35 添い寝サービス
「卓也…南峯さん……」
志津香は、今日が卓也にとってXデーであることを知っていた。
しかし任務があったことと、本人が『大丈夫』としきりに言うため、渋々同行を諦める。
それでも任務中は植物を通して特対本部にいる卓也の様子は分かるよう気を配っており、帰還した駒込班がどれほど凄まじい戦いを繰り広げたのか…その一部始終をこっそりと聞いていた。
そこで午前の任務を早めに終わらせた志津香は取るものもとりあえず卓也の部屋へと向かったのだが、そこには寄り添う卓也といのりの二人がいた。
瞬間理解する。
十中八九いのりのことを卓也が呼び出し、彼女もそれに応じたのだと。
制服姿な事から、学校があるにも関わらず呼んだのだということも察した。これが彼らの信頼関係なのだと…
知り合う時期の差だけなら、いのりが知り合ったのは志津香が特対で卓也と会う一ヶ月ちょっと前に過ぎない。
しかしneighborの件や横濱の件、ミリアム、ネクロマンサー、懸賞金事件など、二人で過ごした時間の密度は一般の人が共に過ごす10年分を遥かに凌駕する程だ。
志津香も、卓也と共に過ごした時間の密度で言えば常人よりも遥かに高い。
が、それでも二人に比べれば見劣りしてしまうのも確かである。
だが志津香は退かない。
黄金の精神は彼女を卓也の部屋の中へと進ませ、攻勢へと転じさせた。
「志津香…?」
卓也が不思議そうに呼びかける中、志津香は部屋へ入ると入り口近くの椅子の背もたれにかけてある“任務で使用したと思しきベストとインナー”を手に取り確認した。
もちろんこの時点では卓也もいのりも志津香の行動の真意が読めてない。
わざわざ息を切らせて駆けつけたのにすることがコレなのか? といのりも心の中で呟いた。
だが志津香は見つけた。懸念していた事実を裏付ける証拠を。
そして、二人の関係に近付く突破口を。
「これ」
「………血か? コレ」
志津香が見つけたのはインナーに付着する血のアトだった。
肩周りと胸のあたりに何箇所か、赤い点が見受けられる。
これは卓也自身の血痕。後鳥羽との戦いで何度か手を吹き飛ばされた際に飛び散ったもの。
袖の先端は焼き切れてそれを能力で直したため綺麗な状態だが、一度も焼かれていない場所には生々しい血のアトが残っていた。
それを二人に見せるようにして前に掲げると、志津香はこう言い放った。
「卓也は無茶ばかりする。少しは自分を大事にして」
それは、言うなれば圧倒的な献身力。
いのりが包み込むような慈愛の心ならば、志津香は三歩後ろで支える縁の下の力持ち。
いのりは卓也に近すぎるが故に忘れていた。戦闘中の無茶による傷や怪我、それに伴う痛みを、志津香は気遣ったのだ。
無論卓也は今さら痛みなど気にしていないし、精神的に引きずることはない。
だからそれについて心配しなかったいのりに対し『配慮が欠けている』等と卓也が思うこともないのである。
故に、この行為により影響を受けるのは、卓也ではなく―――
(………やるわね)
傍らで寄り添ういのりだった。
圧倒的優位にいると油断していたいのりに、志津香は焦りを植え付けたのだった。
「あぁ、今日の相手はかなりの強敵でな…。実験とかじゃなく何度か体ぶっ飛ばされちまったよ。特洗とこに出さないとな」
「痛みとかは平気?」
「もちろん。でもありがとな」
卓也は一度立ち上がると志津香の方へ行き、ベストとインナーを手に取りバスルームへと入る。
血液や酷い汚れは各個人がランドリーで洗うのではなく、専門の洗濯に回すことになっていた。
その専門の洗濯を”特殊洗濯“と呼び、卓也は特洗と呼んでいる。その特洗に回すための専用の袋を取りに、バスルームへと足を運んだ。
その間に志津香は動いた。
ベッドに座るいのりのもとへ。
「…竜胆さん」
無表情で近付く志津香に少し気圧されるいのり。
それほど会話をしたこともなく、卓也のように表情から細かく感情を読む術を持たないため、至極当然の反応であった。
唯一、卓也に気がある事だけは察していたので、この状況について何か言われるであろうと覚悟する。
ところが、志津香は意外な反応を示したのであった。
「卓也は目を離すとすぐ無茶をする。だから一緒にフォローして欲しい」
「…へ?」
理外の提案にいのりは間の抜けた声を発した。
そして一緒にフォローをするということが何を意味するのか。捉え方が無数にあり、意図を汲み取りかねるいのりであった。
「どういう…意味で言っていますか。竜胆さ―――」
「志津香でいい。私もいのりって呼ぶ」
「志津香…さんは、卓也くんを好きなんですよね…?」
「それはそう。世界で一番好き」
表情は変えないまま大胆な告白をする志津香。
卓也は未だにバスルームで袋を探している。
「…私もです」
「知ってる。でも今のままじゃ卓也は突っ走ったまま燃え尽きる。だからブレーキか必要」
「ブレーキ…?」
「そう」
独特な志津香の話のテンポに置いていかれそうな感じのいのり。
しかしいのりの心情とは関係なく話はどんどん進んでゆく。
「無謀なことはしなくなったけど、まだ無茶はしてる。それがさっき分かった。だから誰かが支えなくちゃいけない。それが私たち」
「…具体的にはなにを?」
「こうするの―――」
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「いやぁ…袋を変なとこ入れてたみたいで中々見つからなかっ―――んん?」
洗濯に出すための袋が見つかりバスルームから出てくると、そこには意外な光景が広がっていた。
いのりと志津香が並んでベッドに座っていたのだ。
彼女らは別に仲が良いわけでも悪いわけでもないと思うが、まさかいきなりその距離感になるとは思いもしなかった。
しかし空気感だけが妙におかしい…。先ほどからいのりは緊張した様子でチラチラとこちらを見ている。
何か企んでいるのか…?
「ねえ卓也くん。疲れて…ない?」
「え? あ、まあそりゃ疲れた…な。結構ハードな戦いだったし。だから作戦を伝えたら昼飯でも食って一休みするかなって」
「私たちが疲れを癒やす」
「癒やすってどういう…わたし"たち"?」
何やら良からぬ企みが見え隠れし始めるが、俺は折角の厚意を無下にするのも悪いので言われた通りベッドに仰向けになった。
少しの時間だけという事だしマッサージでもしてくれるのだろうと考えていたのだ。
ところが…
「…えい」
「失礼」
「……いやいや」
なんと二人はベッドの両隣の狭いスペースにそれぞれ入り込み、俺と同じく仰向けになったのだった。
しかもシングルベッドなので、手で支えてやらないと落ちてしまうくらいぎゅうぎゅうだ。
もうこれ、そういうサービスなのでは?
「あの、流石にシングルベッドに三人は狭いんだけど」
そういう問題でも無さすぎるが、とりあえず退いてもらうための口実を述べてみた。
「じゃあ、こうすればいいわね」
「そう」
「oh…」
二人は仰向けから、俺に半身を預けるような状態でうつ伏せになる。
当然触れる面積は増え、しかも正面と正面になってしまう。
確かにこうすればスペースの節約にはなるな。
違う…違う…そうじゃ…そうじゃない。
服越しでも二人の体温が伝わり、息遣いが分かるくらい密着している。
これじゃ"癒し"じゃなくて"いやらしい"サービスだ。
「……………男は狼だから気を付けなさいって、二人組のお姉さんから教わらなかったのかな?」
「…? 初耳だわ」
「私もそう」
ですよねー
俺も世代じゃないし、分かるわけないよねー
「この癒しサービスは誰の発案なんだ…?」
「私」
「志津香か…」
「小さい子供に親がやる添い寝から着想を得た」
嘘つけよ。
確かにピース出身者は世間とは違う育ち方をした人の集まりだが、そこまで世間知らずでもないハズだ。
成人した男女がやる行為ではないことを志津香が知らないハズはないのだが…
「ふっ」
「っ! ……………………………は?」
突然志津香が俺の耳に息を吹きかけて来たため、思わず体がビクッと反応する。
一体なんなんだ…?
「弱点を調べてる」
「………後鳥羽の仲間だったのか? 志津香は」
「この情報を流せば、相手は息を吹きかけてくる」
「……オエ」
ヤツに耳に息を吹きかけられる姿を想像したら、思わず寒気が…。
しかし本当にこの部屋来てから突飛な行動ばかりだな、志津香は。
そしてそれに感化されてなのか、いのりもおかしくなっちまってる。
そんな事を思っていると、今度はいのりから提案が出された。
「一旦目を瞑って、卓也くん」
「いや、目って…今度は何をする気だ?」
「しないわよ、そんなこと。私たちは本当に休んでほしくてやってるんだから」
「だったらどいてくれた方が休まる―――」
「いいからホラ」
そう言っていのりは手で俺の目を覆い隠した。
そこまでされてしまうと俺も目を開け続けるわけにもいかず、自然と瞼を下げる。
暗闇。
部屋の明かりはまだ点いているが、いのりの手がカバーしてくれているおかげで寝る前の状態にはとりあえずなっている。
ただし顔に置かれた手と、体に密着する二人の体温。そして声に神経が集中しているおかげで、安眠モードにはいけそうにないのだが。
「きっと昨日より疲れているから、少しでも仮眠を取るべき」
「じゃあさっきより引っ付いてくるのを止めてもらえるか?」
「目を瞑って喋らなければ寝られるわよ、人間」
「ほっぺたに手を添えないでくれる? なんかイヤなんだけど」
寝ろという割には行動が矛盾しているんだよなぁ…
こんな状況で寝られるわけ―――ない―――だろ―――
「「…寝てる」」
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「すぅ…」
「……余程疲れていたのね…まさか本当に寝られるとは思わなかったわ」
「それは、そう。相手はエリートだらけの組織でも上位の強さを誇る相手。私たちに魅力がなかったわけでは決してない」
強めに力説する志津香。その表情からは、強い憤りが感じられたり感じられなかったりしていた。
「一先ず、勝負はお預けね志津香さん」
「分かった。でも私は負けない」
「こっちのセリフよ」
志津香からの停戦協定を『今のこの状況で、卓也の前でみっともなく騒ぐのは止めよう』という意思だと解釈したいのり。
それについては賛成だし、この件が片付いたら特対とはまた離れるだろうと思っていたいのりはそこまで深くは考えていなかった。
ところが志津香の恐ろしい策略は、もっと先を見据えていた…という事をあとになって知るいのりなのである。
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