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【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
【卓也VS廿六木VS後鳥羽 下】
401/417

48 私もそう思っていた

 またしても、時間は船が登場する前に遡る。

 ジャージに目出し帽姿の魅雷を追うように、後鳥羽の部下である眼鏡の女性が走っていた。

 双方、被害が一致し誰にも邪魔されない場所まで離れていく。

 しかし後鳥羽の部下の女は自身の能力が他の仲間を巻き込む可能性があるため途中までは付いて行っていたが、引き離されすぎて他の者の援護に回る時に面倒だと感じ、やがて攻撃態勢に入った。


(【全方位的小惑星(ファンファンビット)】…!!)


 女は左右のズボンのポケットから3本ずつボールペンを取り出すと、そこに泉気を注入する。

 そして一定量のエネルギーがチャージされると、やがてボールペンは手から離れ飛行を始めた。


全方位的小惑星ファンファンビット

 対象に気を込めて操ることのできる能力。気を込められたその物体は空を飛び、ビームやエネルギー刃によるオールレンジ攻撃が可能となる。

 込めることのできるエネルギー量は物体の大きさに比例し、消しゴムやボールペンくらいの大きさだとそこまで気を貯蔵出来ないが推力や揚力に使うエネルギーが少なく持ち運びにも便利なため、取り回しの良さから愛用していた。


 能力の対象にできるのはラグビーボールくらいの大きさまでであり、それ以上の物は動かせない。

 また、重すぎる物は対象にできても、十分な推力・揚力を得るための気が込められずただの砲台になってしまう。


(…ミサイル? いや…これは)


 前を走る魅雷に、『マニュアルで動かせる限界』である6本のペンが迫る。

 速度を落とさないまま視線を後ろにやり、最初はそれを能力で作り出したミサイルだと解釈した魅雷。

 しかし何本かが自分の前に回り込み向きを変えた事で、ミサイルとは別の何かだと理解した。

 そして―――


「堕ちろ!」


 女の合図でペンから一斉にビームが発射された。


「あぁ、こういう…」

「…ちぃ!」


 6方向からのビーム攻撃…だが、足を止めた魅雷はこともなげに空中に発生させた氷の盾(というにはあまりにも小さく薄い板)で防ぐ。

 ジジジ…となにかを焼く音が響くが、魅雷の作り出した氷の盾が消耗している様子は一切無かった。

 盾は128層の極薄の氷からなっており、表面の何層かが破壊されてもその度に後ろに新たな層が形成され形を一定に保っている。


 普段は間に空気の層を作り断熱効果を持たせたりするが、今回は別の意図があった。


「全く効かない…ならっ…!」


 ビームでは有効打を与えられないと判断した女は操るペンの内2つのビーム射出を止め、ナイフ状にエネルギーを形成・固定する。

 そして盾の隙間を縫うようにして飛ばし、直接魅雷の体を貫こうとした。


「それも無理でしょう」

「―――っ」


 だが空中に発生した氷の剣が攻撃を阻んだ。

 空気中の水分を凍らせた、限りなく透明に近い美術品のような2本の西洋剣。

 発生速度は琴夜ほどではないにせよ、飛翔する物体を打ち落とすのは容易いレベルのそれは、何度も反復した特訓の成果と言える。


「くそ…時間切れか…!」


 刃が通らずビームも効かない膠着状態が30秒ほど続いたところで、女は残った4本のペンを自分の手元へ戻す。注入した泉気がエンプティーとなったからだ。

 そうでなくても、今のまま攻撃を続けても効果がないため、どっちみち仕切りなおす必要があった。


「こっちも行くわよ」


 思い思いのルートで主のもとへ戻ったペンと、新たに取り出した2本のペン。女がそれらに気を注入している最中に、魅雷が動き出した。

 周囲の冷気が一層強まり地面から氷が発生し始めると、やがてそれはつま先から頭までを象り、西洋の甲冑を身に着けた騎士が魅雷の前に現れたのである。

 そして最後に空中の剣を右手で1つ掴み、左手には氷の盾が具現化した。


「それが貴方の十八番ってワケね…。受けて立つわ」

(別に十八番ではないけど…)


 普段魅雷はこのような戦法は取らない。

 しいて言えば、ただ何となく…これを具現化したかっただけだと本人は認識している。が、勿論これは今戦っているであろう琴夜と卓也の融合した姿を無意識に模していた。


「これならっ!」


 チャージが完了した後鳥羽の部下の女は両手に3本ずつペンを持つと、そこからサーベル状にエネルギーを放出・固定した。

 3本分のエネルギーが束ねられたビームサーベルは相手を焼き切るため、煌々と光と熱を放っている。

 威力重視の近接戦法だ。


「はぁっ!」


 ビームサーベル2本を携えて魅雷の元へ突進していく女。

 ただ、当然本体を攻撃させまいと氷の騎士が二人の間に割って入った。

 そして透き通った両刃の剣で迎撃する。


「ぐぅ…! 硬…」


 両手のサーベルを氷の剣1本で受け止めた騎士。

 先ほどと同様にジジジっと焼ける音がするも、剣の体積が目減りしている様子は無い。

 それが女の目には『自身の攻撃では壊せない剣』に映り、早々にバックステップで距離を取った。


「このォ!」


 今度は離れたところからペン5本分を束ねたビームショットを両手に持ち撃ちまくる女。

 後鳥羽には遠く及ばないものの、5センチの鉄板を貫通するくらいの威力はあるビーム。だが、ことごとく騎士の盾に弾かれてしまう。


 物言わぬ氷の騎士はじっと後鳥羽の部下を見据える。


「ライフルでは…駄目か…?」


 ペンの出力ではどんなに束ねても氷を突破できないと判断した女は、これまで背負っていた『2つの細長く硬い円筒状のケース』を前に構えた。

 取っ手を持つと、腰のあたりでしっかりと構え、そして―――


「これならっ!」

「……武器が入ってるんじゃなかったのね」


 2本のケースの先端にエネルギーが収束していく。

 魅雷の指摘通り、ケースの中身は空。つまりただの円筒である。

 これは自身の気を強く放出するための砲塔。飛ばして操るにはやや不便なこのケースは、始めからこの運用のために持っていたのだ。

 そして女はこれこそが自身の能力の本領だと確信していた。


 推力も揚力も考えない、エネルギー源である術者と直結した2本の砲:Variable Shoulder Pouch Rifle(2本の肩掛けポーチ砲)から強力なエネルギーが放出される。

 そのパワーは後鳥羽の熱線にかなり迫る勢いだ。


 魅雷も、盾をサイズアップして受けて立つ。

 直後、これまでにない衝突音と光が空間を支配し、静寂が訪れるまでに数秒かかった。

 そして勝敗が決した。


「……………強力すぎるわね…その盾」

「そ? ありがと」


 騎士の盾は綺麗な状態で残っていた。天園の日差しを反射し、まぶしく光っている。

 また、こっそりと具現化した氷の剣が女のケースを両断し、その強力な砲撃を封じる魅雷。

 これで完全に打つ手がなくなり、女は観念した。


 結果だけ見れば魅雷の実力の3分の1も引き出すことが出来なかったのだが、座して死を待つわけではなく、破れかぶれの一言を放つ。


「ねぇ…」

「ん?」

「アナタ…私たちの仲間にならない?」


 女の口から飛び出したのは、まさかのスカウトだった。

 これはさすがに予想外だったのか、敵の作戦かもしれないと思いつつ魅雷は攻撃を止め話を聞いた。


「…正気? 負ける方につくバカがいるとでも?」

「…っ! 璃桜は負けないわ。絶対勝って…殻を打ち破るに決まっている…!」

「…あんた、後鳥羽ってやつが好きなの?」

「……そうよ。悪い?」


 女は自らの恋心を吐露する。

 それは誰にも明かしたことのない気持ち。

 土壇場でようやく漏れ、相手が魅雷だからこそ気付けた程度の秘めたる揺らぎ。


 また、後鳥羽のことをよく観察していた女だからこそ、彼の秘めたる苦悩の片鱗にも気が付いていた。

 故に、この戦いが後鳥羽にとって最も重要なターニングポイントであると分かり、なりふり構わずこのような交渉を持ちかけたのだ。


「あなた、辻斬り姉弟の姉でしょ…!? どうして塚田の仲間なんかになってるのよ? どうでもいい相手なら引っ込んでてよ!」


 至極勝手な言い分。

 誰の仲間になろうが、どんな理由があろうが、魅雷の勝手である。

 しかしこの言葉はタイムリーに魅雷に刺さった。


「そうね…」















 __________________














『卓也くんがいない世界なんていらないわ』

『卓也が死ぬなら、その時には私も近くに居たい』


 いのりちゃんに竜胆さん…。

 彼女たちのお兄さんへの傾倒っぷりはすさまじい。

 正直引いてしまう時があるくらい重い。

 他にも好意を寄せている人はいるっぽいけど、今のところ頭抜けてこの二人が強く好意を発している。

 だから一緒にいて会話をしていてもギャップを感じることが増えてきた。

 なんでそこまで入れ込めるのだろうか…と。


 両親の愛が反転してしまった経験のある私には、そこまで他人を愛する自信がなかった…。


 魅雷A『もういいじゃない! 稼げるようになったらさっさとあの屋敷を出て、新しい愛を探せば!』

 魅雷D『世の中にはもっとイケメンな男なんて山ほどいるし、私なら可愛いから水鳥さんみたいなアイドルになるのも簡単よ!』


 私の中の天使と悪魔が同じような事をささやいてくる。普通は相反することを言うのが役割だろうが、と思うが…

 でも、そうなのだ。

 能力の事が公になったこの世界なら、私は結構いい感じなんじゃね? と思う。

 可愛いし、能力は超超強力だし、モテるし、可愛いし。

 鶏口牛後なんてもんじゃない。私がこの家に居ることの方が世間の損失だ。


 魅雷A『あの人に関わったら、これからも無駄に危ない目に巻き込まれるかもよ?』

 魅雷D『これが終わったらもう関わるなって言おう? なんなら今から言おう?』


 今からでも間に合う。

 いや、本当はもっと早くに言ってもよかったくらいだ。

 お兄さんも私を危ない目に巻き込みたくない的なスタンスだし、ガッカリなんてしない。

 お世話になった恩は稼ぐようになってから返せばいいし。


 そうだ…なんでずっとここに拘ってたんだろう。

 前の私ならもっと早く気付いていたじゃない。

 どうして…?


 魅雷?『だって…』


 …?







『魅雷? 大丈夫か?』


 お兄さんが私を呼ぶ。

 本番前の最後の打ち合わせ。特対から別の位相を通ってこっそり帰宅している。

 このあとは敵の襲撃まで会うことはない。もしかしたら本当に別れ…なんてこともありうる。

 そんな貴重な時間にも拘わらず、私は心ここにあらずだった。


『姉ちゃん? どっか悪いのか?』

『平気よ…ごめんね』


 私はお兄さんと冬樹に心配をかけないよう明るく振舞う。

 これから大きな戦いに臨もうという二人に『参加したくない』なんて考えてると知られたら士気が下がりかねない。

 いのりさんがいて万が一心を読まれていたら怒られていたかもしれないわね。

 そう思った私は気持ちを切り替えて、今回は戦いに集中しようと決意した。

 しかし


『無理しなくていいんだぞ?』

『ホント大丈夫だって』

『そうか?』

『ええ』


 損な性格の私。


『ならよかったよ』

『…何がよ?』


 ちょっとぶっきらぼうに返す私に、お兄さんは私の肩に手を置きながらこう返す。


『いのりや志津香は周りが見えなくなる時があるから、魅雷が居てくれると安心だ』


 ――――――――


 ――――


 ――


 魅雷?『私が一番辛かった時、手を差し伸べてくれたでしょ。それだけで十分じゃない?』















 __________________


















「私もそう思ってたんだけどねぇ…」

「ひぃっ……!?」


 どうでもいい相手という女の言葉に同意する魅雷。

 しかしその言葉とは裏腹にどんどん泉気を漲らせていく様子に、女は戦慄する。

 どの部分がそうなのか、何がダメだったのか。ほんの数秒前までは普通に話せていた。

 なんなら呆れていたくらいだ。

 自らの落ち度が分からないが、地雷を踏みぬいた事だけは確かだと感じる女。


「中々分からないモノよね、自分の心なんて」

「う…あ…」

「それじゃあ、さようなら」

「…ああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 女が叫び魅雷から離れようと走り出した瞬間、魅雷を中心に半径500メートルから熱が消えた。

 のどかな草原の中でそこだけが、あらゆる生物の進入と脱出を拒む氷獄となる。

 色と温度のない真っ白な世界で動くことを許されているのは魅雷のみ。

 相手の女もまた、物言わぬ氷像となってしまった。


「…ま、しばらくは大丈夫かしらね。あとでお兄さんに褒めてもらっちゃお♪」


 後鳥羽と決着をつけ女を回復させに来た卓也に褒められることを想像し目を細める魅雷。

 本気を出せば半径2キロを凍土に変えることのできる出力の彼女もまた、現実での解放を許されない術者の一人であった。


「………この沼気は市ヶ谷さんかしら…? って、何か沢山浮いてるし…!」


 遠くに感じる気と、船の大群に驚く魅雷。

 一方…



「おいおいおい…何か氷とか船とかドス黒いのとか、知らねー能力いっぱいじゃねーか。規模どうなってるんだぁ?」


 志津香と遠くに離れた男が感嘆の声を漏らす。


「それに比べて、おたくのはちっぽけだなぁ、ええ? おい」


 少し離れたところでは志津香が跪き、肩を押さえて息を切らしていた。


「おたくだけやって、さっさと逃げねーとな」


 男はこのあとの計画を頭に巡らせるのである。

いつも見てくださりありがとうございます。


シャドバずっとやってる。

止まりませんな。

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