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【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
汝の愛すべき隣人
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18 雨降って(後編)

『この恩知らず!!』

『酷い人だったんですね…』


 1万人の他人の称賛よりも、数人の仲間からの罵倒の方が私の心を動かした。


 アメリカの投資会社倒産劇から約1年。

 みなの努力のおかげで、会社は減収とはなったものの深刻なダメージを受けずに済んだ。

 それでも無事とは言えず、非正規雇用者を中心とした人員整理を行い、そしてーーー

 私はかつての仲間から非難を受けた。


 仕方のない事だ。

 当人達からしたら、昔育ててやった恩を仇で返されたのだから。


 元嘱託の50代の女性と偶然街で会った。

 声をかけたが、無言で睨まれそのまま立ち去ってしまった。

 仕方のない事。

 そう割り切っていたが、いや、割り切ろうとしていたが。

 アタマにココロが追いついていかない。


 様々なメディアから取材の申し込みが来ていたが、全て断るようになっていた。

 私がテレビや雑誌に出る事で、私の顔も見たくない人に不快感を与える。

 そう思うと、とてもじゃないがカメラの前で笑顔を見せられそうにない。

 どうやら私は人事には向いていなかったようだ。

 いや、そもそも経営者の器ではなかったのかもしれない。

 心を鬼にしたつもりだが、私の中の鬼は苦しみ、悲しんでいた。



 そんな私にも、心休まる時があった。

 それは自宅にいる時だ。

 相変わらず忙しい私は滅多に帰れず、家でも仕事をしてしまう始末なのだが。

 家にいる時は、例え仕事をしていても、自分の心の鬼と向き合わずに済むような

 そんな気がした。



 最近小さな変化があった。


「おとーさん、ハイこれ!」


 娘のいのりが、家で私の仕事のサポートをしてくれるようになったのだ。

 言っても10歳の少女のサポートだと侮ることなかれ。

 これが中々良くやってくれていたのだ。

 親バカだろうか…


 上3人の子供たちに比べ、下の子たち3人にはあまり構ってやれなかった。

 いのりにも大分寂しい思いをさせてしまったことだろう。

 これからは、もっとコミュニケーションを取る事にしないとな。


 しかし、どうして急に私の仕事を手伝うなんて言い始めたのだろうか…?






 ________________







「さて…司さん、これからの事なんですが…」


 突然訪問してきた警察官、鬼島の言葉に理解が追いついていなかった。

 ただでさえ超能力などというオカルトの存在を見せられ、現実が猛スピードで私の常識・理解を追い越していった所だというのに。


 娘が超能力者?

 相手の考えがわかる?

 3か月も前から?


 そういえば以前、私の要望をピンポイントで叶えてくれる娘に対して質問した時、心が読めるみたいなことを言っていた気がするが。

 もちろんその時は、少しも信じていなかった。


(それにしたって)


 何故よりにもよって、心を読む能力なんだ…

 家族には見られたくなかった、私の最も醜い部分を見られてしまう…



『あんなに世話してやったのに、この恩知らず!』


『家族同然だと言っていたのに。酷い人だったんですね…』



 大勢の社員を助けるために、世話になった人を切り捨てる。

 風向きが変われば見捨てるような、私の醜い部分を。

 これからもずっと見られ続ける…?

 しかも、実の娘に…?


 私の醜い、酷い部分を知ったら、家族までもが離れていってしまう…








「娘を、どうかよろしくお願いします…」


 鬼島に、思わずそう返答してしまった。

 つい、咄嗟に、とりあえず、瞬間的に

 私は、娘を手放すことを良しとしてしまった。


 返答をした時の私以外のみなの驚いた表情が印象的だった。

 正確には、鬼島の付き人であり物体を浮かせることのできる少女だけは私の返答に心底嫌そうな表情を浮かべていたな。


 そのあといのりは泣いて部屋から出て行ってしまい、私は部屋の外にいた黒木さんに連れられて自室に戻った。

 正直、その辺りの事はあまり覚えていなかった。

 ハッキリと覚えているのは、私は従業員のみならず娘まで見捨ててしまったということ。


 我が身可愛さで、愛する家族に見限られたくないという思いから。

 あろうことか、その家族を手放してしまった。

 いのりの泣いている顔を見て我に返った時にはもう手遅れだった。

 自分の過ちの重大さに気付かされた。


 自室に戻り1時間弱くらい経ったころ。

 少し落ち着きを取り戻したところで、黒木さんに頼み愛を呼んでもらった。

 警察の二人は愛が見送ってくれたとのことで、そのお礼と一つの頼みを聞いてもらう為に。


「愛、済まないが…いのりのことを守ってやってくれ…私にはもうその資格は無いから…」




 それからは、私といのりの間に会話らしい会話は無かった。

 挨拶くらいはしたのかな…?それも良く覚えていない。

 必要な事は全て愛に伝えて、いのりに知らせた。

 他の家族や使用人は、娘の反抗期くらいに思ってくれればありがたいのだが。


 私はいっそう仕事に打ち込むようになり、家で過ごす時間はさらに短くなっていた。

 会社の業績はどんどん良くなるが、もう私には本当に心休まる場所は存在しなかった。

 自業自得だ。

 唯一あの時の騒動の一部を見ていた黒木さんには、他言無用をお願いした。

 頭を下げたら、快く了承してくれた。

 必死すぎて、困らせてしまったくらいだ。



 身勝手で、利己的で、冷酷な行いの結果。

 家族を一人失ってしまった。







 ________________________________







 司はまるで懺悔室の中のように、ゆっくりと、淡々と、自分の罪を告白していた。

 懺悔室と違うのは、罪の告白をする相手が神父ではなく自分の娘、5年前に裏切ってしまった本人に告白しているという点だった。


 所々で超能力の事を話してしまっていたが、鬼島たちに止めようとする動きは見られなかった。

 根回ししてもらって本当に良かったと思う。

 下っ端たちの「え?え?」という鬼島への目配せがちょっと面白かったのは内緒だ。



「あとは、いのりが独り立ちするまで影から支えるつもりだった…」

「お父さん…」

「済まない…」


 思った通り、司はいのりの事を嫌っていたワケではなかった。

 真白から、二人の間に決定的な溝が出来てしまった後も司はいのりをずっと気にかけているという事は聞いていた。

 そして今回の騒動で、その原因が分かった。


 司は仕事で酷く追い込まれていた。

 先ほどまでの本人の告白ではサラッとしか触れていないが、経営者である司は人事関係以外にも相当精神をすり減らしていたに違いないだろう。

 未曽有の経済危機を切り抜けるまでの苦難と苦悩は、いちサラリーマンの俺には計り知れない。


 そこに来て娘の能力者発覚。

 よりにもよってテレパシー能力。

 もしこれがただの開泉者だったら?物を動かす能力だったら?

 水を操る能力だったら?影を操る能力だったら?

 ここまでこじれなかった"かもしれない"

 そんなタラレバを言い出したらキリがないのだが。


 ともかく精神に余裕がない状態で追い打ちをかけられた司は思わずいのりを警察に預ける判断を下してしまった。

 そして、その一度の判断が今日まで尾を引いている。

 娘を手放した酷い父親として、司は自分を責め続けている。



「なあキミ、もういいだろう?金ならいくらでも払う。だから娘を解放してくれ。私はキミの言う通り、どうしようもない父親だった。だが、そんなヤツでも二度と大事なモノは手放したくないんだ。いくら欲しいんだ?ホラ、払うからその物騒なナイフをしまってくれ」


 司は俺に、身代金の要求額を早く言えと促してきた。

 だが、このまま解放してしまっては足りない。

 疎遠のまま戻すだけになってしまい、関係修復にはもう一歩足りない。

 最期に()()()()()()()()()()()()


「ふふふ…」


 俺が話しだそうとした時、一人の笑い声が静かな住宅街に響いた。

 声の主は、俺の前にいるいのりだった。


「あー可笑しい…」

「いのり…?」

「そんな事で5年間もずっと私の事を避けていたの?バカみたい」

「バカって…」

「バカよ。たかが1回の失敗を5年間も引きずっているなんてね」

「たかが?失敗?私がしたことはそんな簡単なものでは…」

「確かに、最初はお父さんが私の事を嫌いになって、私の事を捨てたんだと思ってたわ。それでずっと、私もお父さんの事を避けていたわ」

「…」

「でもね、ある人が教えてくれたのよ。気持ちは言葉にしないと伝わらないって、私はまだお父さんのことを知らないんだ、って」


 俺が言った事を司に伝えるいのり。


「今のお父さんの話を聞いて、ようやくお父さんのことが少し知れた気がしたの。だから、バカだったわ。お互いの事を知ろうともせず遠ざけてた、お父さんも、私も…」

「…」


 俺からは、前にいるいのりの顔を見る事ができない。

 でも、話し声の震えと、先ほどからいのりを軽く抱えている左腕に落ちる水滴で、いのりが涙を流していることが分かった。

 涙を流しつつも、気丈に振る舞っている。

 家では出さなかった、本当のいのりの態度。

 ツンツンしてちょっとワガママで、そして優しい、本当のいのり。



「でも、私よりお父さんのほうがバカよ…」

「え…?」

「だって、私たち家族なんだもの。たった1回の失敗で、嫌いになったりしないわ。お父さんは、私が能力に目覚めて、私の事キライになっちゃった?」

「っ…そんなことはない!」

「さっき言っていた『ずっと愛している』っていうのは、うそ?」

「嘘じゃない、本当の気持ちだ!」

「なら私たち、やり直せるわね」



 お互い嫌われていると思い距離を取っていた2人が、5年の時を経て元通り。

 いや、今回の件で2人は一回り成長し、5年前以上に良い関係を築けるに違いない。

 まさに雨降って地固まる。

 めでたしめでたし…



 とは行かないんだなぁ。





「おいおいおいおいおいおい、ちょっとちょっとオフタリサァン!!!」

「「!?」」


 俺はいのりに突き付けていたナイフを窓枠に思い切りぶっ刺し、皆の注目を集めた。

 ナイフをやや強化し深々と突き刺すことで、このナイフが決してオモチャなどではないことを印象付けさせる。


「さっきから聞いてりゃ、いい大人が超能力だとか心が読めるとか、なぁにマンガみたいなこと話してんですかぁ?」

「それは…」

「大体よォー、愛してるとか信じてるとか、口じゃあ何とでも言えるよなあ」


 先ほどまでの悪役復活。

 ちょっと楽しくなってきた。

 何故なら、司がキッチリ反応してくれるから。

(清野は冷めた目で見ているが、気にしない)


「何が言いたいんだ…?」

「つまり、本当に娘を愛しているっていうなら、態度で示してくれないとねぇ」

「態度だと…」


 俺は窓枠に刺さっているナイフを抜くと、司の方へ投げた。

 ナイフはカランと音を立てて、司の足元付近に落ちた。

 本当は足元に刺さるように投げられればカッコ良かったのだろうが、そんなコントロールは持ち合わせていない。

 万が一司を傷つけてしまっては流石に申し訳ないので、放物線を描くように下投げで。

 そして


「本当に愛しているなら、それで自分の腹を刺せ」


 と命じた。


「ちょっと、何言ってんのよ!」

「出来るよなぁ?親父さんよォ。もし出来たらこの娘は即解放してやる」

「…」


 流石にいのりが口を挟んで来たが、俺はそれを無視する。

 司は何も言わず足元に落ちたナイフを見つめている。


「さっきこの娘が気持ちは言葉にしないと伝わらないって言っていたが、俺はそれだけじゃ足りないと思っているぜ。10の謝罪の言葉を並べられたって心の中では何考えているかなんてワカリャしねぇ。もっと言やぁ、土下座されたって本当に謝っているかなんてワカランだろ?」


 あるギャンブルマンガでも言っていた。

 土下座しても、見えないとこで舌を出しているかもしれないと。


「本当にテレパシーが使えりゃ苦労ねぇが、そんなことが出来る奴はいない。そこで、だ…」


 司は俺が、いのりが心を読むことのできる能力者だと()()()()()()()()()()()()()()


「本当に、娘を解放するんだな…?」


 司は足元のナイフをゆっくりと拾い上げる。

 そして俺に向かって確認をした。


「本当にそれを腹に刺せたならな」

「お父さん、そんなのに従う必要無いわ!だってこの人…ムグ!!」

「それくらい出来ないんじゃ、アンタの愛もその程度だったってこった」


 俺はいのりを抱えていた左手で口を塞いだ。今ここでネタバラシされては、面倒だからだ。

 あくまでもこの茶番は、後ろで寝ているいのりを誘拐した犯人のせい。

 塚田卓也という人間は最初からここには居ないのだ。



「わかった…」

「んー!んー!」


 司は覚悟を決めたようにナイフを自分の腹に突き付けた。

 顔には汗が滲んでいる。

 無理もない、これから自分で自分を刺すんだから。

 麻酔も無ければ、能力で痛覚を遮断する事も出来ない。


 警察の面々も、流石にこの展開は予想できなかったようで

 先ほどまで冷静な様子の鬼島も固唾をのんで見守っていた。

 装備を付けた職員たちは、動揺が全く隠せないでいる。

 清野は…涼しい顔をしてこちらを見ている。心配など微塵もしていないようで。

 そしてもう一人、大月の表情が印象的だった。

 気落ちしているような…つまらないような…何とも言えない複雑な様子だ。


「…よし」

「お父さん、やめて!!」


 空いている両手で自分の口を塞いでいる俺の左腕を振りほどくと、いのりは司に向かって叫んだ。

 しかし叫びも空しく、司は自分の腹に思い切りナイフを刺したのだった。





「お父さん!!!」





 いのりの再びの叫びが閑静な住宅街に響いてから、数秒間の沈黙が続いた。

 しかし当の司からは何の反応もなく、誰もが言葉を発せず司の方を見る他無かった。


「…あれ?」


 最初に沈黙を破ったのは、司だった。

 強烈な痛みが、そして熱が、自分を苦しめるハズなのに、何も感じないからだ。

 そして、恐る恐る自分の腹部を見る司。

 そこには、根元からぐにゃりと曲がった包丁が自分の腹部にくっ付いていた。


「???」


 誰もが、先ほど窓枠に刺さっていたナイフが司を傷つけていない事に驚愕していた。

 もちろん俺の目の前のいのりも、大月でさえナイフの異様な状態に目を奪われている。

 この場で驚いていないのは俺と、俺の能力を知っている清野だけだった。


 そして皆がナイフに注目している隙に、俺はいのりに小声で話しかけた。

 わざわざ悪趣味な度胸試しをして作り出したこの隙に。


『おい、いのり』

『え?あ…』

『そのまま思い切りジャンプして、俺に頭突きをかませ』

『え?頭突き…?』


 俺はいのりの頭頂部の真上に顎ではなく鼻と口が来るよう顔を動かした。


『ホラ、早く!あと叫びながら』

「え、え…えーい!」


 気の抜けるような叫びとともにいのりは飛び跳ね、俺の顔面に頭をぶつけた。


「あべしっ!!!」


 急所である人中に頭突きを食らった俺は、部屋に背中から倒れ込んだ。

 そして見えない窓の外から、鬼島の「確保!!」という声を聞いたのだった。


見てくれてありがとうございます。


またしても久々の更新に…

この休みを利用して、2章は終わらせたいと思うこの頃。

ほとんど見てないと思いますが…


シリアスって書くの大変。。。

というより、合ってないのかも

薄っぺらくなってしまいました。

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