29 偵察からの報告
「………なるほど、よく撮れてますね。これはどうやって?」
アジトでパソコンに向き合う廿六木 梓。
目線はモニターに向いたまま、スピーカーモードにしていたスマートフォンの奥の相手に語りかける。
先程までの後鳥羽と卓也の激闘の動画に少し興奮し、これを撮影し送ってきた自分の部下に映像の入手方法を確認した。
こんな大迫力の映像…監視ドローンの乗っ取りではありえない画角、動き。
もちろん偵察として派遣した部下の能力でも不可能であることを理解したうえでの質問である。
『いえね、保険として同じ班の人たちの首輪デバイスにちょこっと"仕込み"をね…? それでたまたまその内の一人が、結界の中に入り込んで塚田たちと共闘の流れになったみたいで。いやーラッキーでした』
「それは良かったですね。油断して早々にトバされたようですが、汚名返上が出来ましたね」
『アハハ…あのままじゃ帰れなくなるところでした』
「ふふ…そうですね」
『あれ…? そこは"そんなことありませんよ"じゃないんですね……』
「冗談ですよ」
上機嫌な廿六木は冗談を口にする。
偵察のため実力判定テストに紛れ込んでいた廿六木の部下だったが、なんと開始早々にリタイヤしていたのだ。
しかし監視カメラを戸川の首に仕込んでいたことで、かえってより臨場感のある映像が撮れたというワケである。
偵察の男は能力の性質上、もしあの場に居ても結界内の最も離れた場所に避難させられていた可能性が高く、結果的には戸川の目線カメラのような映像がベストな成果物となった。
『それより…ヤバくないですか……?』
「ヤバいとは?」
『いやいや…あの二人ですよ。後鳥羽と塚田! なんすかあのバケモンどもは…!?』
「確かに恐ろしい力を持っていますね。特に"レイジュウ"と呼んでいた存在…恐らく妖精や精霊の類でしょうけど、アレはかなりの脅威です」
『脅威って…。特に後鳥羽の方は死なないんじゃあ倒しようがないっていうか…勝負にならないっていうか……』
「それは違いますよ、迫水さん」
『え?』
「殺せなければ倒せないのか……私はそこについてはハッキリ"否"と思っています」
『否って…』
迫水と呼ばれる部下の感想を受け、見解の相違があることを伝える廿六木。
だがその考えに至る根拠は、そのまま二人を倒す手段にも繋がる為、電話で話すのは避けて早急に話題を変える。
「それより、迫水さんは映像をご覧になって二人の内のどちらが危険だと感じましたか?」
『え、俺ですか? うーん…』
廿六木からの質問に少しだけ考えこむ迫水。
そして結論から話すのではなく、ポツポツと考えを順に漏らし始めた。
『後鳥羽は…聞いていた通り…いやそれ以上の炎使いでした。髪が紅く光る前…多分霊獣ってのに力を借りる前でも、普通の能力者じゃ勝負にならないと思います』
「ええ、そうですね。同じ特公の職員として誇りに思います」
部下からの報告に愉しそうに、心にもないことを言う廿六木。
また、結論を急いてはいない彼女はゆっくりと相手の言葉を待ち、とても18歳の少女とは思えない寛大な心で接した。
そんなスタンスもあってか、迫水は考えをまとめながら素直な気持ちを紡いでいく。
『…塚田の方は、まず体術…というか体の使い方がすげーなって思いました。気を悪くしたらすいませんなんですけど…仮に廿六木さんと後鳥羽と塚田の三人を部屋に閉じ込めて、能力なし・武器無しで殺し合ったら、多分2対1でも塚田には勝てないと思います』
「ふふ…気を悪くしたりしませんよ。事実ですから。後鳥羽さんも私も、特対以上の訓練を特公で受けましたが、それでもあのような戦い方はできません。しかも驚くことに、塚田さんはここ一年で急成長を遂げられた…。きっとタケミカヅチに指南でも受けたのでしょうね」
武道の神による手ほどきでもないと、この短期間であの域に達することは無いと分析する廿六木。
しかし迫水にはそれが冗談なのか真面目なのかが判断がつかないので、返事はせず少し黙ってから続きを話すことに。
『…で、そんな素の戦闘力が高い塚田ですが、能力がハッキリしないのも気持ち悪いですね。回復なのかバフなのか…それとも別の何かなのか。ともかくあの後鳥羽の火力を正面から凌いでる時点でこっちも普通じゃないです。ていうか知っているなら早く教えてくださいよ、能力』
卓也の能力に関する情報共有がされない事に不満げな迫水。
少し不貞腐れたように廿六木を責めた。
「そうですね。能力をお伝えするのは簡単ですが、アナタにはもう少し掘り下げてもらいましょうか」
『…掘り下げる?』
「はい。能力者がひとりで不思議な現象を複数起こしていた場合の真相として考えられるのは何か、迫水さんの意見を聞かせてください」
突然始まる授業のような問いかけ。
彼女はしばしば自分の部下に、ただ情報をインプットさせるだけでなく、こうして自ら考えさせる事がある。
これにより予想外の状況・事態が起きた時にもひとりで正解を導けるようにするという配慮であった。
そして少しだけ考えた迫水は自分の意見を述べた。
『え…と、まず"他人の能力を借りている"場合ですね。例えばこの時は同じ班員のサポートを受けていた…とか。あとは魔導具や、それこそ能力を貸す能力者なんかの補助を受けていたりとかですかね』
「そうですね。そして先程も言った通り”霊獣“なんてものを使役しているのなら、それらから助力を受けている事もあったでしょう。他には?」
『…塚田は"ひとつの能力"ではなかった…とか』
「ほう。それはどういう事でしょう」
『いや…自分も特対のガイダンスでは”ひとりには原則1つの能力が身につく”って教えられましたし、マンガとかでもそういう風潮があって疑問に思わなかったですケド。そもそも本当にそれってあっているのかなって』
土台となっている“ひとり1能力”の概念。
そこがそもそも卓也には当てはまらない可能性があることを伝える。
「まあ、原則はあくまで原則…。例外があると思っておくのは良いことですよ」
『ですかね? でもまあ、ここ最近はマルチスキルなんて当たり前にありますしね、ラノベとか漫画でも』
「…残念ながら漫画などには疎いのでトレンドは把握していませんが、そうなのですね」
娯楽関係の情報に明るくない廿六木。迫水の言う例えにピンと来ていない様子。
彼女は理解していなくても、迫水は二つの可能性を挙げ卓也に対する思い込みを払拭するに至る。
そして最後のパターンを述べた。
『あとは…やっぱり”1つの能力しか使っていなかった“って説ですかね』
「……ほう…それはどういう考えでしょう」
嬉しい気持ちを抑えて、努めて冷静に先を促す廿六木。
『回復と身体強化、あと腕が伸びたり体がデカくなったりとかっていうのは複数の能力による現象じゃなくて、どこかで共通しているんじゃないかってことです。例えば…うーん……体を作り替える能力…みたいな? 回復だと思っていたのは実は新しい腕に作り替えてましたっていうなら、あの異常な回復力も説明がつく…かな?』
一通り考えを述べるも、電話の奥からはいや…とかうーん…とかどうかな…といったボヤキが続く。
自分で言っていてあり得ないと思うのか、考えを述べた後も葛藤が漏れ聞こえてくる。
最初の2つの説に比べて全く納得がいっていないのがひしひしと伝わった。
しかしそれが正解に最も近いと知っている廿六木は少し笑いをこらえてから…
「答え合わせはこちらに戻ってきてからにしましょうか」
と告げた。
まだ卓也が生き残るかどうかわからない段階で能力を明かすつもりはないのか、部下には情報が伏せられている。
これも彼女の愉悦の一環なのだが、それを知らない迫水はまるでお預けを食らったかのような気分で
『…それらを踏まえても、やっぱり危険なのは後鳥羽じゃないですかね? 不死身なんですから』
と伝え通話を終了した。
彼はもう特対に残る理由がなくなったため、引き上げる準備にかかるのだ。
「……ふふふ…楽しみですね」
部屋には繰り返し卓也と後鳥羽の映像が無音で流れ続け、廿六木はそれを微笑みながら見ている。
後鳥羽と卓也の能力・技、そしてその仲間たちの力。
先に戦わせてそれらを探る行為を、よもや卑怯とは言うまいと嗤う廿六木。
どの能力には誰をあてて、後鳥羽にはどう対処するか、卓也はどう制するかを頭の中でシミュレートする。
映像の中で久々に全力を出して戦う後鳥羽を見て、ほんの少しだけ『やはり強い敵と戦うのは熱い』という気持ちを思い出す廿六木。
個人技ではなく組織力を問う戦いだが、『自分も相手も力を試してみたいと思っている』と、思考が僅かだが傾いた。
致命的ではない…ほんの些細な分岐点。
廿六木は測り間違えていた。
卓也が、自分や後鳥羽の考えとは全く違うものを持って今回の戦いに臨んでいることに。
廿六木は気付いていなかった。
今の戦いが勝ち抜き戦などでは決してないことに。
背もたれに体を預け天井を仰ぎ見るその細い首に、卓也の罠が迫っていることに、まだ気が付いていないのだった。
いつも見てくださりありがとうございます。
メダロットサバイバーに少しだけハマっています。
でも、課金げーの匂いがする。




