57 油断と罠
「塚田さんからメッセージが来ました」
とあるアジトにいる廿六木のスマホが震える。
見ると差出人は塚田卓也―――まさに今日、同僚の後鳥羽璃桜と死闘を繰り広げている最中の人物からだった。
報告したいことがあるのでまた特対に来られないか、という確認のメッセージだ。
これが来るということはつまり…
「後鳥羽もついさっき汐入部長にメールを送ってた。謝罪したいだと」
廿六木の言葉を契機にすぐネットを探った外園は、後鳥羽から発信されたメッセージをここにいる仲間たちに報告した。
廿六木と外園以外に、変身能力を使う女にドローンの男がアジトであるマンションのリビングに集結している。
その者たちに、後鳥羽が今までの不正を謝罪したい意図のメッセージを汐入特公部長に送ったことを共有したのだった。
「この状況、どう見ますか?」
廿六木はまず皆に思考させる。
卓也からの呼び出しと後鳥羽の申し出。
これがほぼ同時に行われたという事実について。
「罠…よね? きっと」
「ですね…」
変身能力者とドローン能力者は罠を疑う。
タイミングが余りにも出来過ぎている点に着目し、そう結論づける。
「どのへんが罠なんでしょうか?」
「いやだって…後鳥羽は部下のほとんど全員を連れて行ってるし、塚田もヤバい仲間がいるって走入が言ってたんですよね? それでどっちもメールできるくらい無事ってありえます…?」
「つまり?」
「なんらかの取引があって一旦休戦したんじゃないかしら…ってこと。例えば―――」
「先に協力して私を殺そう…とか?」
「…とかね」
二人が懸念していることをハッキリ口に出す。
まずこの天王山で両者無事で連絡が取れる状態にあるのが不自然だと。
だから卓也からのメッセージは、二人で集中攻撃するため廿六木を特対におびき出す策なのだろうと主張した。
廿六木はその意見を聞き、なるほどと頷く。
そして反論は別のところから飛び出した。
「それはないだろ」
外薗がパソコン操作を止め、椅子をクルリと回して三人に向き合った。
「それ、とは?」
「今の主張だよ」
「どの部分でしょう?」
「だから、罠云々は置いといて、塚田と手を組んでってとこから穴だらけだっての」
大きく主張を否定する外薗。
そして二人の理論の瑕疵を指摘し始める。
「まず休戦するとしてだ…性格上、後鳥羽が"負けた側"になる事があり得ない。本来なら廿六木を呼び出すのはヤツのはずだ。でもこの状況だと塚田が”勝った側”に見えるだろう」
「…まあ確かにそうかしら」
「そもそも弟の死の一因を担ってる塚田を殺せるのに殺さないのは考えられん」
決着をつけられるなら殺すし、千日手になるとしても自ら歩み寄ることはない。
外薗は同僚の後鳥羽をそう分析し、共謀説を否定した。
「じゃあ外薗さん的にどういう状況なんですか、これは」
「勝ったんだよ、塚田が。信じ難いがな」
否定ばかりの外薗にドローン能力者が結論を求めると、あっさりと言い放った。
「塚田が勝って、後鳥羽を生かした。そこは間違いない。不死のまま降参したんだから、屈服させたんだろう。奴には催眠とか操作系能力も効かないからな。想像もつかないし、信じ難いよ…」
死なない上に、人の意見で方針を変えるとは思えない後鳥羽璃桜という男をどうやって屈服させたのか。
自分で言っててそのやり方に全く至れてないのを気持ち悪いと思いながらも、そうとしか考えられないので一端決定する。
「塚田さんが勝って、協力させて私を討つ…。その可能性は否定できていないのでは?」
楽しそうに目を細めながら問題を提示してくる廿六木に、外薗はため息をつきながら答えた。
「塚田が後鳥羽に、欺くために『部長のとこに謝罪に行け』なんて指示するわけないだろ。殺されるかも知れないんだぞ。つか、分かってて聞くな」
「ふふ…。すみません」
卓也が勝利し主導権を握り、共闘を申し出る。後鳥羽がそれを請ける。
そして戦いの決着宣言を口実に廿六木を呼び出し、同時に無関係をアピールするため後鳥羽には謝罪に行かせた。
この理論はあり得ないと強く否定し、またそれを当然分かっていながら反応を見る廿六木に注意をする外園。
それを受けて素直に謝罪をする廿六木だった。
「それで、結論としてはどうですか?」
「…まあ、塚田が単体で廿六木を狙ってくる可能性はあるかもな」
「…いやいや、後鳥羽と決着がついた翌日にですか…? そんなついでみたいに? そんなことありますか?」
「だから可能性の話だよ。実際はただ呼び出して…宣戦布告でもするんだろ?」
ドローン男は外園が唯一残ったと告げる可能性を"それこそありえない"と否定した。
激しい戦いの後に、いくら廿六木一人とはいえ、なんの準備もないままに事を構えようなどと、そんな愚かな選択をするはずがないと。それは外園も重々承知している。
だからこの状況で『可能性がなくはない』のがそれだと念を押した。
「そうですね。私も外園さんの意見に賛成です」
ここで今まで部下に喋らせていた廿六木がようやく口を開く。
「塚田さんは後鳥羽さんを下した。そしてその報告をするため私を呼んだ。明日はそれだけでしょう」
「…あなたがそう言うなら、そうなのね?」
「外園さん、ここ最近の塚田さんの動向は?」
廿六木に促されPCを操作する外園。
既に昨日までで調べられるところは調べ終わっている。
そして大きなテレビ画面に、検索結果を画像や動画、テキストでいくつか表示した。
「特に何も…。メールや電話でも後鳥羽を倒す打ち合わせと思しきもの以外はない。監視カメラにも、表向きのインターン生指導以外は、知り合い職員と談笑している様子ばかり映ってる」
「呑気ですねぇ…しっかり警戒してくれないと…」
能力により得られた情報を吟味し、戦闘はこの先であると考える特公正職員の二人。
だがその映像などが呑気に見えれば見えるほど、一定の気持ち悪さが拭えなくなる部下二人は念を押した。
「本当に明日は大丈夫なんですか…?」
「心配性ですね。私は外園さんの能力を信用していますから」
「でもホラ…カメラに映ってないところで仲間とか集めてとか」
「脅威となりそうな職員は軒並み明日は出勤だからな。まさかインターン生だけ連れて勝負を仕掛けには来ないだろうしな」
「ミリアムの…例の塚田の助けた高校生たちは協力しそうじゃないかしら…?」
「そちらは既に監視を付けています。問題ありません。それに―――!――――。――――?」
廿六木は、努めて冷静を装っているが、興奮していた。
自分の見出した男が、常人では勝負にすらならないほどの相手を下したことに。
自らの先見性と、目の前で美味しく実る果実。そして自覚していない"もう一つの願望"
すぐにでも手を伸ばしたい。でも我慢しなければ。せっかくここまで育てたのだから食べ方にもこだわりたい…。
内在する相反する感情を必死に抑え込んでいる状態だ。
罠の可能性を突き詰めればいくらでも候補があるのは理解しているが、『後鳥羽のついでみたいに勝負を仕掛けてほしくない』という感情が先行した。
これが結果的には彼女を地下訓練場に誘う事に…。
外園も、誰よりも警戒していた人物だったが、珍しく廿六木と意見が一致していた。
以前卓也の家で、彼に能力を評価されたことが自信になっていた。
前までは素直に受け取れなかった廿六木からの称賛も、悪くないと思い始めている。
卓也の"毒"が緩やかに回り始めた証拠だ。
以前の捻くれた警戒心を以てすれば『意見が一致しすぎている』と警戒心を強めたかもしれない。
だが今はこれだけ探っても問題ないのなら大丈夫と、自身の能力の有用性を疑わなかった。
今回は使わなかったが、位相の違う場所での準備など、電子の世界以外にも抜け道は存在することを留意できていない。
「じゃあこうしましょう。一応、特対の近くで待機して、すぐに駆け付けるようにします」
「食い下がりますねぇ…」
ドローン男の提案に呆れながらも承諾する廿六木。
そして一夜明け…
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「撃てーーーーーーー!!!!」
号令とともに放たれた銃弾は正確に廿六木の体をとらえた。
絶命に至るには十分すぎるダメージ。
死ぬまでの僅かな時間に、死に慣れていた彼女は取り乱すことなく、冷静に逡巡した。
(あれは…四十万派の職員…でしょうか。躊躇いなく私を撃ってきた? いくら上司が利害関係にあるとは言え、表向き特対職員候補の私を手にかけるとは考えづらいですね…。催眠…でしょうか)
およそ二十人近くの職員が射撃台に並んでいる。
並び方から、四~五人ずつローテーションで撃つと予想ができた。
それよりも廿六木は躊躇することなく致命傷を与えてきた行為に疑問を覚える。
いくら上司命令と言えど、犯罪者でもない、身内のような人間を簡単に殺そうとするのだろうか…と。
能力犯罪者をやむを得ず手にかける時だって1課以外の人間は躊躇うのが普通なのに、四十万派と思しき職員にはその様子がない。
そこから廿六木は何らかの催眠・操作系能力の使用を疑う。
(どちらにせよガッカリです…。こんな稚拙な攻撃、ただ私に正当防衛の理由を与えるだけ。復活したら、弾をお返ししなくては…)
そこで廿六木は倒れ、意識を失う。
復活した後の予定をきっちり決め、無駄のない動きが出来るよう段取りを完了させた。
そして、能力は発動する。
「…さぁ、お返ししますよ…!」
自分を殺した銃弾に生命エネルギーを吹き込み、宙に浮かせる。
そして射撃台にいる職員に狙いを定めた。
以前自分を襲ってきた後鳥羽の部下に対する反撃と同じ。少しずつ削っていけばいいだけ。
もし卓也が途中で姿を現したら、死なない程度に生命エネルギーを吸い取る。今はそれのみに集中。
しかしそんな廿六木の計算はすぐに狂うことに。
(弾かれた…?!)
命を宿した弾丸は廿六木の前5メートルくらいの地点で"何かにぶつかり"落ちてしまう。
単独の命令しか遂行できない弾丸はそこで一生を終える。
代わりに、廿六木の頭と体には追加の銃弾が飛んできたのだった。
(一方通行…! こちらの攻撃は効かないのに、向こうからは来る…。そんなバリアが…)
着弾の衝撃でのけ反る廿六木。"2機目"のライフがもうすぐ尽きる。
それを少し離れたところで透明になりながら見ている卓也は。廿六木の考えていそうなことを予想し、心の中でつぶやいた。
(そんな夢のようなバリアが、あるんだよなぁ…ウチのユニならね)
廿六木を囲むように、不可視・一方通行の檻のようなバリアを展開する卓也とユニ。
奇しくも彼女が知りたがっていた霊獣の情報の一端を、自らの身を以て知ることになる。
いつも見てくださりありがとうございます。
なんかレタスとかキュウリ食べると胃もたれするように…




