眼差しを向けつつ椅子から立ち上がったディアルは、窓に向かうと窓枠に足を掛けた。
「分かってるわよ…私だってレオンハルトが好きだもの。でも!レオンでも今は任務中で駄目だし、オフィーリアではずーっと駄目!!」
「ディアーナ様!!なぜ私は駄目ですの!?」
……そーゆートコだよ!
何で、えー年こいた男のクセに美少女に成りきっちゃってんの?
カチコチ細マッチョの癖に。
いちゃつくなら、レオンのままでいーじゃん。なんでオフィーリアになりたいの?
真剣さが欠けて見えるとゆーか、私、試されてる?遊ばれてる?
そんなオフィーリアに食われるとか、怖い。有り得ない。
「………何となく生理的にムリ。だから、しばらく別行動!じゃぁね!」
説明するのも面倒だと、ディアルはフローラの部屋を出て行った。
ほんとは、ロザリンドのストーカーしてみるから!とレオンハルトに事前報告しておきたかったが、そんな余裕が無かった。
一刻も早く、その場を離れたかった。
女子寮から屋根伝いに男子寮に移動し、廊下に降り立ってからドアから自室に入る。
「お帰りなさい、親分。……何かありました?顔が……赤いんですが?」
「………何でもないよ。…ワルト……お前目ざといな………ちょっと恥ずかしいモノを見ただけ!気にすんな!!」
久しぶりに見たレオンハルトの姿と、重ねられた唇の感触が忘れられずにディアーナは赤くなった顔を両手で覆う。
━━私だって、我慢してるわよ!!あのまま流されたかったわよ!!馬鹿レオン!!━━
そんなディアルをジト目で見るワルト。
「親分、何だか可愛い女の子みたいですよ?」
「うっさいわ!!ボケ!!」
咄嗟に誤魔化し方が思い付かずに、とりあえず男らしく汚い言葉遣いをしてみたりする。
いや、いつものごとくだった。
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偽フローラ、ことオフィーリア、ことレオンハルト…
は、フローラになりきって一人で教室に居た。
回りにはひそひそとフローラを揶揄する者達と、もうフローラとは関わりたく無いと目も合わせずに遠く距離を置く者とに別れる様になった。
愛するディアーナと触れ合う時間が中々取れない苛立ちから、いっそオフィーリアとして、クラスメート全員プチってやろうかとも思うが、そんな事をしたらディアーナと父親から、どんなに恐ろしい責められ方をするか…と、思いとどまるレオンハルト。
結果、早く事を解決させてしまうのが一番良いのだと自身を納得させた。
さっさと面倒な事は終わらせてマイハニーディアーナと愛し合いたい。
一人ポツンと暗い表情で教室の席につき、先日のパイセンスリー坊主から脅された、怯える少女らしい雰囲気を醸し出す。
そんな芝居をしながら改めて、揶揄する声に耳を傾けてみればやはり
「ロザリンド様から殿下を奪おうとしている」だの
「殿下をたらしこんだ」だの、言われている様だ。
………この状態って、ロザリンドよりフローラのが悪者扱いされてねぇ?こんなんで、ロザリンドを悪者にして断罪って出来るのか?
それに…この学園に来てから、ハワードが言うような陰湿なイジメらしき事を、フローラである俺がロザリンド自身にされた事は無い。
変な忠告は受けたが……ハワードに近付くな馬鹿女と言われたし。
「……………そういや、フローラがハワードをロザリンドから奪おうとしているとか……どこから広まったんだろうな…。そんな、たらしこんでる様に見える程、あからさまにイチャイチャしていたのか?」
ハワードに愛されたフローラは大人しい少女だという印象。
男をたらしこむイメージは無い。
だが、本人には逢った事が無いから実際の人物像が分からない。
ハワードと恋仲のフローラは、ハワードの命を狙っているかも知れない、第三王子のランドルと仲が良いかも知れない。
「何だか、ちぐはぐしてんなぁ……」
よくよく考えたら、レオンハルトとディアーナの持つ情報、人物像はハワードに聞かせられたものだけだ。
人の印象は、見る人によって変わる物だ。
「ちょっと、調べ直した方がいいな。」
フローラ自身と、ランドルは特に。
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「ワルト、お前、俺と初めて逢った日にロザリンド様からの命令で俺を痛めつけようとしたよな?ロザリンド様、婚約者を奪おうとしたフローラの事を憎んでるのは分かるけど、従兄弟の俺までとばっちり?」
「フローラを憎んでますかねぇ?そんな風には思わないすけど……ああ、親分を痛めつけるように言われたのは確かですけどね。何者か聞いてこいって。」
ディアルは校舎の食堂で、数人の子分に囲まれながら餌付けをされていた。
「ボス!このチキンウマイっすよ!食べてみて下さい!」
「バンチョー!このミートパイ、おすすめっす!」
「うっさいわ!!次から次へと食い物を持って来るんじゃねぇよ!!話が、進まん!!」
と、言いつつディアルは進呈された皿を全てキープする。
キープしつつ、一瞬さらっと聞き流したワルトの言葉を聞き返す。
「俺が何者か聞いてこい?フローラの従兄弟だって言ってんのに……?」
従兄弟だと信じてないのか?
「フローラに、あんな従兄弟居たかしらって言ってましたよ?」
「!!!!!」
ロザリンドは、フローラの事を調べていたのか!?従兄弟の有無まで知る程?
嫌がらせをする為に!?やな奴だな!悪役令嬢!!
「俺的には、ロザリンド様とフローラって、割と仲良かったように見えてたんですよね。俺の勘違いかもだけど。」
「はあ!?こないだ言い掛けてやめたの、それか!!!ワルト!!テメェ、何で、そんな大事な事をもっと早く言わねぇんだよ!!」




