麗しの令嬢。食料事情は最悪。
「………………」
リュシーは、目の前にある光景が夢では無いかと思った。
自身が野外で目を覚ます経験などしたことが無かったからだ。
木の幹に寄り掛かったまま眠りから目を覚ましたリュシーの目に映ったのは……うん、室内ではない。外だ。
壁も屋根もない、外だ。
これ以上、どう表現しようと外は外だ。
テントですらない、外だ。
「あら、目が覚めたのね。リュシー。」
リュシーの前には先に目を覚ましていたディアーナが背を向けて立っており、リュシーが起きた気配を察してリュシーの方を振り返った。
「ディアーナ様……」
リュシーは明るい陽射しの中で、初めてディアーナの顔をじっくりと見た。
その美しい顔立ちを、金の瞳を、藍色の髪を、リュシーは初めてハッキリと目にした。
「リュシー?なぁに?人の顔をじろじろと見て…長く側仕えをしている貴方が、初めて私の顔を見たみたいじゃない。」
「い、いえ…すみません…あ、あの…ち、近い…近いです…。」
腰に手を当てたディアーナはニンマリと笑んで腰を折り、まだ木の根元に腰を下ろしたままのリュシーに顔を近付ける。
「起きたなら行動するわよ!お腹空いたからまずご飯でしょ!お腹が膨れたらドレスを売れる町を目指して…ドレスを売ったお金で私の服とナイフを買うわ。」
リュシーは近付くディアーナの顔に戸惑う。赤面してしまっているのだが、褐色の肌の彼の顔色では分かりにくい。
ただ、彼の頭にある耳がピンと立ってしまった。
「………ケモミミ………ケモミミ!!!いいわねぇコレ!あははは!」
「あ、あ、ああ!触らないでと…!」
ディアーナは両手でリュシーの両耳を持ち、指先で撫でる。
リュシーは耳を触られるくすぐったさから逃れようと、その行為を制止するために思わず耳を触るディアーナの両手首を掴んだ。
「触らないで下さいと!……言った……でしょう……」
リュシーは、ディアーナという少女の情報をある程度事前に知っていた。
彼女の見た目も勿論分かっていた筈なのに、心奪われそうになる程、何がこうも違うのかが分からない。
例えて言うならば、そこに咲くだけで見て美しい薔薇の花と、誰にも見せずに手折り、自分だけの物にして散るまで愛で尽くしたくなるような大輪の薔薇。
同じ薔薇の花でありながら、そこに抱く感情がこうも違う事に驚く。
目眩がしそうな程に美しい、その大輪の薔薇は……
頭がおかしかった。
「ディアーナ様………寝起きの頭突きは、あんまりです…。」
「あんたが、寝ぼけてキスなんかしようとするからでしょーよ。いくら私が絶世の美女だからってね!まぁ、私の美貌の前に抗えないのは分かるわよ!なにしろ美しい、いかんともしがたい美の権化な私だからね!」
リュシーは、美しいディアーナの顔を近い位置で見た時に、魅了されたかのように、フラフラと無意識にその唇を重ねようとしてしまった。
ディアーナは、焦る事も恥じらう事も一切無く、笑顔のまま「せぇのっ」と言うと、いきなり頭突きを食らわせて来た。
そして、馬鹿じゃね?と思わずにはいられない程の自画自賛。ほんとに馬鹿じゃね?
リュシーは色々とショック過ぎて、痛む頭を押さえて項垂れる。
「手分けして、食べる物を調達するわよ。私は先に行くから、リュシーも何か探して来て。」
ディアーナは、きらびやかなドレスのままガサガサと藪の中に入って行き、林の奥に姿を消した。
「……調達って……近くの民家や村で食べ物を買うって意味では…ないんですね……こんな令嬢、いや令嬢どころか、こんな年頃の少女…居ます?居ませんよ。頭がおかしい。」
リュシーはぶつぶつ文句を言いながら、ディアーナに遅れて林の奥に入って行った。
リュシーが林の奥に入った時にはディアーナの姿は既に無く、リュシーは身を屈めて藪の中にある果実を探す。
いざ、食料を調達と言われても思い付く物、目に付く物は無く、手には小さな木苺が数個位しか乗ってない。
風魔法を使い、身体を高く浮かせてみた。
それでもめぼしい物は見つからず、リュシーは手の平に乗せた数個の木苺を手に、野宿を強いられた木の根元に戻った。
「ディアーナ様……」
先に戻っていたディアーナは、ピンと背筋を張り美しく立っていた。
「……ディアーナ様……貴女は立ち居振る舞い、すべてに於いて美しい…さすがは侯爵令嬢だと…思うのですが………なぜ、手にウサギを持ってるのでしょう……しかもデケェわ」
「うん!私が美しいのは当然なんだけど、これは魔獣化したウサギよね。襲い掛かって来たから返り討ちにしたわ。」
大型犬程の大きさのウサギを軽々と片手に持ったディアーナは、姿勢を崩す事無くピンと立って居る。
「まさかそれは…」
「食料ですわ!」
マジか。リュシーは血の気が引いた。
「では、ディアーナ様…もう片方の手に持っている、そのヘビは……」
「食料ですわ!!」
リュシーはフラフラと、木の幹に寄り掛かった。
いや、ほんとにナニ?この人。頭がおかしいんじゃないの?
令嬢?令嬢ってナニ?
「ディアーナ様…それらは、さすがに食料としては向いてないかと…」
「リュシー、世の中にはね…成せばなる、焼いたら食える何ものも、という言葉があるのよ。」
「……焼く為の物がございません……」
木の幹に寄り掛かったリュシーと、ウサギとヘビを持ったディアーナが視線を合わせたまま止まる。
「え!!あ、リュシーは火の魔法使えないんだっけ?うーん、白いのはいつも火打ち石持ってたけど…私達は持って無いわね。よく考えたら、さばく為のナイフも無いわ!」
何か凄い事を言っている。
自ら、あのデカイウサギを解体するつもりだったのだろうか?
たくましい通り越して怖いわ。
と言うか……俺の前に居るディアーナは、一体誰なんだ?
ラジェアベリア王国、ディングレイ侯爵令嬢ディアーナ。
王太子スティーヴンの婚約者であり、婚約破棄を言い渡され国外退去となった少女。
リュシーの知っているディアーナの大まかな人となりが、そんな感じである。
傷心のまま、国を追われた美しい少女に寄り添い、彼女を守り、彼女の心の傷を癒し、少しずつ彼女と心を通わせていく。
……つもりだった。
今、リュシーは心通わせるどころか自身が心奪われかけ、なおかつ色々と心くじけそうになっている。
「しゃーねーな!お腹空いてるけど、町か村に着くまで我慢しましょうか!」
リュシーは、空腹ではあるが生ウサギと生ヘビを食べずに済んでホッとした。
何だか目の前のディアーナなら、生でかじるぞ!とか言いそうで怖かった。
そして、ディアーナはウサギを肩に担いで歩いている。
ヘビは生きていたので逃がしたが、ウサギは売るつもりらしい。
「ディアーナ様…血抜きもしてませんし、すぐ町か村に着くとは限りません…それ、置いて行きましょう…腐るし、他の魔獣を呼んでしまいます。」
「それもそうね!ところでリュシー、貴方は戦えるの?強い?」
意外に聞き分けが良いと思ったら、おかしな事を聞く。
「一応は…お嬢様の護衛を兼ねた側仕えですから…弱くはないと思いますが……?」
「良かったわ!なら、お願いするわね!」
ナニを?………嫌な予感しかしない……。




