17 うさんくさいジジイ
「お前が塚田卓也だな」
スーツの男が睨みつけながら問いかける。
空から沸いたわけでも、ゲートから現れたわけでもなく、ただそこにいた。『いつの間に?』という疑問が卓也の頭をよぎる。
が、そんなことが些細に思えるくらい明らかに他の五人…いや、これまで出会ってきた多くの能力者よりも鋭い気を湛えながら立ちはだかっていた。
同じこの島で相まみえたCBのボス上北沢をもってしても、秤の逆側として不十分なほどの敵であることが、目の前にして分かる。
「そういうお前は後鳥羽璃桜だな」
卓也も淡々と問いかける。手に持ったノアを投げ捨て、視線を後鳥羽の方に向けながら。
多少驚きはしたものの卓也に精神的動揺や遅れはない。
ちょうど少し離れたところに居た才洲ですら息を呑むくらいの後鳥羽の迫力にも全く動じず、溢れる覇気を正面から受けてもなお一歩も引かなかった。
これが6月のゲーム直後なら全身鳥肌で一歩も動けなかったかもしれない。
だが多くの死線と別れを乗り越えてきた卓也は、国が抱える能力者の上位といえる特公職員と相対しても全く怯むことはなかった。
そしてお互い相手の問いには答えない。
既に写真などで面が割れている二人にとっては無意味な確認作業だからだ。それでも、戦闘に入る前の彼らにとって必要な儀式の様なものである。
これから戦う敵の顔と名前を記憶の一番手前のエリアに引っ張り出して、そこに感情をぶつけるのだ。
「ウチの部下が随分世話になったようだな」
「大して世話はしてないさ。可愛いもんだ」
卓也と、地面に倒れる自分の配下を見比べ考える後鳥羽。今の言葉は強がりで発したのかどうか…。
一見すると無傷。しかし凄腕の治療術師と呼び声高い卓也であれば、表面上の傷の治療など朝飯前であるはず。
だがどう見ても消耗しているように見えないのもまた事実。傷を治療して、『見た目だけ余裕がある』
風を装っている感じでは決してない。
自分の選りすぐりの配下を、本当に無傷でここまで痛めつけたのか。その事実が受け入れきれない後鳥羽であった。
結局信じたのは自分の経験。目の前の男からは見た目だけではない、廿六木と遜色ない威圧を感じ、要警戒とした。
「ん? なんだ、さっきのパワーアップ状態はおしまいか」
「どうだろうな」
言葉をかわしながらもゆっくりと距離を縮めていく二人。
後鳥羽は気を充実させながら、卓也は超人モードを解除し本来の姿に戻りながら、歩みを進めていく。
卓也の変身解除を受け後鳥羽は『わざわざ弱くなるのか』というニュアンスを含めて質問した。
だが決して弱体化を遂げたわけではない卓也は適当に返事をする。
通常形態と超人モードがただの上下関係にあるように見えるのなら、それはそれで好都合だと考えた。
そしてとうとう手を伸ばせば届くくらいの距離まで近付き、止まる。
背丈は同じくらいで、互いの目線がぶつかった。
実戦という観点で言えば二人共0点の動き。未知の能力を警戒するのであれば堂々と敵の正面で止まるなど本来あり得ぬこと。
しかし後鳥羽にはエリートの自信と誇りが、卓也には肉弾戦の射程が。それぞれの思惑が一致し、まるでプロレスのようなシーンを生み出したのである。
「こいよオラ」
「じゃ、遠慮なく―――」
後鳥羽の挑発に乗った卓也が素早く右拳を叩き込む。が、後鳥羽の左腕がそれを弾き、逆に後鳥羽の右拳が卓也に迫った。
今度は卓也がそれを左手で弾き、そのまま同じ手で攻撃。
それも後鳥羽に弾かれ、攻撃、さばき、攻撃…とお互い繰り返し、気付けばものすごい速さで上半身だけを使った殴打戦へと発展したのだった。
足技や回避などない、単純な攻防。それでも傍から見ればものすごい死闘を繰り広げているように見えた。
「…速すぎて見えねえ」
「実は手が増えてるって言われても気付かないねぇ…」
「コピーしても…手の方がもちませんね、きっと」
「………」
思い思いの感想を漏らす駒込班の中で、才洲は黙ってただ観察する。
動きを見逃さないようにという気持ちと、現時点での体術の差を見て言葉を発する気になれなかった。
これは火実たちよりもずっと実力が近いゆえの気付きだが、今はまだ消化できない。だがそれで良い。
実は目標が高いほど燃えるタイプの才洲にとってはいい刺激であり戒めとなり続ける。
「くそ…組み合いになりさえすれば…!」
火実が悔しそうに漏らす。暗に卓也の『泉気封じ』のことについて述べていた。
泉気を封じられることは、対能力戦においては致命的ともいえるバッドステータスである。
それを実行できれば流石の後鳥羽と言えど卓也に勝てるわけがない。そう思っているから出た発言だ。
しかしそんな一撃必殺の手段だが、当然クリアするための条件は厳しい。
およそ5秒。卓也が相手に触れてから気泉の放出量をゼロにするまでの時間だ。
接触→探知→認識→調整…この工程を経てようやく相手を無力化することができる。
格下相手ならまだしも、実力が拮抗かそれ以上の相手にこの時間を稼ぐのは相当難しい。
自分が"掴むことで発動する能力"にかからない事も考慮すると、まずは普通にダメージを与えて安全に触れられるようになってから行うのが最善。
ゆえに卓也は一度として”掴む挙動”を見せないのだ。
「オラぁ!!」
先に動きを見せたのは後鳥羽。
殴打戦の中、突如として鋭い右ハイキックを繰り出した。
しかし卓也はそれを足の力をガクッと抜くことで、体を沈め回避する。
そのまま後鳥羽の軸足めがけて蹴りを放ち膝に当てると、バランスを崩し左によろけた。
「ちぃ…!」
「―はぁっ!」
よろけた後鳥羽の脇腹目がけて右フックを繰り出した卓也。後鳥羽も咄嗟に左腕でガードをする。
直後、ズンと腹に響くような重低音が響く。卓也の発勁が放たれたのだ。
しかし…
(…この感触は)
勁がヒットし後鳥羽の体を大きく後ろへ吹き飛ばした…にもかかわらず、卓也は自分の拳の感触に違和感を覚えた。
これはまるで―――
「なるほどな。お前も発勁が使えるのか」
「…そういうことか」
卓也が師と組み手をした時の、『発勁が相殺されたような』感触が手から伝わった。
「まさか特公で使えるやつがいるとはな」
「特公じゃねえ。俺が個人的に教わったんだ。インチキ臭い中国人のじじいからな」
後鳥羽も師を見つけて発勁を一通り履修していた。
使える者・教える者の存在が貴重すぎて特対や特公の教育プログラムにも組み込めない勁。その使い手同士のガチバトルが起きようとは、当の本人たちも思っていない。
完全に予想外の展開であった。
結果としてお互いの手札が一枚ずつ減ったイーブンな状況だが、比重の違いを感じた後鳥羽がふっかける。
「残念だったな。お前の攻撃は全部相殺させてもらうぜ」
自分と違い回復能力がメインである卓也の貴重な攻撃手段を潰したと感じた後鳥羽は、精神的優位に立つため口撃で揺さぶろうとする。
最初に見た超人モードの姿も、つまるところ武術による肉体操作の一環。卓也はダメージリソースを武術で補う使い手だと決めた。
そんな中での発勁を実質無力化できたことで攻撃力の大幅なダウンを確信する。
ところが、卓也は不敵に微笑む。
「相殺…? お前、相殺の意味ちゃんと理解してるか?」
「あ? なにを―――」
卓也の発言の意味を確かめようとした後鳥羽だが、その前に体が反応した。
鼻と口から体液が垂れてきたのだ。
相殺したかのように思えた卓也の発勁は完全に殺しきれず、内臓まで回り遅れて後鳥羽の体に多少なりともダメージを与えることに成功した。
ほんの些細ではあるが、勁の強さに上下が決まった。
「発勁は俺が師匠に褒められた数少ない長所だぞ。うさんくせえジジイ仕込みのお前に後れを取るわけないだろマヌケ」
卓也、肉弾戦でまずは一本先取する。
いつも見てくださりありがとうございます。
なんやかんや、リゼロがおもろい




