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それは本物のレオンハルト。

リュシーがディアーナと旅を始めて、一ケ月程経っていた。


それは、この夢の世界での体感時間で、現実では恐らく三日程。

この場所に居る限り、正確な経過時間は分からないのだが、僅かに影響してくるのが眠りについている本体からの衰弱。


飲まず食わずな状態で寝ている為に栄養補給が成らず、それが疲労感のようになって、僅かに影響してくる。


それは、この世界に入り込んでいるリュシーにも当てはまる。

夢の世界で腹一杯食べて偽りの満腹感は得られても、眠りについている本体の空腹は満たされていない。

リュシー自身が衰弱してしまえばこの世界も保てない。


だから、現実世界では長くて四日。

三日、四日で狩りを終わらせる。


リュシーの中で、ディアーナとの別れを覚悟をする時が近付いてきた。


今までの様に、最期を見る死別となるのか……

いまだ見た事の無いような結果となるのか……

それは、分からないが。



「……タコのニオいがする。……磯くせぇ。」


河童のディアーナは、黒いサラシを胸に巻き、紐パンという黒い下着姿で、本人いわく「セクシー」な出で立ちで川に居る。


岩の上に座ってディアーナを見ているリュシーはもう、その姿をいやらしいとか、はしたないとか思えなくなっていた。


だって河童だし。河童って、そんなもんなんだろ?的に。


「川に居るのに!何で磯くせぇのよ!それに!食っても食っても腹が減る!!何でじゃあ!!」


空腹は感じているようだが、衰弱を一切感じないのは、ディアーナの生命力の強さなのだろうか。

ディアーナは水面を殴っては、浮いた魚を集めている。


「……火を起こしましたが、魚を焼きますか?食べます?」


「もちろん食う!!」


大量の魚を持って川から上がったディアーナが火の前に座る。


「ディアーナ様…貴女、本当に何者なんですかね…この世界は自分の姿に嘘がつけない。だから、殿下に婚約破棄を言い渡された侯爵令嬢ディアーナ様は本当に存在したハズです。」


「うん。侯爵令嬢ディアーナは人だった頃の私ね。レモンに会って私、人じゃなくなったから。」


ディアーナ様を…人外の何かにしたのがレオンハルトって人なのか?

1000年君を想っていたと言ってしまうイッタイ人。

と言うか…二人とも自分を神様だと思っている痛い人なのだろう。

ディアーナ様は女神と言うより河童かメスゴリラだ。


………何だろう、メスゴリラって。

すごく、しっくり来るんだが…その言葉を口にしたら俺の命が消える予感がする。



「そういえばディアーナ様、レオンハルトさんの本当の名前を思い出したのに…まだレモンと呼ぶんですか?」


「うん。私が名前呼んだら来ちゃいそうだから。まだ来て欲しくないもの。」


……来る?レオンハルトさんが?この夢の世界に?

有り得ないし。

いや…仮に…来てくれたとしたら、偽物のレオンハルトさんが現れても本人が居るのだから、惑わされず、傷付いたりせずに対処出来るのでは?


リュシーの疑問が顔に表情として出てしまったようで、魚を貪るディアーナはポツリと呟いた。


「………私の………獲物だもの。レモン達には譲らないわよ。」


うっわ、倒す気満々だー。

何だか………本当に、死ぬ気がしない。


「リュシーはさぁ、自分が人の夢に入るとか不思議な事が出来ちゃう癖に、神様だとか奇跡だとかは信じてないのね。」


「奇跡…ですか…アイツを倒せたら、奇跡だとは思いますが…。」


「それは奇跡ではなく、必然ね!」



パシャ……川の方から水の跳ねる音がした。

火の前に居たリュシーとディアーナが川の方を見る。



川の中に不意に現れたレオンハルトは、跳ねて輝く水飛沫を受け、美しい微笑みを浮かべながら岸に近付いて来た。


「レオンハルト…さん…」


リュシーが息を飲む。

レオンハルトさんの姿をしたアイツが現れてしまった。

ディアーナ様の反応は…?大丈夫なのか?


いや、でも……もう偽物だって充分分かっているのだし……騙されないだろうが…。

ああ、それでも……攻撃出来るかどうかは別か……。


「……ああ……!」


「ディアーナ……。逢いたかった…ずっと君を探していた…。」


「私も!私も逢いたかった!旅をしている間、ずっと…ずっと!貴方を想っていた…!」


リュシーが驚愕の表情を見せる。

ディアーナの、こんな姿を見た事が無い。

頬を染めて目元を潤ませ、両手を広げたヤツの胸に飛び込み、スッポリと収まってしまった。


「え…?ディアーナ様…それは…レオンハルトさんじゃない…」


アイツなんですよ!?


胸にディアーナを抱き込んだレオンハルトがリュシーを見る。

レオンハルトの美しく整った顔が歪み、リュシーの頭にズキッと痛みが走り、声が聞こえる。


━━━『偽物』という概念そのものを忘れさせた。今、この女の頭には「全て本物」と思う事しか出来ない。━━━


「!!……っそ、そんな……」


リュシーの額がうっすら汗ばむ。冷や汗が滲む。


コイツは……人の記憶を読んだり、人の真似をしている内に、嫌な知恵が付き、我々の世界の者達は裏をかかれて常に翻弄されていた事を思い出した。

コイツは……人の心を読んで成長する。

人の持つ知恵や狡さを学ぶ。

そして、人の記憶さえ操れる。

コイツを甘く見ていた…!



━━━お前はさっき、本物が現れたら俺が偽物だと分かるから騙されないだろうと思ったろう?

今、ここに本物が現れたとしても、この女には二人とも本物としか思えないのだ。………この女が俺を倒せると思ってたのだろう?甘いな、リュシー!お前の思考も、とっくに俺の支配下にあるのだからな!━━━━


リュシーは今まで何度か、コイツに聞かれたら不利なんじゃないかという情報をディアーナから聞き出していた。

自分が疑問に思ったから、聞いたのだと思っていたが……

聞かされて…いた?


「リュシー、ありがとう。俺のディアーナを守ってくれていて。君は素晴らしい従者だ。」


ディアーナを抱き込んだまま、レオンハルトがリュシーに歪んだ笑顔で微笑み掛ける。


リュシーは小刻みに震えながら、首を左右に振った。


違う…イヤだ、こんな…俺のせいで………

こんなディアーナ様を見たくない……レオンハルトさんの腕に抱き締められ、幸せそうに微笑む貴女を……

偽物の腕に抱かれて、恋をする少女の顔を見せる貴女を見たくない!!


「ディアーナ……愛しい君を抱きたい……」


「ふ、ふざけんな!!ディアーナ様は、お前なんかと!!」


レオンハルトの言葉に激昂したリュシーは、思わずレオンハルトに拳を向ける。


「やめて!リュシー!」


リュシーの拳は、レオンハルトの胸に身体を預けたディアーナの右手が受けた。


「やめなさいリュシー、私の大切な人に何をするの。」


「ディアーナ様……ディアーナ様!!それは!貴女の大切な人ではない!!偽物なんですよ!!」


「ニセモノ……って何?どこの言葉?」


ディアーナを背後から外套に包む様に抱き込んだレオンハルトが嗤う。

美しい顔がディアーナには見えない位置で醜く歪む。


こんな…こんな終わり方なんて…無い……。

俺自身が今、深い絶望を味わっている……ディアーナ様……


すみません…!俺のせいで貴女が………



「ディアーナ……君を抱いていいか……?」


「愛する貴方に身を任せるのは当たり前よ……」


ディアーナはレオンハルトの胸に顔を擦り寄せ、背に腕を回す。

リュシーは目を逸らし、拭えないまま涙を流し続けた。

















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