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【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
嘱託職員 塚田卓也
93/417

10 姫が目覚める日 (大規模作戦2日目)

 都築に、特対本部12階にある水鳥美咲という人物の部屋の前まで連れて来られた俺は、中の人間の反応を待っていた。

 そしてノックから1分もしないうちにカチっ、という音が聞こえドアが開かれた。


「…入れ」


 中から現れたのは目つきの鋭い男だった。

 ベージュのチノパンに黒のポロシャツ、そして腰には"日本刀"を差し、俺とリーダーを出迎えた。

 どう見ても【美咲ちゃん】って感じではないよな…部屋の主とは別人か。


「失礼します。ホラ、来てくれ」

「はい」


 リーダーが先に入室し、俺もそれに続く。

 念のため既に自己強化は済ませたので、突如攻撃されても耐えれるくらいにはなっている。

 俺は最大限警戒しながら、部屋の廊下を進む。


 中はビジホみたいな俺の部屋とは違い、3LDKのマンションみたいになっていた。

 既に部屋一つと、風呂とトイレと思しき扉を通り過ぎた。

 そして、向かっているのはリビングだと思われる。

 そこにこの部屋の主がいるのか。


「連れてきたぞ、美咲」


 日本刀の男がドアを開け、中にいる人物に声をかける。


「どうぞ」


 中から可愛らしい女性の声で、入室の許可が下りた。

 俺は二人の後に続いて部屋へと入っていく。

 すると、中には日本刀の男の他に四人の男女が居た。


「貴方も懲りませんね…都築さん」


 中でも最も目を引いたのが、リビングの中央にいる女性だ。

 声からして先ほど入室の許可を出した女性、つまりこの部屋の主、水鳥美咲だと思われる。


 彼女は車いすに座っており、目を閉じていた。


 足と…目も不自由なのだろう。

 周りの人間がそれをサポートしていると見た。

 長い髪に端正な顔立ちで、歳はまだ若い。おそらく二十歳そこそこくらいか。


 しかし放たれる威厳と圧倒的な存在感は、警察に入って1、2年の若手職員ではない事を示している。

 この娘は4課ではなく『1課』だ。しかも1課の中でもピースの歴がかなり長い方のタイプに違いない。

 そして周りにいる男女も歳は似たような感じだが、同じ空気を放っている。

 つまりこの部屋にいる全員がエリート集団ということだ。



「今度こそ水鳥さんを治せそうな人を連れて来ましたんで…」

「どうせまた無理だ」

「まあまあ…」


 リーダーは連中にかなり(へりくだ)って話している。

 先ほど水鳥は「懲りない」と言い、リーダーは「今度は」と返した。

 つまりもう何度も似たようなやり取りをしているという事だ。


 なるほど、読めてきたぞ…。


「塚田くん、すまないが君の能力で彼女…水鳥さんの"目"と"足"を治療してくれないだろうか」


 やはりな…

 この男、俺を使って"自分の点数稼ぎ"をしようとしている。

 呆れたな。

 田淵の話と実際の仕事ぶりを見て判断し、プラスの方が少し上回っていたというのに…このありさまだ。

 というか、俺に内緒で連れてくるのが最高にコスいな。


 しかしまあ、罠でもなんでもなかったな。

 安心はしたが成果も無しか。こんな茶番に付き合わされて、ガッカリだ。


「おい、本当に治せるんだろうな…?」

「診てみない事にはわかりませんよ」

「なら早くしろ」


 日本刀の男が急かしてくる。

 ていうか、すげー上から目線だな。それが人に物を頼む態度かよ…

 どいつもこいつも、ムカつくヤツだ。


「出来そうかな…?塚田くん」

「今やりますよ。失礼」


 少し嫌な言い方になってしまった。まあいいか。

 俺は取り巻きの間を通り、車いすの女に近づく。

 周りの俺を見る目は、あからさまに不機嫌そうなヤツもいればどこか愉快そうに見る者、無表情な者と反応は様々だった。


「貴方が私を治療してくれるんですね」

「ええ。やれるだけやってみますよ」

「この10年間、色々な治療系能力者を呼んでもダメだったのが、貴方にできますかね?」

「…手を取っても良いでしょうか?治療に必要なんで」

「ええ、どうぞ」


 最初からずいぶんと挑発的な態度の水鳥。

 恐らく何度もこうした機会があり、その度に裏切られガッカリしてきたんだろう。

 もう俺に何の期待もしていないという感じだ。


 そして俺の方も、水鳥と似たような心情だ。

 何のために治療するんだろうな…俺は。

 コイツらの点数を稼いだって、俺には何の得もないのに。

 見下され、(さげす)まれ、散々だ。早く帰りたいぜ。


「失礼します」


 俺は片膝をつき彼女の真っ白ですべすべな手を取ると、能力を使う為集中した。

 そしてしばらく数値を探っていると、ある一つの事が判明した。

 【視力 0】【目 100/100】

 【脚力 0】【脚 100/100】

 水鳥の目と足のステータスだ。


 今まで何人もの術師が治療しても治せなかった理由が分かった。

 彼女の目と足は()()()()()()()()()()()()()()

 全快でも"見る能力"、"歩く能力"が無いんだ。

 だから"治療"をしても回復に至らなかったんだな。これが彼女の万全の状態なのだから。


「水鳥さん。この目と足はいつから?」

「そうですね…私が9歳の時に自分の能力が暴発して、死にかけて…なんとか一命はとりとめましたが意識が戻った時にはもう目も足も使えませんでしたね」

「なるほど」

「ただそれ以来能力が飛躍的に向上してくれたので、目と足が使えなくても日常生活に困る事は余りありませんでしたが」


 詳細は分からないが、能力がなんらかの作用をして、目と足の二つの機能が失われたということか。

 診た事はないが、先天的な機能不全の患者もこのように表示されるのだろうか?


 そしてこの話、少し腑に落ちないと言えば腑に落ちない。

 目と足のみ損失し、その後の能力向上。作為的な何かを感じるが。

 …まあいい。早いところ視力と脚力を上げよう。

 俺は彼女の数値を操作すべく、再び意識を集中させた。



「…痛っ!」


 しかし次の瞬間、俺の右肩に鋭い痛みが走る。


「いつまでベタベタと触っているんだ!!」


 日本刀の男が怒鳴り声をあげる。

 見ると、男が日本刀で俺の肩を斬りつけていた。

 傷口からは血が滲み、服がみるみる赤く染まっていった。


 痛みはすぐに消したが、強化を解除したのは失敗だったか。

 まさか治療する相手をいきなり斬るとは思わなかったから、連れて来られた理由を聞いた段階で強化を止めていた。


 いや、それはもういい。変に刀を弾くほどの硬度にしてしまえば能力を疑われてしまう。

 ここは斬られて正解だ。

 ただし問題は


「あーあ…やっちゃった」

「ちょっと…止めなよ」

「問題になりますよ」


 日本刀男のお仲間が、この行いに対して特に悪びれた態度を見せていないということだ。

 呆れたり不味いなという反応を示したりはするが、俺に対して悪いとは微塵も感じていないようだ。

 コイツらにとって嘱託(オレ)は取るに足らない存在というワケか。

 清野が以前言っていたヒエラルキーの話は、どうやら本当みたいだ。


 さっさと治して、自室に戻ろう。

 付き合うだけバカを見る。


 【視力 2.0】

 【脚力 50】


 能力を行使し、視力はかなり良く、脚力は成人女性並みの数値にした。

 後ろでは未だに男がごちゃごちゃ言いながら俺の肩を日本刀でグリグリしている。

 それを無視して俺は水鳥の治療を終えた。



「おい、貴様!無視するな!!」

「水鳥さん、ゆっくりと目を開けてください」

「…え?」

「既に光を感じているハズです。落ち着いて、ゆっくり…」


 水鳥は俺の言葉通りゆっくりと目を開けた。

 そして目の前にかがんでいる俺とバッチリ目が合う。

 彼女の瞳の中には俺がしっかりと写っている。


「よく見えるでしょ?」

「…………ええ」

「視力は裸眼で2.0にしておきました。現代人なら相当見える部類です。足も人並みの筋力がありますが、しばらくは無茶しないように。さあ、ゆっくりと立ち上がって」

「はい…」


 俺は先に立ち上がると、繋いだままの手で水鳥を立ち上がらせる。

 10年も歩けなかった人間が、いきなり足だけ取り替えたからといって急に飛んだり跳ねたりできるのだろうか。

 とりあえず無茶しないようにだけ言い、あとは周りの人間に任せよう。


「立て、ます…」

「まさか…そんな…」

「…すごい」

「嘘だろ…」


 水鳥と不快な仲間たちは皆一様に驚いている。

 これまで誰も治せなかったのがあっさりと治ったんだから無理もないか。

 日本刀男も刀を納め、彼女の周りに集まっていた。



 俺は肩の傷を治し、この場を去ろうとする。

 服…洗濯しなきゃ…

 切れた洋服は治っても、汚れは消えないからな。


「それじゃこれで失礼します」

「あ、おい…塚田くん」


 俺はリーダーの声掛けを無視し、部屋から出ようと廊下に足を踏み入れた。

 するとーーー


「待て!!」


 リビングから、日本刀の男が怒鳴った。


「何です?もう俺に用事もないでしょう」

「いや、ある!」

「何ですか…?」


 俺は苛立ちを押さえながら応じる。

 ていうか、怒鳴んな…ウザいんだよ。


「俺を殴れ!!」

「……は?」


 男は驚くような提案を俺にしてきた。

 バカなのか、コイツは。


「断ります。理由が無い」

「理由ならある」

「何です?」

「水鳥を治してくれた恩人を斬ってしまった俺の気が済まないからだ!」

「…はぁ?」


 どこまでも勝手なヤツだ。流石に頭に来た…

 あーわかった。もうやるわ。お望み通りぶん殴ってやる。

 こんな失礼な連中、まとめて全員ぶん殴ってやりたいが、流石にそれはできないので、全員分をコイツで済ませよう。


 俺は爽やかなスマイルを作ると、振り向いて男に答えた。


「…分かりました。それでは一発だけですよぉ…」

「ああ、分かった!」


 青筋ピクピクな俺とは対象的に、男は満足げだ。

 後悔させてやンよ…!ウスラボケが…


「えーとじゃあ、ここに立ってください」

「ここか?」


 俺はリビングと寝室の間の壁際に男を立たせた。


「じゃあ、目を瞑ってください」

「わかった!」


 男は素直に応じてくれる。


「行きますよー…」


 他の連中はあまりに急な展開に、見ている事しかできないでいる。

 俺は遠慮なく手に強化を施した。

 そしてーーー


「せーの…ムン!!!!!!!!!!」


 男の頬に思い切りビンタをかました。


 いや、正確にはビンタではない。

 振り抜かず頬に当たった手でそのまま男の顔面を壁に叩きつける。


「ブッ…!!!!」


 そしてそのまま壁を破壊し、隣の寝室に男をぶっ飛ばした。

 部屋にはそこそこ大きい衝撃音が響く。


「「「…!!!???」」」


 周りの人間は声にならない驚きを発している。

 仲間が1人、壁を突き抜け吹っ飛んだのだ。こんなこと、任務でもないだろうな。

 リビングからは可愛らしい寝室が丸見えになった。

 そして同じく可愛らしいベッドに男が顔だけ乗せてノビていた。

 お尻をこちらに突き出しながらな。嬉しくない。


 俺は寝室に入っていき、男の首根っこを掴んでリビングに持ってきた。

 そして壊れた壁や柱を修復し、一応部屋は元通りにする。

 (念のため床を手でさすって、破片とかを細かく確かめた)


「じゃ、今度こそ帰ります」


 全員が言葉を失っている中、俺は今度こそ水鳥の部屋を後にした。










 _________________












「塚田くん!」


 エレベーターへと向かう俺に、リーダーが声をかけた。

 息を切らしているので、どうやら走って俺を追っかけてきたようだ。


「どうしました?」


 俺を咎めようというのか。

 そりゃあ点数を稼ぐつもりで連れて行ったのに、結果的に胡麻をする相手をぶっ飛ばしたんじゃ立つ瀬ないだろう。

 でもまあ、お互い様だ。文句を言われるような筋合いはない。

 俺を利用しようとしたんだからな。


「いやー、スッキリしたよ」

「…は?」

「前から【黒瀬(くろせ)さん】には腹が立ってたんだよね、俺。だからさっきの塚田くんのビンタを見て胸がスッとしたよー。見下しがスゴくてねーーー」


 リーダーは意外にも、俺の行動を称賛した。


 そして前々からさっきの男の事を良く思っていなかったらしく、出るわ出るわ愚痴愚痴愚痴。

 最終的には「自分も殴ってやりたかった」と言う始末だ。

 調子いいな、全く…。

 ていうかアイツ黒瀬って名前だったのか。


 リーダーがしばらく文句を吐き出し、俺が仕方なくそれを聞いていた。

 そして、スッキリしたのか冷静になったリーダーが


「それにしても、俺たち今日でクビかな…?」


 と言った。

 俺も、リーダーの調子の良さやあまりの不平不満にすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。

 なので、呆れ笑いをしながら


「かもしれませんね…」


 と答えた。

 エリート1課さまをぶっ飛ばした俺(とそれを紹介したリーダー)は、万が一黒瀬に悪くチクられたらタダでは済まないかもな。

 水鳥を治療した功績を考慮してくれればありがたいが…


「新しい仕事のツテを探さないとなぁ…」


 隣でリーダーが今後の方針を考えている。が、その顔はどこか清々しかった。

 やっちまったもんは仕方ないか。

 俺も切り換えよう。


 ただし、このままクビを待つわけにはいかない。

 今日中に少しでも調査を進めてしまおう。



「…リーダー」

「ん?」

「ちょっと教えてほしい事があるんですけどーーー」











 _________________












 特対施設 8階


「ここか…」


 一旦部屋に戻り血みどろの服を着替えると、俺は再び外出をした。

 行先は先ほどリーダーに教えてもらった"とある人物"の部屋だ。



 そしてその部屋のドアプレートには【古森屋(こもりや) 夏美(なつみ)】と記載されていた。



いつも見てくださりありがとうございます。


女の子二人目が出ました。

美咲って名前は一番好き。

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