聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。20
スティーヴンが創造神界に戻った後、グイザール公爵と、ジャンセンに集められた息子達も近衛兵に捕らえられた。
集められた息子達はリジィンを入れ8人。
女好きで有名だったらしいグイザール公爵には多くの庶子がいて、その子供達に王都から離れた地方の貴族等の家名や財産を乗っ取っては、与えていたらしい。
子供に裕福な暮らしをさせたかったからだと言った卿は、子煩悩な父親だと言えば聞こえがいいが、自身の回りを固める為に貴族の名前や財産が必要で、それを手に入れる為の駒として子を利用していたというのが本当の所だろうと。
何にせよ証人も証拠も揃っている為、もう言い逃れる事は出来ないであろう卿には重い罰が下ると国王は言った。
ピエール王子はジャンセンに対し、神だとは信じてない上に警戒も解いてないが、国王である父親が膝をつき頭を垂れる姿を目の当たりにし、複雑な面持ちではあるがジャンセンに剣を向けた無礼を詫びた。
「「師匠!!」」
ジャンセンに向かって声を掛けたディアーナと同じタイミングで、サイモンがジャンセンに対し声を発した。
「……は?サイモンお兄様、ジャンセンが…師匠なんですの…?」
「…なぜ、ディアーナが俺の師匠を知っている…?しかも、師匠と呼ぶ…いや、ひそかに呼び捨てにもしたな…。」
レオンハルトとディアーナは、改めてサイモンの頭の先から爪先までをジィっと見る。何度も見る。
……ジャンセンの、旅装束に似てね?その格好。
黒いよ?何か。
ジャンセンはローブを脱ぎ、いつもの旅装束姿になる。
サイモンと並ぶと、ほぼ同じ姿に見える。
「殿下には先に話しちゃいましたけど、サイモンは私の後任ですよ。ラジェアベリアに所属する隠密部隊の者で、スティーヴン殿下の影ですね。あ、影武者とか身代わりではないですよ?護衛とサポート、伝達が主な仕事です。」
ああ…だから、殿下が襲われた時に殿下を守る為に現れて、殿下に姿をチラチラ見られていたのですね。
だから、逆に暗殺に関与していると思われて…。
……だって守る場面なんて、なかったでしょうしね…。
スティーヴン殿下、下手したら人間では最強かも知れませんもの。
剣の腕も、魔法も今やトップクラスですし。
何より
創造神を召喚出来る。いや、ジャンセンが勝手に来るんだけど。
つか、師匠!まだ影のお仕事やってたの!?
「師匠、ディアーナと随分親しいようですが…。いつ、お知り合いに…?」
親しげにディアーナとジャンセンが会話するのを見て不思議そうにサイモンが尋ねると、ジャンセンは微笑して答える。
「ああディアーナは、私の娘なのでね…。そして、そこの金髪の彼、レオンハルトも私の息子です。」
「そうなの、サイモンお兄様!私達、ジャンセンの子供なのよ!」
「え?養子?え?」
意味が分からないサイモンは混乱しているようだ。
「ええ…大切な子ですよ。サイモン、あなたもね…」
混乱中のサイモンに届かない小声でジャンセンが小さく呟く。
ディアーナとレオンハルトは苦笑しながら顔を見合せた。
「陛下、ピーちゃん、私ちょっと実家行って来るわ!」
ジャンセンが創った謎の部屋に監禁されていたディアーナの両親は、ジャンセンがグイザール公爵の前に現れる前に解放してくれたとの事だった。
「こら、陛下に、そんな口のきき方しちゃ駄目でしょ?」
緩くたしなめるジャンセンに、陛下がヒラヒラと手を振る。
「あー、良い良い、ディアーナ嬢の事は幼い頃から知っておるが、今のディアーナ嬢の方が私としてもシックリくる。……息子の妻にはならなかったが、とても良い縁を結び、他の良い縁をたくさん繋いでくれたのだからな。」
ディアーナは、そうだっけ?とキョトンとした顔をする。
「世界広しと言えど、この世の創造神が正体を明かした状態で人として王に仕えていたとか、その王が私ですとか凄いだろう?」
国王は笑い、つられたピエールも笑う。
そんな二人にディアーナは手を振ると、ジャンセンとレオンハルトと共に王城から姿を消した。
実家のディングレイ侯爵邸の玄関ホールに転移したディアーナ、ジャンセン、レオンハルトは、ディングレイ侯爵夫妻の居るであろう応接室に向かった。
部屋に向かう途中年老いた執事頭に逢い、何度も泣きながら頭を下げられた。
「お嬢様…ご無事で…!本当によくぞ、ご無事で…!」
立場上、グイザール公爵の息の掛かったリジィンに逆らえず、苦しい思いもしていたのだろう執事の手を、ディアーナはそっと握る。
「ありがとう、わたくしを守ろうとしてくれて……ところで、まだリジィンの息の掛かった輩が居るなら、わたくしが直々にぶっ潰しときたいのだけど?」
ディアーナは執事にキラキラの顔を向ける。
暴れ足りないわ!!と。
残念ながら、すべてサイモンの指示の元に捕縛された後だった。チッ…。
「お父様、お母様、ただいま戻りましたわ。」
応接室の扉を開き、ディアーナはスカートを摘まんでカーテシーをする。
「おお、ディアーナ!帰ったか!」
ソファーに腰掛けていたディングレイ侯爵が立ち上がる。
今回の事については、監禁されていた部屋から解放された時点でジャンセンから侯爵夫妻に説明がされている。
「怪我は無いのか?あの、おかしな男に何かされたりしなかったのか?」
ジャンセンが、どのように説明したかは分からない。
だが、年頃の娘がリジィンという変な男の毒牙に掛かりそうだったと心配してくれたのかしら?と一瞬考えたディアーナの顔がすぐ曇った。
父親の刺すような視線が、ディアーナの後ろに立つレオンハルトとジャンセンにも向けられている事に気が付いたから。
「……お父様、言っておきますけど、わたくし…神の御子の妻ですのよ?わたくしの純潔がと…」
「ディアーナ!実はお前を妻に迎えたいという方が居てな!殿下に国外退去を命じられた娘でも構わないと!!」
ディアーナが言い終わらない内に被せるように言った侯爵の言葉に、レオンハルトの翡翠色の瞳が殺気を宿し、腰の剣に手が掛かる。
「………もう、限界です。」
ジャンセンが呟くと、ディアーナ達三人と、侯爵夫妻以外のすべての時間が凍結した。
全て灰色になり、その場に居る者以外の息吹を一切感じない世界。
そして、ディアーナは白いドレスの聖女の姿に、レオンハルトは金の刺繍の入った白い装束にディアーナの髪色のマントを羽織った神の御子の姿に変わった。
「……私は、私の娘をお前達に預けた。だから、育ててくれた事には感謝する。」
ジャンセンは、銀に近い白い髪に白い衣服を纏っているようだが、全身が光を放ち輪郭が霞んでしまい、人の目ではその姿形が把握出来ない。
「だが、私の娘を今だ縛り付け、我が物顔で支配し、道具のような扱いを強いる。……私はお前を許す事が出来ない。」
灰色の空間に、目映く光る創造神の姿は神々しくも恐ろしく、ゆったり語る声音は静かなのに怒気を孕んでいる。
「お父様!!待って…!消したり…!しないで…!」
ディアーナが創造神に駆け寄る。
「けっ…!消す!?や、やめて!ディアーナ、お願いよ!やめさせて!」
母親が焦ったようにディアーナに懇願する。侯爵は、灰色の空間をポカンと口を開けたまま見つめ続けている。
「…感謝もしていると言ったろう。だから、消したりはしない。……お前達は、ここで跡継ぎ作りに励め。」
「「「「えっ?」」」」
創造神以外の四人の声が重なる。
「時間は無限にある。年もとらない、空腹にもならない、疲れもしないし、眠くもならない。…そう、感じる事はあるかも知れないが実際には何も起こってはいない。だから、跡継ぎが出来るまで励むが良い。」
「な、何だと!?こんな所で跡継ぎを作れだと!?無理に決まってるだろう!」
「無理だと?ならばディアーナには悪いがお前達夫婦には消えてもらう。ディアーナの記憶からも消す。ラジェアベリアという国からも、お前達の存在が最初から無かった事にする。」
ディアーナもレオンハルトも創造神の怒りを感じ、驚く。
人間なんて蟻と何らかわりないと言っている神が、一個人に対してここまで怒りをあらわにするのを見たのは初めてだった。
「それが嫌ならば励め。何年、何十年かかっても世継ぎを身ごもったならば先ほどの時間に戻してやろう。それまでは夫婦仲睦まじく過ごすが良い。」
「ま、待て!待って下さい!!」
創造神は侯爵の訴えを聞かず、レオンハルトとディアーナを連れて宿屋の一室に転移した。
「……師匠……」
「…すみません…別れの挨拶もさせてあげられず…。」
宿屋の一室にて、ディアーナがジャンセンに視線を送る。
ディアーナ達は元の姿に戻っていた。
「別れの挨拶はいいわよ、する気にもならなかったし。師匠が、あんな風に怒るの初めて見たから驚いたわ。」
レオンハルトが頷く。
「親父がキレるのは、俺も初めて見たな。正直言って助かったが…俺ディアーナのオヤジさん、斬り捨てそうだったし…」
ディアーナが引き攣り笑いを浮かべ、ジャンセンはため息をついた。
「正直に言いますと……私にとって貴方達を生んだ最初の理由が、便利な道具…でした。私の創った世界を維持する為にレオンハルトを、その道具のメンテナンス道具としてディアーナを創ったのですから。」
ディアーナとレオンハルトは互いを見合って頷く。
愛される家族として生み出されたのではないと、自覚があった。
「ですが…何ですかね…あなた達と過ごす時間が楽しい…あなた達を愛おしく思う…。あなた達二人を巡り合わせる為に、私も必死に、なってしまった……だから、二人巡り合ったこれからは、幸せになってもらわないと私が困る…。」
ディアーナの顔がパアッと明るくなる。
両手の人差し指と親指を合わせ、指でハート型を作る。
「おとん!!愛してる!!」
レオンハルトがディアーナの真似をしてハートを作る。
「親父、俺も愛してる気がしなくもない。」
「……はいはい、ありがとう子供たち。」
少し照れたように苦笑するジャンセンの姿に、二人は笑った。




