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【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
【卓也VS廿六木VS後鳥羽 下】
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47 妖刀

 戦艦登場から少し時は遡る。

 一団から離れた市ヶ谷と、それを追う老いた侍。二人は猛スピードで天園を駆け抜けていた。

 そして市ヶ谷が『ここなら沼気を開放しても皆を巻き込むことはない』と判断できるくらい離れると、一旦足を止めて侍の方へと振り返った。

 しかし侍の方は走る勢いそのままに刀を市ヶ谷目がけて振り下ろす。


「…っと」


 市ヶ谷は身を翻しギリギリで躱すと、逆に侍に向けて横薙ぎを繰り出した。

 それを最小限のバックステップで躱した侍が再度斬撃を繰り出す。

 それをギリギリで避け、斬り、避け…

 二人はしばらく無言で斬撃の応酬を続けたのであった。


 この場には、刃と刃がぶつかり合う金属音もなければ、漫画のように斬撃を飛ばすといった事もない。

 お互いが必殺となりうる斬撃を出し、それを互いがギリギリで避け、また斬撃を放つ。

 ヒュンっという刃が空を切る音だけが何度も響き渡ると、やがてどちらかともなく距離を取り最初の応酬に区切りがついた。


(このじいさん…本当にじいさんか…?)


 市ヶ谷は内心驚いていた。

 老齢とは思えぬ脚力、速力、そして体力。

 走りで自分についてきただけでなく、何度も斬り交わしてなお未だ息は切れておらず、余裕の態度でこちらの首を狙ってくる。

 現代人とは思えないくらい剣に生き、剣に捧げ、剣にのめり込んできたことが立ち振る舞いから分かった。


(もう開放するか…)


 長期戦にしたところで意味のない市ヶ谷は早くも"刀の解放"を目論んだ。

 ところが、敵である侍から意外な言葉がかけられた。


「おぬしのその刀…良くできておるな」


 沼刀ミザール

 星の名を冠する刀は、黄泉の国の住人で武器職人のスミさんからもらったオーダーメイドの武器である。

 職人が心を込めて打ち、長年沼気に漬け込んだそれは現実世界での開放を禁じられていた。

 故に今市ヶ谷が振るっているものは、まだ本来の力を開放しておらず、ガワだけのハリボテ同然と言える。

 それでも、そんじょそこらの刀ではまさに太刀打ちできないほどの業物であった。


「しかも長年刀を見てきたが、初めて見る作風じゃ。同じ刀匠の他の作も見たことがない。なんじゃそれは…?」

「……………分かるんだ」


 "業物"と言われ思わず聞き返す市ヶ谷。いや、聞き返してしまったと言う方が正しい。

 本来なら敵とは会話など交わすつもりはなかった。

 余計な情報を渡さないよう全身を衣服で覆い、体格以外は分からぬよう徹底していたのだ。

 そんな市ヶ谷が唯一反応するとすれば、恩人からそれぞれ賜った“剣技”と“七ツ星”であり、刀剣フリークである侍は図らずもそのツボを押したと言える。


「分かる…とは刀の事か? 勿論分かるとも。ワシにはこれしか無いからのぅ。古今東西あらゆる刀剣を見てきた。そして書物や記録になくとも、それが”妖刀“の類であることも分かるぞ」

「…すごいね」

「行き着く先は皆似たようなもんじゃ」


 侍が刀を前に掲げる。その刀身は赤黒く、禍々しいオーラを発していた。

 能力者でなくともその不気味さから、刀が不浄の代物であることが分かるほどだ。


「こいつは三条宗近作で、切腹の際の介錯に使われていた刀じゃ。人の血を吸い、妖刀になった」

「よく斬れそうだね」

「そうじゃろう。千年以上経ってなお、切れ味は増すばかり。様々な刀剣を見てきたが、どんなに名刀と呼ばれるモノも、斬り続ければやがて刃は劣化し衰えていく。映画なんかじゃ一振りでバッサバッサと相手を斬り伏していくシーンがあるが、ありゃ嘘じゃ。実際はすぐに血糊と脂で斬れなくなる。日々の手入れを怠ってもすぐに斬れなくなる。じゃが『斬れば斬るほど育っていく刀』があることを知った。それがこれじゃ」


 話が合い、聞いてくれる相手に気を良くした老人は自分の刀遍歴を嬉々として語り始める。

 後鳥羽の部下にはこれを理解してくれる者が居ないのと、年配男性特有の『若者に武勇伝語りたい欲』が首をもたげ、長く話は続いた。


「だからこそ解せん」

「…なにが?」

「おぬしの刀じゃ。発する気は妖刀のそれそのもの…にも関わらず何故そんなに輝きを保っていられる? 血や呪いを帯びた刀はもれなく色が闇に染まっていくはず。じゃがそれは作られてから一度も使っていないかのような、まるで美術品ではないか」

「コレは―――」

「それにおぬしの剣技もそう。目元や声の感じからして若造…じゃが剣技は一流ときたもんだ」


 市ヶ谷が喋る隙もないくらいに饒舌な老人。

 いかに市ヶ谷がイレギュラーな存在かの弁が止まらない。


「まるでワシの師匠が生きて今日まで研鑽を積んだかのような太刀筋…流派は違うが、そんな凄みを感じる。まさかおぬし…能力で現代に蘇った過去の剣豪ではあるまいな…?」

「いや、そんなことは…」

「まあ仮にそうだとしても言えんわな」

「…………」


 なんだかなー…と言った様子の市ヶ谷。

 老人の話は相手がいるにもかかわらず自己完結型の独白に近かった。

 そしてひとしきり喋り終えたところで、老人は刀をおもむろに鞘に納めると刀を差した方の半身を後ろに下げ、手を柄に添える。


「…抜刀術」

「もうおぬしの正体などどうでも良いわい。次の一太刀で…斬る…!」


 カッと目を見開くと、凄まじいプレッシャーが放出される。

 剣技一本で後鳥羽にスカウトされた男の必殺宣言。

 その他大勢の後鳥羽の部下たちでは近づけもしない剣の間合いは、刀身の長さとイコールでは決してないことを、市ヶ谷も気付いている。


 だから決断した。

 刀の解放を


「さっき『どうして妖刀なのに綺麗なんだ』って聞いたよね」

「? それがどうした?」

「答えは…空っぽだからなんだ」

「…何を言っておる」

「"本来の姿"から力を抜き取ったのがコレ。ギリギリ人間界でも使える状態。でも…アナタは妖刀で沼気の耐性も軽くあるみたいだから、見せてあげるね。ミザールの本当の姿を」


 今度は逆に市ヶ谷が刀を前に掲げ、相手に見せるようにする。

 そして一言…



()らせ ミザール」



 市ヶ谷が言う必要のない解号を唱えた瞬間、刀を中心に凄まじい沼気が放出された。

 老人には"この世のあらゆる不吉"が一気に波となって襲い掛かってきたかのような、そんな錯覚さえ感じる。

 仄暗い暴風は一昼夜吹き続けたと思えるほど強烈に、戦列に、辺りを埋め尽くし抜けていった。


 そして長く感じた一瞬の解放が落ち着くころには、市ヶ谷の手にある刀が老人の持つそれとは比較にならないくらい暗く黒いオーラを発するようになる。

 決して常人に向けてはいけないその刃の切っ先が、妖刀に魅入られた侍に向けられた。


「は は は は は は …!」


 高笑いにも似た声を放つ老人。だが顔からは汗が吹き出し、声とは裏腹に苦しそうな様子を見せる。

 そして腰に差した刀を鞘に納めたまま帯から抜くと、市ヶ谷に見えるように掲げた。


「見てみい! ワシもそうだが、この刀が怯え震えておるわい…。今すぐにこの場から離れたいと泣き叫んでおる。こんな様子は初めてじゃ」


 見ると刀は小刻みに震えていた。

 だが市ヶ谷からしたら手と刀のどっちが震えているのか判断が付かなかった。

 ビビっているのを隠す冗談か…? と一瞬迷うくらいだ。


「さぁ! 殺れ! 勝敗は決した」


 刀を右手に持ったまま両手を横に広げ白旗を振る老人。

 まだ解放しただけで、その圧倒的な差に観念したのだった。


「それじゃ、遠慮なく」

「応! ワシを殺すのが病気や寿命ではなく、刀で良かったわい!」


 満足そうな老人に市ヶ谷の一閃が入る。

 そしてその後、老人は力なく地面に倒れた。

 意識を刈り取られたのだ。


「殺さないし…」


 市ヶ谷のミザールが意識だけを斬り、念願叶うことなく勝敗はついた。

 剣士対決は塚田軍のホープに軍配が上がったのである。


「……ってうおっ! 空に船あるし」


 市ヶ谷は遠くに見える疋田の戦艦に気が付き、今日イチの声を発した。

いつも見てくださりありがとうございます。


シャドバ ワールズビヨンド

初対戦からさっそく切断されました。

シャドバの民度って感じですねー

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