5 想定以上の敵 (大規模作戦2日目)
・塚田 卓也…主人公。友人の清野に借りを返すべく、警察の大規模作戦に嘱託職員として参加。作戦中はC班医療チームとして活動している。
・田淵 凛…卓也と同じ医療チームの嘱託職員。治療能力者。何かと卓也の世話を焼いてくれる。
・都築 新太郎…医療チームのリーダー。治療能力者。皆からの評価は、微妙…?
・後藤 かほり…卓也と同じ医療チームの嘱託職員。開泉者で治療能力はないが、元看護師の経験を活かし、手当を行う。
・河合 真吾…卓也と同じ医療チームの嘱託職員。毒などの成分分解能力者。少し気弱だが仕事は真面目。現役の薬学部生で、薬の知識も豊富。
・和久津 沙羅…1年前に自殺した特対1課の職員。能力探知能力者。謎の遺書を残している。
・コモリヤ ナツミ…和久津の遺書に隠されていた名前。詳細は不明。
作戦開始後に最初に入って来た無線は、"施設内部は思ったよりも敵が多い"だった。
その無線から少しして、各所で激しい戦闘音が聞こえてきた。
俺は聴覚強化で他の人よりも少しだけ多くの情報を得ることが出来るが、敵の人数はもしかしたらこちらと同じくらいかもしれない。
これは、最悪のケースに備えて、俺も戦う準備をした方が良いか…?
一抹の不安を抱きながら耳で情報を集めていると、10分もしないうちに最初の怪我人が転送されてきた。
「すまない…足をやられた…!」
転送されてきた男は、俺たちに届くよう大きな声で自身の状態を伝えた。
確かこの人は裏の出入り口から突入する班に居たな。
自己申告通り左足を骨折しているらしく、転送ポイントから自力で立ち上がると辛そうにゆっくりと俺たちの居る簡易医務室まで歩いてきた。
左足を引きずりながら、ゆっくりと。
「田淵さん、お願いできる?」
「はい…!」
リーダーが田淵を指名すると、田淵は怪我人に肩を貸しつつベッドまで誘導し横たわらせる。
そして、損傷個所に能力を行使し始めた。
田淵が両手をかざすと、鈍い光が発せられた。どういった作用で治っているのかは分からないが、数分もすると横たわっている男の表情が段々と苦痛から解放されていく。
かなり荒かった呼吸も少しずつ落ち着いてきて、治療が完了しそうだという事が傍から見ている俺にも分かった。
対して、治療を行っている田淵の表情はかなり険しい。
集中しているというのもあるが、能力行使するにあたりかなりの泉気と精神力を消耗しているようだ。
全治数カ月もかかるような骨折がものの5分くらいで治るのだから、これくらい大変なのは仕方のない事かもしれないが。
「…終わりました。どうですか…?」
「…うん。痛みも変なところもないみたいだ。助かったよ。ありがとう!」
「いえ、よかったです…」
男はベッドから起き上がると無線で治療が完了した旨を報告し、指令チームと自分の小隊に何処へ向かえばよいか指示を仰いでいた。
そしてすぐに走ってモールへと向かっていったのだった。
「お疲れ様」
「ああいえ…そうですね…。すこし疲れちゃいました。いきなり骨折なんて」
無理矢理笑顔を見せてはいるが、田淵の顔はまだ疲労の色を多く残している。
水を飲み深呼吸をしてなんとか回復を試みてはいるが、効果は薄そうだ。
もし次同じような度合いの怪我を治療してしまえば、それだけで今日一日彼女はダウンしてしまうかもしれない。
それほどに彼女の回復術は消耗が激しかった。
次に怪我人が来て、大丈夫だとは思うがもしまたリーダーが田淵を指名するようであれば俺がその役を買って出る事にしよう。
「結構来てるわよ」
おばさんの言葉を聞きモールの方を見ると、歩いてこちらへ来る職員が5、6人確認できた。
独歩が可能という事は、損傷しているのは主に上半身か。
よく確認すると、全員腕や脇腹などを押さえている。
「腕を押さえている2人は河合くんに頼む。恐らく骨折か打撲だろうから、一先ず患部を固定して鎮痛剤を。脇腹の人は…見てみないと分からないが、俺がやる。あの出血している人は後藤さんお願い。止血が終わったら田淵さんが…」
リーダーが意外にもテキパキと指示を出している。
想定よりも多い怪我人の数に早くも医療チーム総力戦なのだろうが、怪我の度合いを見て瞬時に治療能力が使える者とそうでない者に適切に割り当てている。
田淵の言うリーダー像よりも数段仕事はできていた。
「リーダー、転送ポイントにも何人か来てます…!」
「くっ…」
モールからだけでなく、近くの転送ポイントにも次々と怪我人が運ばれてきている。
立って歩ける者、そうでない者、状態はまちまちだが、モールから来る者よりも症状が重いのは明らかだった。
さて、リーダーも俺の能力の練度が分からず指示を飛ばしづらいだろうから、そろそろ能動的に行動しよう。
「転送ポイントの方はこちらで対処します」
「…塚田くん。行けるのか…?」
「はい。みなさんはそちらに集中してください」
視線が交差する俺とリーダー。
しかし数秒の後、俺が決して見栄で発言しているわけではない事を悟ったリーダーが
「分かった。そちらは塚田くんに任せる。キツかったら言ってくれ」
と一任してくれた。
「塚田さん。こっちが終わったら手伝いますから」
「ああ。頼むな。じゃあ、向こうに行ってくる」
田淵も俺を気にかけてくれているが、彼女の方がよほどキツそうだ。
なるべくこっちは俺だけで対処しよう。
俺は足早に転送ポイントへと向かった。
「う…くっ…!」
「くそ…!」
「はぁ…はぁ…」
ポイントには3人ほど職員がいた。
皆衣服に血が付いている。相手の血か自分の血かは分からないが。
まず俺は、横たわり一番辛そうな男の元へ向かう。
「大丈夫ですか?」
「ああ…爆発の…能…くっ!」
見ると顔や手など露出している部分に火傷の跡がある。
敵の爆発能力でやられたのだろう。そして後頭部からの出血も確認できた。
吹き飛ばされて頭を打って倒れたと…そんな状況か。
「俺は…後回しで…別の…」
「はい、治りましたよ。次の人」
「……………へ?」
俺は能力で手早くライフをMAXにしてやると、次の職員の方へ向かう。
「剣が握れさえすればいい…!頼む…止血と、包帯か何かで"泉気剣"と俺の手を固定してくれ…」
次の職員は右手の指が、親指以外切り落とされてしまっていた。
左肩と右足にも切り傷が多数ある。切断系能力者、あるいは刃物使いと当たったのだろう。
末端は神経が集中しているせいで激しい痛みを感じているだろうに、再出撃に闘志を燃やしている。
立派な職員だ。
「頼む…仲間が危ない…」
「はい、治りましたよ。次」
「え…指…え!?」
指と足と肩の傷も完治した。これでまた戦えるだろう。
俺は足を押さえている職員の元へ向かう。
「敵はやったが…足をやられたぜチクショー」
両足が有り得ない方向に曲がっている。が、他に外傷はない。
どうやら衣服に着いた血液は返り血だけみたいだ。
「歩けないから、済まないがベッドに運んで…」
「はい治りました。立ってみてください」
「お…おお…!?」
痛みが消え傷の完治を自覚したのか、男は立ち上がりその場でピョンピョンと飛び跳ねている。
その表情からは驚きの色が見て取れた。
「ちょっと、キミ!」
「はい?」
取り急ぎ転送されてきた重傷者の治療を終え、田淵たちのところへ戻ろうとしていたところ指を切断されていた男が俺に詰め寄って来た。
「どういうことなんだ!?」
「どう、とは?」
「いやいや、あんな傷を一瞬って…魔法じゃないんだから…」
いやいや元から魔法みたいなもんだろう…能力なんだから。と心の中で突っ込んでしまう。
しかしまあ驚くのも無理はないか。
田淵の治療を見て、骨折ひとつにあれだけ消耗しているんだから、俺の治療は普通ではないと流石に自覚した。
治療におけるアプローチが異なるからなのか、それとも単純に実力の差なのか。
俺の治療と、田淵やリーダーの治療とではかかる時間も精度もかなり開きがある。
この人が言うには、失われた指を何も無い状態から完全に元に戻すとなると、凄腕の治療術師でもかなりの時間と泉気を要するらしい。
俺の能力ならば"ライフをMAXにする"という過程で、欠損した部位、破損した部位は全て元通りになる。
時間も数秒で済むし、今のところ疲れもない。
しかしここでこの人に根掘り葉掘り聞かれるのも、懇切丁寧に説明するのも時間の無駄だ。
多少強引に言いくるめるとするか。
「治療は完璧に行いました。私も自分に何度も使っていますが後遺症や副作用は一切ありません。信じられない気持ちはわかりますが、今は他の皆さんの治療が最優先です。納得して頂けますか?」
「う…」
今が作戦中であり、治療すべき人間が大勢いる事を強調することでこれ以上追及してくるなと伝える。
彼にもそれが伝わり、この場はおとなしく引き下がった。
「すまない…取り乱した」
「いえ。早く応援に行ってあげてください。小隊の仲間も待っているでしょう」
「ああ」
そう言うと転送ポイントから少し離れた所で無線を使い、復帰する旨を伝える。
俺が治療した3人は必死に"もう治った"ことを伝えようとするが、中々信じてもらえないみたいで説得するのに難航していた。
「お待たせ、手伝うよ」
「塚田さん。もうそっちは終わったんですか?」
「ああ」
転送ポイントから戻った俺は田淵が治療をしている職員を何人か引き受けた。
俺の方に比べると比較的軽傷で、それほど緊急性は無かった。
しかし俺の能力による治療は怪我の具合などは関係ないので、さっさと片っ端から治していく。
「ちょ…早くないですか…?」
「そう?次の人ー」
ここでも引っかかってしまうようだが、かわして治療を続ける。
そしてしばらく引っ切り無しに来る職員の治療を続けていると、バタバタしている医療チームにさらに緊張感が走る事となる。
「誰か!兄貴を助けてくれー!!」
モールの建物の方から一人の男が近づいてきた。
背中に誰かを担いで、ゆっくりと歩いて来ている。
口ぶりから、背中にいるのは彼のお兄さんだろうか。
腰から下が無くなっている兄を背負って、血まみれの弟が医療チームの拠点に歩いてきたのだった。
いつも見てくださりありがとうございます。
治療無双、始まる。




