番外編━━乙女ゲームってこんなんだっけ?エロ漫画を描かせる気か!?
ラジェアベリア国はここ一年位、バタバタしていた。
一年程前にサイモンが言っていた通り、エライ貴族のオッサンが、何やらやらかしたようで…その後処理だとか、事後処理だとか、よく分からない処理だとか、色々あったらしい。
わたし自身には関係無く、わたしの実家の小心者ばかりの男爵家にも余り関係無いだろうし、興味が無いからよく知らない。
だからわたしはこの一年、部屋にこもって黙々と与えられた仕事をこなしていた。
「毎日毎日、歴史書の挿し絵ばかり、飽きたでしょう?そろそろ神話関係描いていきません?」
ある日唐突に、部屋を訪れた王宮騎士のジャンセンさんが言った。
あんたは編集者か。
わたしを絵師として王城に招いた人。
すんごい、美形。でも言動と存在が、とても怪しい。
そもそも何で王城に勤める騎士が、わたしなんかに絵を描く仕事を与え、城に勤めさせる権限を持っているのか。
国王公認って、国王にナニ言ったんだあんた。
だって、イラストだよ?
歴史書とかの挿し絵って、もっとリアルにガチな絵じゃない?
言われたから描いていたけどさぁ。
歴代国王陛下の似顔絵なんか、飾られている肖像画より男前過ぎて…漫画チックになったし。いいの?それ。
「この世界では、神の存在って馴染みが薄いんですよ。聖女は何となく浸透しているんですけど聖女の意味も履き違えられてますしね。この世界を創った創造主は人間の世界には姿を現さないので描けませんが、その御子と、妻になった聖女の話を描いて貰いたいのです。漫画で。」
神の存在が馴染み薄いのに、その子供は人間の前にバンバン現れまくってる。
ありがたいんだか、ありがたくないんだか。
そんな二人の神話…二人が夫婦になるまで的な?
えーと…それは…
ディアーナとレオンハルトさんの、ラブラブ漫画を描けって事でしょうか……それ神話?
「お言葉ですが…それ、必要ですか?漫画でって…先に、ちゃんとした神話を文章にして頂いて、挿し絵を描いて…それから時期を見て漫画にするとか…」
「そんなの、つまんないじゃないですか。」
つまる、つまらないの問題だろうか…
「漫画をこの国の新しい文化にしたいって言ったでしょう?あなたのエロ漫画を見て、後任も増えていくでしょうし。世界中に広がって行きますよ。」
エロ漫画って言いやがった!!
神話とは名ばかりのエロ漫画を描かせる気か!?
「娯楽が少ないんですよねぇ…だから、人々の想像力も足りない。もっと、面白可笑しい世界になって欲しいんですよね…。」
あまり語られないけど、この世界を創ったとされる創造主様…
その神が創った世界をつまらないと言うなんて。
神を冒涜するような発言ではないだろうか…。
「神の御子であるレオンハルト様とディアーナ様が人の世に居られるのですから、創造主様も人の世に居られるかも知れませんよ。そのような発言は、控えた方が宜しいかと。」
わたしが姿勢を正し、ジャンセンさんを少々嗜めるように言うと、ジャンセンさんはニタリと楽しげに笑んだ後、首を傾げた。
「うまく誤魔化して、逃げようなんて許しませんよ?」
「違います!そんなもん描いて神の怒りにふれるの、わたしじゃないですか!それにですね、わたしブランクもありましてね!絡み描けませんよ!描き方も忘れてますし!分からないですし!モデルでも用意してくれませんかね!」
ぶっちゃけるわ!モチベーション上がらんわ!
わたしが同人誌を執筆していたのって、今のわたしの前世だもの!
今年19歳になるわたしからしたら、男爵令嬢に生まれる以前、19年以上も前の記憶よ!
しかもBLだっつの!男女の絡みなんぞ描いた事無いわ!
あと、モチベーション上げる為の聖書が足りない!
ああ!同人誌読みたい!!
すんごい濃厚な、わたしの推しカップリングのサイモン×アリエス先生読みたい!
「モデル…ですか。」
そう…ジャンセンさんが一言呟いた後の記憶が曖昧です。
なぜわたしは今、サイモンの膝に座って…そんな自分たちの姿を鏡で見せられているのでしょう…。
「……ジャンセン様……これは何ですか……」
「あなたがモデルが欲しいと言ったので。私の一番信頼している部下のサイモンに来てもらいました。」
来てもらいましたじゃねーよ!そして、来てるんじゃねーよ!サイモン!
「サイモン様…お忙しいでしょう?もう、お戻りになられて結構ですわ。」
能面のような笑顔を見せ、サイモンの膝から降りようとする。
降りようとする。降りようと……降ろせ!!!
「まだ描いてないではないか、ちゃんと鏡を見て描いてからでないと。仕事の途中放棄は俺の矜持が許さないのでな。」
サイモンの腕が完全にわたしの腰を抱いている!何でだ!
あんたはアリエス先生を溺愛…いや違いました、それは薔薇の世界の話で…
リアル設定、侯爵令嬢で従姉妹のディアーナを好きだったよね!
今、ディアーナが神の世界の住人になったせいか、ほとんどの人の記憶からディアーナが侯爵令嬢だった部分が消えている。
きっと、この人からも…でも、だからって!
「ディアーナにフラれたからって、代わりにわたしに絡むのやめて下さい!!」
わたしは、ディアーナでも、主人公でもない。
ゲームでは存在すら語られないモブ以下だ。
そんなわたしが、ゲームの攻略対象だった美形のサイモンに言い寄られるワケがない。
「サイモン様は、多くのご令嬢からお声掛けされていると聞きましたわ。ディアーナ様をお忘れになりたいのでしたら、それらの美しいご令嬢にお相手して貰えばいいんじゃないの?もう、わたしに無意味に絡むな!!」
自分で口にした言葉に段々と情けなくなってくる。
途中から素の言葉が口をついて出ていた。
「無意味ではないが……確かに令嬢達から声は掛けられているが、相手をした事は一度もない。」
いやもう…馬鹿正直に答えないで下さい…。
わたしとしては、サイモンの腕を振り払って部屋から飛び出して……背後から「ミランダ嬢!待ってくれ!」なんて声を掛けられてって、ベタな恋愛モノのシーンを想像しなかったワケではないんだけど…。
そもそも解放されなかった。
腰に回された腕から力が抜かれない。
言いたい事だけ言ってこの場から逃げたかったのに逃げれない…。わたしは今もサイモンの膝の上。
うああ…消えたい…!
「聖女であるディアーナ様にフラれたのは確かだが、それはもう俺の中では過去の良い思い出だ。」
だから、わたしの言った事にイチイチ馬鹿正直に答えんでいい…質問してたワケじゃないから…。クソ真面目かよ!
「も、もういいです…あの…分かったので…降ろして下さい…。」
「無意味に絡むなと言うのであれば、意味があれば良いのだろう?意味ならある。」
サイモンの言葉を真剣に聞いてないわたしは、サイモンの腕を振りほどこうとサイモンの腕を押したり剥がそうとしたりを試みる。
この野郎!騎士なんかやってるだけあって力が強ぇ!
何だか、昔ファミレスで見た子供用の椅子から脱出しようとしている幼児みたいになってるわ!わたし!
大きな姿見の鏡を持って立っているジャンセンさんがニヤニヤ笑っている。
クソムカつくイケメンが二人。
「意味!?実はわたしに惚れてとか!?ははは!有り得ないっすね!」
「それはもう、大前提なのだが…既に、我がヒールナー伯爵家からミランダ嬢のシルベルト男爵家に、ご息女への婚約の申し込みをしてある。男爵家からは早々に承諾も得ており、ミランダ嬢は俺の婚約者となっている……聞いてなかったようだが。」
何だと………?いつの間に?聞いてないがな。知らんがな!!!
「わたし……聞いてませんよ…?」
「みたいだな。」
「わたしが承諾してないのに…?」
「みたいだな。」
「…こ、婚約破棄……しません?」
「無理だな、俺が君を逃がさないから。」
「………わたし…アリエス先生じゃありません……」
わたしはサイモンの膝に座ったまま気を失った。
前世からそうなんだけど、貧血気味なのよね…わたし…。
もう、頭の中に血が通い過ぎて、オーバーヒートしたみたい。
目を覚ましたら誰も居ませんように……イケメンしんどいって…マジで。




