58 遅すぎる救援
(防御しなくては…!)
2度目の復活、3機目の開始。
自分の攻撃は阻まれ、相手の攻撃は通るという理不尽極まりない防壁を目の当たりにした廿六木は方針を変えた。
通常よりも多い泉気の放出で全身を覆い、両腕で頭や首や心臓をガードする。
さらに生命エネルギーによるバリアを体の周囲に張り、多重の防御を展開したのだった。
完全なる時間稼ぎ。これにより状況が好転する目処は立っていないが、それでも撃たれ続け反撃の機会を逃すより良いと判断した。
或いは、幸いにも強引に近くで待機することになった仲間たちがピンチに駆けつけてくるかも…。
そんな期待を込めて、"見"と"守"に徹する。
その判断は概ね正しい。
誤算があるとすれば、その防御力は卓也の作戦の前には薄氷の如き脆さでしかないということである。
前列の職員の弾丸が廿六木の体に弾かれ、弾倉が空になったタイミングで相手が動いた。
「"ASEバレット"用意…! 撃てーーーー!!!!」
指揮官の掛け声で前列の職員が銃から空の弾倉を取り出すと、別の弾倉を装填しスライドを引いた。
慣れた手つきで準備を終えた職員たちは同じく指揮官の号令で一斉に弾を発射する。
技術開発局の新作【ASEバレット】を、廿六木目がけて…。
(ASEバレット…? 一体何の―――ごふっ…!)
万全の防御を準備した廿六木の体をいとも容易く弾丸が貫く。
生命エネルギーで出来た壁は貫通し、そのまま泉気で覆われた体にも5発命中する。
腹部に1発と腕に2発、そして両足にそれぞれ命中し膝から崩れ落ち腕が下がったところにヘッドショットが決まってしまう。
(これが新作の威力か…。すごいな)
近くにいる卓也は、廿六木の防御が容易く突破されるのを見て、阿佐ヶ谷博士とのやり取りを思い出していた。
『ASEバレット…ですか?』
『そ。正式名称はAnti Spring Energy Bullet(反泉気弾)って言うんだけど。弾頭に抑制剤の成分が練り込んであって、これで撃った箇所の泉気の働きを抑制することができるんだ』
『へぇ…』
『だから泉気の防御や、能力で作った水とか土の壁なんかは容易に破壊することができるんだよね。ただし、能力で岩とか鉄そのものを動かして壁にされたら効果が薄い』
『なるほど…』
(廿六木の防壁は泉気そのもの…ASEバレットの効果は十分発揮される。俺が解除するまでもないってことだ)
頭を貫かれ仰向けに倒れた廿六木は、数秒後に再度復活する。
その語も、合間合間に頭の中で色々と考えて、そしてまた死ぬ。
時に卓也が四十万派の職員のサポートをして、最終的にはハチの巣になる。
そしてそれは残機が尽きるまで続く。
何度も何度も何度も…
そんな中……
「いやー…新型の自動人形凄いですね。まるで人間みたいに精密で」
「だな。色々とパターン変えてくるし。小さい女の子型ってのがちょい悪趣味だけど」
「そこは、『どんな姿でも躊躇うなよ』っていう開発局のメッセージだと解釈しましたけど?」
「前向きだなぁ、オイ」
ふと廿六木の耳に、射撃台にいる待機中の職員の会話がうっすらと聞こえた。
撃たれながら、発砲音鳴り響く中、しかし確実に内容が届いたのである。
(……彼らは私を自動人形だと誤認している…? 操作系ではない…。……………誤解…?)
幾度となく死を繰り返し、その度に思考を巡らし、辿り着いた。違和感の正体。
ネットになんの痕跡も残さず準備されたこの状況。油断していたとはいえ、周到すぎる。
躊躇いなく発砲する職員と、罪悪感を塗り潰すほどの操作・催眠系能力にしてはハッキリと残る彼らの自我。
そして自分を自動人形と言った職員。
いびつな完成図。
これらが廿六木の中に"ある可能性"を示した。
「ふふふ…」
銃弾の雨の中で笑う廿六木。
避けられる弾は避けるも、相手は普段から訓練している四十万派の精鋭。すぐに足を撃たれ動きを制限されたのちにトドメを刺されてしまう。
しかしそんなことはどうでも良いとばかりに笑い続ける廿六木に卓也も注目した。
そしてどこにいるとも分からない卓也に向けて微笑みながらこう言い放った。
「中々あくどい作戦を立てましたねぇ…塚田さん」
「……お前に言われちゃお終いだ」
あくどいと評され思わず反論した卓也は、直後に銃弾で倒れた廿六木に近付き手を触れる。
そして能力である数値を弄った。
「痛覚の感度を3,000倍(適当)にした。これで時短になるだろ」
そしてまた復活した廿六木は、最初は銃弾を腕でガードする。
しかし…
「…ぎィぁ………!!!?」
強烈な痛みが襲い掛かり、そのショックで死んでしまった。
当然すぐに復活するが、これまでのように立ち上がることが出来ない。
「はぁ…はぁ…はぁっ…! これ…は…!」
脳に痛みの記憶が鮮明に焼き付いており、無意識に立ち上がりを拒否した。
反撃の糸口を見つけるとか、それどころではない。
これまでに体験した死とは一線を画す衝撃。脳みそに直接銃弾を撃ち込まれたかのような痛みが走った。
「ユニ、立たせて」
『おう!』
床に伏し呼吸を整える廿六木を、卓也は許さなかった。
霊獣に命じ、強制的に立たせた。もちろんドレインなど通じない。
抵抗空しく立ち上がらせられた廿六木には、またも銃弾の嵐が降り注ぐ。
「―――! ぃぃぃっっっっっ!!!」
声にならない絶叫を上げて悶える廿六木。
ユニのバリアはそんな声も一方通行で、職員たちには決して届かない。
ここから更に死が加速する。
『卓也さん』
「どした? 琴夜」
『以前家に来た彼女の仲間の三人組がこっちに向かってきています』
「外園たちだな…」
見張り役の琴夜が敵の接近を知らせる。
そしてやはりといった様子で頷くと
「ユニ。こっちを引き続き頼む。血とかは適当に2層に飛ばして、ライフが尽きかけたら中断してくれ」
『わかった!』
「俺は準備室にいるから、何かあったら呼んでくれ。俺もそうする」
ユニに指示を飛ばし、琴夜と一緒に迎え撃つために準備室へと移動したのだった。
_________
「あら、移動するわね」
特対近くに停車させたワゴン車の中で、廿六木の様子をモニタリングしていた三人。
そして約束の時間から少しして、持っていたモニター画面上の点が動くのを見た変身能力の女がその様子を他の二人に伝えた。
映し出されているのは本部建物の簡単な見取り図。そして光っている点がボスである廿六木。
点がフロアの端まで移動したところで画面を建物を横から見た図に切り替えると、今度は光る点が下に向かって移動していく様子が見て取れる。
「帰るみたい。早かったわね」
点が1階に到着し再度横に動き始めたので、女は話し合いを終えて帰るのだと早合点した。
ドローン男はそれを聞き、態度には出さなかったものの内心安堵する。
ああ…、罠というのは自分たちの杞憂で、本当に廿六木の言うように今日は報告だけだったんだと。
やっぱりボスは正しかったんだと。
ところが…
「あら、入り口を通り過ぎたわ」
「何…?」
女の実況に、外園が耳を傾ける。
てっきり帰ると思っていた廿六木が入り口を通り過ぎたと聞き、他にどこに行くのだろうかと気になったのだ。
もちろん帰り際にトイレに行く、ただそれだけの可能性も全然ある。
が、念のため動向を確認するためモニターを注視した。
しかしそこには、さらに下に降りていく廿六木の様子が映し出されていくのだった。
「もっと下に降りたわね」
「……こっちは…射撃訓練場の裏口か…?」
本部の構造に疎い二人に対し、外園はある程度の構造を把握している。
だからそれが射撃訓練場の裏口に向かうためのエレベーターであることにいち早く気付く。
居住区エリアなどに向かうための上昇用とは別の、いわば地下下降用のエレベーターであると分かっていた。
他にも止まる階はあるが、廿六木が行けそうな…行きそうな階層はそこくらいだったと記憶している。
「っ…!」
嫌な予感がした外園はすぐに自分の端末を操作し、射撃訓練場の予定を調べることにした。
「新型デバイスと銃弾のテスト…表向きは整備中になってる…!? マズイっ!」
「あ、ちょ…! 外園さん!」
「業者に変身して潜入するぞ! 嫌な予感がする! 急げ!」
地下の正式な予定と、誰かがPC上に記した今日の日付と場所の予定のメモ。その乖離を拾った外園。
慌てた様子の外園に続き二人も急いで車を飛び出した。
あらかじめ用意していた出入り業者用のIDとその見た目に変身し、三人で廿六木の後を追った。
しかし元から超厳重な特対に入るのにそんなにすぐにとはいかず、無事に1階エントランスに到着したころには結構な時間が経ってしまう。
三人は急いで地下・射撃訓練場がある階へと進んだ。
(廿六木…!)
エレベーターから降りてすぐ目の前の扉が開いている。
さらにうっすらと発砲音が聞こえた。
三人は嫌な予感に汗をにじませながら、準備室の先にある訓練場へと続く扉を目にする。
するとそこには、現在進行形で撃たれ続けている自分たちのボスの姿があった。
「廿六―――!」
思わず叫ぼうとした外園。
だがそれを別の声が阻んだ。
『動くな』
「「「っ――――!!!!!」」」
地獄の底よりも暗く冷たい声。
姿は見えないが圧倒的な殺気を孕んでいる。
その声の主が、この20畳ほどのスペースに確実にいる。
怖くて動けないのか…。それもあるが、自分の体が自分の脳からの信号よりもその声の主に従った。
故に三人は瞬きひとつできずに、ただ荒れる呼吸を繰り返すしかなかったのだ。
「動けば殺す。能力を使おうとしても殺す」
ボスのピンチなのに、一歩も動けない。
どころか、全員が確信した。
今日、ここで死ぬ…と。
いつも見てくださりありがとうございます。
ようやくちょっと涼しくなってきた…




