ディアーナを傷付けたくない男達。
━━ディアーナ様に、レモンタルトを思い出して貰う━━
これはリュシーにとっては苦しみを伴う行為だ。
惚れた女に、心寄せてはいるが、忘れつつある男の事をわざわざ思い出させる。
現実世界ならば、その男を忘れて自分を見てくれと。
そう言える。
時間を掛けてでも、惚れた女を振り向かせる努力が出来る。
だが、この世界はそれが許されない。
ディアーナが餌になるのは、もう逃れる事の出来ない結末。
リュシーには、どうしてやる事も出来ない。
ダラダラと、この夢現のこの世界を二人で旅する事も出来なくはないが、こちらの世界での体感で何日経とうが、現実では約3日でディアーナは死ぬ。
リアリティーのある、この世界は所詮紛い物。
現実ではない。
この世界でディアーナを抱けたとしても、それは現実世界で肌を重ねた訳ではない。
それでも
ディアーナと死に別れるのが逃れ様の無い結末ならば、…たった一度だけでも……想いを遂げたい…。
リュシーはディアーナに、レモンタルトを思い出すよう促した。
「レモンタルトさん……て、どんな方なんですか?」
「……顔は……思い出せないのよね……何だか金色の……変態。」
「……変態……ですか。」
「うん、それで…容赦なくてね。敵はプチっと殺っちゃう。」
「そうなんですね……ディアーナ様にピッタリな方ですね。」
リュシーと話しているディアーナの足の下には、ここら辺を根城にしていた山賊の一味が踏みつけられていた。
「やだわリュシー、奥ゆかしい私はプチっと殺らないわよ!…半プチ位?」
「可愛い言い方しても、結局は半殺しでしょう?」
ディアーナ達は、立ち寄った町や村で『野盗、魔獣、安く討伐たまわりマス。』と宣伝して歩いた。
獣人のリュシーは頼もしく見えたし、その獣人を従者として連れている少女は美しく可憐で、本当に倒してくれるのだろうか?と懸念に思われたとしても、倒すと言って前金を持ち逃げするとか、後で莫大な金額を要求されたりはしないだろうと信用され、ダメ元で依頼される事が少なくなかった。
そして、ほぼ一人でギッタギタに壊滅的ダメージを与えるディアーナ。
依頼主への完全討伐報告は毎回、「リュシーが一人で頑張ってくれたので…うふ!」であり、「リュシーさんは強いねぇ!」と感心されて終わる。
こうやって路銀を稼ぎながら旅をしていった。
お蔭で野宿をする事は無くなったし、蛇を食べなくて済んでいるのだが………。
「アイツ、現れなくなったわね。つまんない。」
町の小さな食堂で、大皿を平らげながらディアーナが独り言つる。
「……つまんない……ですか。どんな姿で現れた所で、ぶん殴るだけなんでしょう?」
「そんな事無いわよ…愛する人の姿で現れたら…それはまた、違う話しでしょう?レモンタルトはね…私が傷付く事を極端に嫌がるのよ。私が小さな傷を負う位なら、自分が大きな傷を負う事を厭わない……そんな……レモンよ。」
そうか、そんなレモンなんだ……いや、どんなレモンだ。
「そして…黒い残念は……」
リュシーがピクリと反応する。
そう言えば…ディアーナの口から何度か聞いた、黒い万全残念。
恐らくそれも男。
ディアーナの想い人ではないかも知れないが、心を占める大切な奴なのだろう。
どんな奴なんだ……。
「私が小さな傷すら負う事を…極端に嫌がるわ……。」
ん?それはレモンと変わらないのでは……。
「……めんどくせぇと……。回復するのが面倒くさいと……めんどくせぇから、怪我なんかすんじゃねぇと…そんな残念よ。」
「……そりゃ残念な人だ……。」
「うん、だから私は、ほぼ無敵。」
怪我したら回復させなきゃならない。
それが、 面倒くさい。だからディアーナ様を無敵にした??
意味わからん!!
「無敵なんですか、ディアーナ様は。…ははっ」
食堂で酒の入った木製グラスで口元を隠し、リュシーは少し馬鹿にしたような、そんな苦笑をした。
ディアーナという人は、喧嘩は確かに無敵な位に強い。
だが、アイツと対峙するには人間を相手にするのとは訳が違う。
きっと、ディアーナも命を奪われる。
どんなに強くとも……。
自分の強さに溺れて、きっと考えもつかないのだろうな。
未知の力には、抗えるハズが無いと。
「……リュシー、あなた……ウザ度がアップしたわね。」
「……はい?」
ディアーナが席から立ち上がり、汚れた口元をナプキンでグイっと拭う。
「ちょーっと、いい汗かこうか?来なさい、ウザリュシー。」
「は!?な、なんで!?なんでですか!!ウザリュシーってひどくないですか!?」
リュシーはディアーナに襟首を掴まれ、椅子から無理矢理立ち上がらせられると、食堂の扉に向かってズルズルと引き摺られて行った。
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「……ウゼェ」
「親父……気に入られてんなぁ。」
ジャンセンはベント邸を出てからずっと、レイリの霊に縋り付かれていた。
創造主であるジャンセンならば、本当に鬱陶しいと思うならばレイリの魂をこの世から消し去ってしまう事も容易い。
それをせずに、ウゼェと言いながらもジャンセンは、レイリの訴えにしっかりと耳を傾けている。
「親父、ツンデレか。」
「はぁ?ブッ飛ばすぞテメェ。」
あからさまに苛立ったジャンセンに、レオンハルトは思わず笑ってしまう。
「なぁ、親父。レイリは何て言ってんだよ、何か今回のヒントになるような話し無いのか?」
「ねーよ。ずっと、姉さん好きだった、姉さんごめん、姉さん姉さん。ウゼェわ。………ん?……ほう。」
鬱陶しいと、苛立った顔をしていたジャンセンの顔つきが一瞬変わる。
「…親父?」
「今、面白い呟きを漏らしたぞ。レイリが、姉さん、それは俺じゃないって言った。……偽者が居るらしいな。どんな風に何処に現れるのか分からないが。」
「偽物か…眠ったまま死んだレイラ嬢は、やつれて涙を流して死んだって言ってたな。偽物のレイリとやらは、姉さんを憔悴させて命を落とす程、夢の中で泣かす奴な訳だ?……泣かす……ディアーナ……が、泣かされる?」
「無理だろ?…でも、ちょーっと…見えて来ましたね…俺のブッ殺す相手が…。」
ジャンセンは黒い笑みを浮かべている。
レオンハルトもまた、不敵な笑みを浮かべた。
「親父の事だから、夢の中だろうが異世界だろうが、自ら行く事が出来なくとも、娘に呼ばれたら行けるんだろう?ディアーナに続く道を辿って。」
「…呼ばれたらな。あのクソ娘、呼ぶ前に一人で殺っちゃうんじゃねーかと。」
「なんにせよ、敵の姿を確認出来てからだよな。」
「……やつれて……他の被害者も、泣きながら死んだと言ってましたね……被害者の条件で傷心、というキーワードがあるワケですが、果実を口にして眠りに落ちた段階では寝ているだけなんですよね。」
「それが、命を落とす時には涙を流して憔悴して死ぬ…と。どんな夢を見せられてんのかね。」
そしてジャンセンとレオンハルトは想像する。
ディアーナが、泣きながら憔悴する可能性を。
「すまん…親父…俺、ディアーナが憔悴する程泣く理由があるとしたら、食い物の事しか思い付かないわ。」
「気にするな。俺もだ。」




