世界の中心で藍色の髪の少女が叫ぶ。
王都から離れ、村や町からも離れた街道。
舗装もされておらず、人通りも全く無い。
そんな場所に、豪華なドレスを身に付けた美少女が一人ポツンと佇んでいる。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい?こんな所に一人で突っ立って。」
街道脇の林の中から現れた、明らかに胡散臭い出で立ちの男が三人、逃げ道を塞ぐ様に路肩に佇む少女を取り囲んだ。
男達はそれぞれが背や腰に武器を携えており、身体のあちこちに傷痕がある。
薄汚れた防具や服装には統一性が無く、兵士ではない。
男達の出で立ちは、盗賊以外の何者でもない。
少女はそんな男達を警戒するように僅かに後退り、男達を睨めあげる。
「あなた方には関係ございませんわ!あっちへ行って下さいまし!」
「従者とはぐれちまったんだろう?俺達がソイツの所まで連れてってやるからよ。」
下卑た笑いを、浮かべた男の一人が少女の腕を掴んだ。
「イヤ!やめて!離して!!」
掴む男の手を振りほどこうと少女は抵抗するが、腕を掴んだ男は笑ったまま少女のか弱い抵抗を物ともせず、そのまま少女の身体を肩に担ぎ上げた。
「イヤァア!離して!」
「いい獲物が手に入ったぜ!アジトに運んでお頭に報告だ!」
グル…「きゃああ!イヤァア!やめてぇ!」
「叫んでも無駄だ!!……ん?何か一瞬、変な音がしなかったか?」
少女を担ぎ上げた男が辺りをキョロキョロと見回すが音の出所が分からず。
「変な音が?どんなだ?」
「いや、気のせいだな。何か腹の虫が鳴いたみたいな音がした気がしたんだが。」
三人の男達は、少女を担ぎ上げたまま林の奥深く入って行った。
藪の中を歩き、生い茂る雑木林を掻き分けると、隠された道が現れ、その踏みならした道の突き当たりにログハウスのような建物があった。
グル…「きゃああ!誰かー!助けてぇ!!」
「……何かな、女が悲鳴をあげる度に聞こえんだよ。気味の悪い音が…。」
「俺達には聞こえねぇよ。気のせいじゃねーのか?」
少女を肩に担ぎ上げた男が首をかしげながら呟き、三人の男達はアジトだと呼ぶログハウスに入って行った。
アジトの中で肩から下ろされた少女は床に力なくペタンと座り、8人の男達に値踏みされるようにじろじろと見られて怯えるように震える。
「上玉だな!金持ちに売れば、相当いい値が付きそうだな!」
一際身体の大きい、山男のような出で立ちの男が少女の顎を掬い上げ、顔を近付ける。
グル…「やめて!」キュルキュル「お父様に!」グルゥ「言い付けるんだからぁ!!」
「「「……………」」」
「な!な!変な音がするだろ?」
「ああああ!お父様ぁぁあ!!ああああ!」
少女は大声をあげ号泣したように顔を俯かせ、腹をグッと押さえる。
「チッ…」
「何か今、舌打ちみたいな音がしなかったか?」
盗賊の一人が隣の仲間に尋ね、「さぁ?」と返される。
「まあいい、とにかくコイツはキズモノにせず、このまま金持ちに売るぞ!でかい稼ぎになる!褒美だ!今夜はうまい飯と酒を出すぞ!」
盗賊の頭の言葉に少女が、顔をあげる。「うまい飯!」
少女は男達の中心で、あい…合図を叫ぶ。
「リュシー!!たぁすけぇてぇえ!」
少女の叫びが終わる前に、アジトの扉が乱暴に蹴り破られる。
剣を手にした褐色の肌の青年は、アジトに飛び込んで来ると8人の男達を相手に、剣と風の魔法を駆使して戦い始めた。
「ディアーナ様!!」
「うん、なぁに?」
「ご無事ですか!!お怪我は!!」
「うん、無事。腹へった。」
少女はリュシーが8人を相手に戦う最中、アジトの中を物色し始めた。
「テメェ!」「この獣野郎が!」「やっちまえ!」
「ディアーナ様!危ないから離れていて下さい!!」
「お、チーズとソーセージ見っけ。」
剣の交わる音が響き、風の魔法の防御がリュシーを守り男達の背後からの攻撃を弾く。
アジトの中は激しい戦いの場となり、怒号や叫びが飛び交い、テーブルや椅子が倒れて転がる。
そんな中でディアーナは見つけたソーセージをネックレスのように首に掛け、飛んで来た椅子や弾き飛ばされた武器をヒラリと躱して避けながら、更に物色を続ける。
「おー?どこで手に入れたんだか、プラチナのナイフじゃないの?魔法を付与出来るかな?もーらい。………あ、終わった?」
バタバタとうるさかった音が静かになり、ディアーナはリュシーの方を振り返る。
リュシーがそれなりに強いと言っていたのは、嘘ではないようだ。
ハァハァと荒く呼吸を繰り返しているが、一人で8人を床に伏せさせ大人しくさせて、リュシー自身は怪我もしていない。
リュシーは床に倒れる8人の男達の中心で、無いを叫ぶ。
「有り得ませんよぉ!無いです!こんなの無いです!何なんですか!これはぁ!!」
泣きそうな勢いだ。誰か救世主を呼んで下さいと、言わんばかりの。
「リュシー…見てちょうだい?ほら、チーズとソーセージと……火打ち石よ?」
ディアーナは女神のような微笑みを浮かべ、首から下げたソーセージと、手にしたチーズと火打ち石をリュシーに見せた。
「火打ち石はいりません!!ヘビとか食べませんから!!」
アホみたいな事を言い争っている二人は気付かなかった。
リュシーの足元に伏していた盗賊の頭がムクリと身体を起こした事を。
「テメエ!なめやがって!!」
盗賊の頭は立ち上がると駆け出し、リュシーを突き飛ばしてディアーナの腕を取り、ディアーナを捕らえるとその細い首に腕を回す。
「ディアーナ様!!」
「おっと!嬢ちゃんの首をへし折られたくなかったら動くんじゃねぇ!!」
ディアーナを人質に取られたリュシーは動きが止まる。
「なめやがって…!俺を馬鹿にしたらどうなるか!教えてやる!お前ら!その獣野郎を捕まえとけ!!」
床に倒れていた盗賊の手下どもが、痛む身体を押さえながらフラフラと立ち上がり、リュシーの両手を拡げさせた状態で捕らえ、リュシーの膝を床につかせた。
「ディアーナ様!おのれ!ディアーナ様に触るな!俺はどうなってもいい!ディアーナ様は…!」
両手を拡げ床に膝をついた状態のリュシーは、盗賊の頭の腕の中に捕らわれたディアーナを目で追うが、その表情は見えない。
「その獣野郎には手を出すなよ!この、嬢ちゃんをボロボロになるまで可愛がってやってから…ボロボロになった嬢ちゃんの前で獣野郎をいたぶってから殺してやる!お前はこっちだ!!」
盗賊の頭はディアーナを引き摺るようにして隣の部屋に連れて行った。
隣室のドアが閉まった途端に、悲鳴が上がる。
「イヤぁぁ!やめて!やめてぇ!」
「ディアーナ様ぁあ!!」
「げははは!さっそく、お頭に可愛がられているみてぇだな!」
リュシーが顔面蒼白…になっても彼の肌の色では分かりにくいのだが、リュシーが苦悶に満ちた表情をした。
一瞬だけ。
盗賊の手下どもが、ザマァミロと言いたげに笑っていたのも一瞬。
「やめて!そんな所にそんなの……!入れないでぇ!いやぁ!」
隣室から聞こえる悲痛な叫びに、リュシーと盗賊の手下どもが揃って隣室のドアを凝視する。
「……あの嬢ちゃん……声、野太いなぁ……」
盗賊の一人が、皆の意見を代表するかのように呟いた。




