白雪姫と毒リンゴ。月の女神は拾い食い。
「リュシー…リュシー?…貴方、誰?」
「ディアーナ様…?本当にどうなさったのです?」
自分で彼の名前を呼び、側仕えだと言った。
言ったのだが、やはり記憶に無い。
今までの、過去に経験した事があるのに今一度繰り返させられている奇妙な既視感以上の異様な事象。
「……いいえ、何でも無いわ。」
リュシーに手を持って貰ったまま、ディアーナは立ち上がる。
リュシーの胸ぐら掴んで、お前は一体誰なんだよと言いたいのを我慢した。
「何だか、面白い事になりそうじゃない?レ……」
いつもの調子で言い、いつもの高さにある目線に目を合わせれば、そこに在るのは見慣れない褐色の肌に赤い髪、赤い瞳の青年。
「ぐぬぅ…この違和感を我慢しなきゃならんのだな…私の「いつも」は、この世界では違う…。」
呼び掛けた「レ」も何なのかを思い出せぬまま、私は此処に居なければならないっぽい。
「ディアーナ様…先ほど、城から出て来た者達がディアーナ様が殿下から婚約破棄を言い渡されたと…話しておりましたが…。」
「ああ、うん、そうねー。」
たいして気にしてないディアーナは、心配そうに尋ねるリュシーに軽く返す。
「そんな…殿下はひどい方だ。…以前より、ディアーナ様がオフィーリア様を傷付けた等とひどい言い掛りをつけて…非があるのは、婚約者のある殿下に恋慕したオフィーリア様にある筈なのに…。」
悲しむように、悔やむように言うリュシーを見てディアーナが笑った。
「あはは!オフィーリアは、黙ってイジメられて傷付くようなタマじゃないわよ!あんな、おっかないのイジメようなんてしたら、逆にボコられるか、プチられるわ!ま、私なら負けないけどね!!」
そう、オフィーリアの正体が、実はレ……だから。
まだ思い出せない、金色いレ…。
姿、形、名前も思い出せないけど……。
きっと、思い出さなければならない大切な人。
「私、多分、国外追放言い渡されてるのよね!だから、王都を離れるわ!今すぐ、このまま!」
「護衛や従者を連れずに、こんな夜中に今すぐですか!?あり得ませんよ!侯爵令嬢であるディアーナ様が!!明日の朝、馬車を用意しますから、護衛と従者を…お世話をする侍女も……」
テンプレ?
リュシーの言う私の人物像は、型にはまったような侯爵令嬢。
そして、型にはまったような乙女ゲーム断罪シーンの内容。
初めて、あのシーンに立たされた私ならばいざ知らず。
こいつは、私を知らない。
今日の出来事を過去にも経験した記憶のある、もう普通の令嬢ではない、今の私を知らない。
そんな私自身も、今の自分が何者かは覚えてないのだけれど。
「いいのよリュシー…私は殿下に国外追放を言い渡された身…罪人と同じよ。もう侯爵令嬢としての身分を剥奪されたも同然だわ。…そんな私の為に、侯爵家に仕えている皆を巻き込む事は出来ないわ。…一人で行きます…。」
ちょっと、侯爵令嬢ディアーナだった当時の自分ぽく、しおらしい芝居をしてみた。
お前、どう出る?と。
「でしたら!長くお側に仕えていた俺がお供致します!俺は、ディアーナ様が居なくなった邸になんて居たくはない!だから、共に!」
うん、予想通り。
リュシーとやらと二人で旅をすれば、こいつの正体も目的も分かるかも知れない。
そして、もう、何になっているかは記憶に無いが、侯爵令嬢ではなくなっている私が居るべき世界に戻る方法も。
「ありがとう貴方なら、そう言ってくれると思っていたわ。」
リュシーの頭を撫でようと、彼の頭に手をのばす。
………頭に……何か乗ってる?茶色の…葉っぱ?…フサフサ肉厚…。
「で、ディアーナ様…あの…耳に触れるのは苦手なので、おやめ下さいと何度も言っているじゃないですか…。」
……………ケモミミ………犬みたいな…耳がある………はぁあ!?
ちょっと!ちょっとちょっとちょっとちょっと!!
私の知っている世界には、獣人なんて居なかった筈よ!
ある程度、世界中回ったような記憶があるけど…!
ケモミミはやした人には会った記憶がない!!
「…ふ、ふふ…ごめんなさいね?…」
マジか…初めて見たわ、ナマ獣人。
初めて触ったわ、ケモミミ!これは中々に貴重な経験ですよ!?
って、ここは、何処の世界やねん!!!
異世界か!私の居た世界に似て非なる、異世界か!
ますます、この世界と、私が此処に居る理由が分からない……!
いーや、とにかく私は本来の自分を取り戻し、元の世界に戻る為に思い出さなくてはならない!
金色いレ…と、何か黒いのと白いの達の居る世界を!
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木漏れ日が射す森の中。
木々の間から漏れる小さな光のシャワーが幾重にも重なり、柔らかな草地の上に横たわる藍色の髪の少女に降り注ぐ。
その美しい少女は目を閉じ、微動だにしない。
その傍らに跪く金色の髪の青年は、少女の手を握り自身の額に当て祈るように瞼を閉じていたが、背後に気配を感じ目を開けると翡翠色の瞳を気配のした方に向ける。
「ジャンセン……親父……。」
「……レオンハルト……一体……どうして……どうして、こんな事になったのです……」
黒髪に漆黒の瞳の美しい青年は、レオンハルトと呼ぶ金色の髪の青年と、その青年の前に眠る少女を見て、言葉を詰まらせた。
「親父……見てくれ……ディアーナの手に……」
黒髪の青年を親父と呼ぶ青年が、少女の方を見るよう促す。
眠る少女の手には、かじり掛けのリンゴのような実があった。
「…まるで、白雪姫みたいな……こんな…こんな!!レオンハルト!ディアーナがこんな事になったのは、これは、貴方の責任ですよ!!」
「俺だって、いつも気をつけていた!だが…!」
「いーや!ちゃんと言い聞かせなかったレオンハルトが悪い!」
「言い聞かせていたさ!!何でもかんでも、拾い食いしちゃいけません!ってな!!これが、まったく言う事をききゃしねー!ジャンセン!ディアーナは、あんたの娘でもあるんだからな!!」
毒リンゴをかじり眠りに落ちた白雪姫のように、拾い食いをした為に眠りに落ちてしまったっぽい一人の少女の責任の在りかについて、二人が言い争う。
「だいたい、貴方達の旅のしかたが、たくまし過ぎるんですよ!野宿もOK、ヘビだって食べれますとか、そんなのもう、令嬢じゃないでしょ!?野生児ですよ!」
「知らんがな!!俺が気付いた時にはもう、勝手に食ってるんだから!!宿に泊まろうっつーても、銭がもったいねぇとか言って野宿するって言うし!」
散々言い争ったが決着はつかず、と言うよりはディアーナ本人が一番悪い!で話がまとまってしまった。
「……で、何なんだ?この一見、リンゴみたいな実は……。強い催眠作用でもあるのか?」
レオンハルトが長い髪を掻き上げ、ジャンセンに尋ねる。
ジャンセンは辺りを見回してから大きなため息をついた。
「この実が成るような木が無いでしょう?この実だけが、誰かの口に入るよう転がっていたのでしょうね。……この実を口にした者を捕らえる為に。」
ジャンセンは滅多に見せる事の無い、深刻な面持ちで何かを考えている。
レオンハルトはジャンセンが見せる珍しい表情に不安になり、ディアーナの髪を撫でた。
「……捕らえた相手を眠らせ……生気か魔力か知らんが、それを奪う為の罠か?捕食植物みたいなもんか?だが、創造主の親父なら、そんなもん何とでも出来るだろう?」
「……さっきから、ディアーナの意識に潜ろうとしているのですが、阻害されて上手くいかないんです。………どうやら、その偽リンゴはこの世界に生まれた実では無いようで………私の力が及ばないのです……。今、情報を収集したのですが……ここ最近、この世界にその実が現れるようになり、この実を見付けた人は食べずにはいられない…そして食べた人は、二度と目を覚まさないようです……目を覚まさないまま、やがて……死んでしまう。」
「……死んで……!?死んで…しまう……ディアーナが……死んで……いや、死なないじゃん?不死身だし。どうなんの?それ。」
「どうなるのでしょうねー…色々と規格外過ぎて分かりません。」
何を、どう心配して、どう対処すべきか分からない二人は、深刻になりきれないまま、悩む。
「まぁ、様子見るわ。」
「そうですね、ディアーナなら腹へった!って目を覚ますかも知れませんし。」




