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【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
【卓也VS廿六木VS後鳥羽 下】
364/416

11 サソリ

 候補生【戸川慶喜(とがわよしのぶ)】の『金属に干渉する能力』は、特対からAラングという高い評価を受けた。ライセンス交付日の出来事である。

 彼はその日ウキウキで家路につくのだが、頭の中は『どこに転職しようか』という事でいっぱいだった。

 今の職に大きな不満はないものの、特別充実もない。同級生とかと比べて楽な環境だったから続けているに過ぎないのだ。

 例えば上司が変わって少しやりづらくなったとか、勤務場所が少し遠くなったとか、環境が多少悪くなったら転職を考えるくらい元から仕事に対する熱量は低かった。


 異能力庁からの帰り、夕食を最寄り駅の近くの町中華で簡単に済ませると、彼はパソコンの前に座る。傍らにお気に入りのチューハイ”葡萄堂“を侍らせ、テンション高めにキーボードを操作した。


 少しするとモニターには『登録完了』の文字が浮かび上がった。

 原則ライセンスを交付された者にしか登録できない“異能力者専用転職サイト”へ、自分が入場した証である。

 そこからフリーワードとランクで適当に絞り込むと、出てきた求人の”質“に大層驚かされた。


『……年収たっか…ヤバ』


 大手 大手 大手

 圧倒的年収 悪魔的福利厚生 理外の高待遇

 戸川はパソコンの前で思わず唾を飲んだ。だがこのお宝の山が彼の目の前に表示されるのも必然である。

 そもそも公表されてからこんな早い時期に能力者向け求人を出せること自体、政治家・官僚等々への日々の根回しにより情報をフライングゲットしたズブズブ大手企業か、バックオフィスがしっかりしてて連携もきちんと取れている優良企業の証であった。


 それに加え戸川のランクと能力の内容は多くの企業の求人に引っかかる。

 例えば職人芸の金型を量産したり、例えば金の純度を電気分解などせずに上げたり、使わなくなった電子機器からレアメタルを取り出したり…

 出来る出来ない・居る居ないは別にしても、金属関係の能力には一定の需要があった。


 初動が非常に速かったこともあり、戸川は独占していた。規格外のブルーオーシャンを。

そして『弁護士や公認会計士は就活する時こんな感じかぁ…』などと少しズレた感想を抱いたりもした。

 だがそんな浮かれ気分の彼の視界の端に、ふと先ほど特対に行ったときに何の気なしに持ってきたチラシが見切れる。


【君の力で町の平和を守ろう】【ヒーローになろう】


 沈没船ジョークに出てくるアメリカ人が喜びそうなフレーズが盛り込まれた、次年度の入職を決めるためのインターン生募集のチラシ。

 それを手に取ると、まじまじと見つめた。


 地位や金もいいけど、名声も捨てがたいよな…

 合わなさそうだったらサッと辞めちまえばいいよな…

 そう思った彼は煩わしさを回避するため退職代行を使いとっとと現職を辞すると、特対の門を軽い気持ちで叩いた。


 自分には無限の選択肢と未来がある


 そう信じ疑わなかったのである。












 __________________











「どけよ、邪魔だ」


 樹上から降りた後鳥羽の配下五人は、ゆっくりと卓也たち駒込班のもとへと歩みを進める。

 そしてその間に立っている戸川の前に差し掛かると、先頭を歩いていたコードネーム"ノア"と呼ばれる強面の男が威圧するように道を譲れと命じた。


(ああ…どうして僕は、自分には無限の選択肢と未来があるなんて思っちまったんだろう……死んだら終わりなのに…)


 五人の強いオーラと殺気にあてられた戸川は一瞬で戦意喪失どころか、自身の死を確信していた。

 また動きたくても走馬灯が一向に終了せず、脳が道を譲るという信号を送れないでいる。

 結果、彼は五人を前に涙目で立ち尽くすしかなかったのだ。


(そういえばライセンス交付の時、綺麗なお姉さんが言ってたな…。自分よりもとっくの昔に能力が使えて危険な奴らがいるから気をつけろとかなんとか…)


 回想はライセンス交付の時に差し掛かる。和久津から説明を受けた異能力庁のあの部屋が脳裏に浮かぶ。

 特対入りを目指すことに決めた運命の日、確かに忠告を受けた。

 これは一般人として生きていく者に『能力をみだりに明かすなよ』という忠告であり、特対やそれに準ずる職に就く者には当てはまらない。

 が、特対に入職するのならばそんな危険極まりない相手にも積極的に関わることは自明であり、そんなことにも考えが及ばなかった当時の自分を今更心の中で責めた。


(…前の暮らしだったら、今ごろどうしてたかなぁ…? 朝のメールチェックやってたかもなぁ…。どうして僕はここにいるんだろう…)


 死期が近いと悟った彼の脳は、せめて最期は恐怖を和らげようと平和な記憶を呼び起こす。

 しかし戸川の心が完全に壊れかけたところで、今まで道を塞ぐ彼の前に立っていたノアは意外な行動に出た。


「…チッ」


 なんとノアは自ら進路を少し変え、戸川をよけて駒込班のもとへと向かっていったのだ。

 他の四人も当然それに続く。


「死にたくなきゃどっか行ってろ。邪魔をすれば殺す」

「じゃーねー」


 アルファードとヴォクシーも一言ずつ声をかけて通り過ぎる。

 結局、戸川に危害を加える者は居なかったのだ。


(………………たす、かた? ナンデ…?)


 すれ違っていく五人を見送ると、ようやく安心した脳が彼に動くよう命令を下す。まだ見逃してもらった理由にはたどり着いていないが。

 そして急いで振り返ると、どういう能力か『全員の首輪型デバイスを大きくして取り外す』卓也たちと、それに向かっていく刺客五人の姿が目に入った。

 火実も瀑布川も、全く怖気図いた様子無く待っている。同じ候補生のはずなのに…。


(コイツらが…)


 卓也は大きくした首輪を今度は小さくしてポケットにしまい、向かってくる五人を観察した。

 姿を見せて普通に乗り込んできたところを見ると、今はこの辺りは結界で不干渉かつ認識阻害能力が働いているものと断定。仲間たちの首輪を外し万が一の能力制限による泉気封じに対応する。

 始めは参加者に紛れて襲ってくる線も想定していたが、随分と自信たっぷりだなと感心した。


「随分と遅かったな」


 まるで待っていたかのように話す火実。

 情報が足りていない戸川からしたら理解不能・意味不明の連続である。

 しかし確実に衝突の時は近づく。


「おいおい…襲撃の事バレてんじゃねーか」

「青春ヤローが情報を漏らした事が漏れてるんだろ。捕まってるって言ってたし」

「にしては特対に警戒が全く見えなかったのは謎だが、まあここまで来ちまえば問題はねえか」


 状況に若干の不明点が残るも、目の前まで来たことでそれも些事だと完結する。

 あとは卓也を捕まえて、それを後鳥羽が殺しておしまい。そう考えていた。

 現にもう外部からここへやってくることは難しい。

 “いつも通り”の有利な展開だ。


「てかお前らも、邪魔しないなら見逃してやるからすっ込んでろよ。俺たちが用があんのは後ろに隠れてるソイツだけだからよ」


 ノアが指をさす先には、ヒーラー()なので後ろの方に陣取る卓也がいた。

 提示されたのは一人の命で五人の命が救われるという算数の問題。だがそんな単純計算など、この世にはなかった。


「ふざけんな」

「渡すわけないでしょう」

「無理な相談だねぇ」


 ほぼ同時に火実と瀑布川と皆川が喋る。

 刺客には細かく聞こえないが、全員拒否しているのが分かり驚く。まさか提案を蹴られるとは…と。


「おいおい…。いくらペーペーだからって、俺らの”圧“伝わってねーこたぁねーよな?」


 先ほどからわざと威圧的に振る舞っていたのは、卓也以外の邪魔な候補生を間引く目的があった五人の刺客。

 しかし退いたのはたった一人。よもや弱すぎて効いていないか、自分たちの圧がショボいからかと疑い始めるノア。

 しかし―――


「伝わっているとも」

「あ?」

「さっきから武者震いが止まらん」


 自分の右手を見る火実。その握りこぶしは小刻みに震えていた。

 いくら卓也に鍛えてもらったからとは言え、相手は格上。恐れなど無いワケがないのだ。

 それでも…


「だがその上で、ここは通さんと言っている」


 迷いのない火実の宣言に傍らの瀑布川と皆川も頷く。

 彼らもまた同じ気持であった。強敵の襲来など覚悟の上だ。


「…そうかよ。ま、ポーンが逃げて回っちゃゲームにはならんからな。お前ら、手ぇ出すなよ」

「はぁ?」


 何を納得したのか、突然のタイマン宣言をするノアとそれに文句を垂れるヴェルファイア。

 他のメンバーも不服そうである。


「いきなりどうしたんです? 少年漫画の人気稼ぎ展開じゃあるまいし」

「うるせ。ヤツの覚悟を汲んで少しだけ格の違いを分からせてやるって言ってんだ。邪魔すんなよ? あとまだ来ねーと思うけどウチのキングにも内緒な」

「まったく…」

「はっはっは! まあそう時間はかかるまいて」

「なにあれ…?」

「さぁね」


 盛り上がる男性陣ノア・エスクァイア・アルファードと呆れる女性陣ヴォクシー・ヴェルファイアの構図。

 妙な展開になっている。

 それは勿論駒込班にも伝わり


「副班長、自分に一番槍行かせてください」

「行かせてくださいってか、もうそんな流れになっているだろう…」

「お願いします…」


 頭を下げる火実。キレイな90度である。


「…よし、敵の力を測ってこい。くれぐれも無茶するなよ」

「はい!」


 火実が一番手を任され、嬉しそうに返事をした。

 力の差はちゃんと対峙してみて痛感する。圧倒的だ。

 だが勝ちを諦めたわけではない。

 隙をついて倒す。それが無理でも卓也に情報を残す。

 それが一番槍に任された自分の役割だと、心を燃やした。


「よォ…作戦タイムは終わったか?」

「ああ」

「そうかい。まあせいぜい長持ちしてくれや…」


 お互いに歩み寄りながら言葉を交わす。

 同時に火実は両手に泉気銃とナイフを持つ。

 一方のノアはみるみる姿を変えていく。

 衣服の隙間から先ほど見せたサソリの尻尾が生え、腕や首などの皮膚には頑強そうな甲殻が現れた。


「後悔すんなよな」


 サソリ化したノアが火実に襲いかかる。



いつも見てくださりありがとうございます。


皆さんは当然ハンターハンターの新刊は買いましたよね?

ヒンリギ好きだという方は高評価をどうぞ!

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ掲載していたのいつだっけか? ほぼ一人だと連載時からの修正はかなり時間かかるんだなぁ 本誌での連載ではなくなるそうだけどどうなるのか?
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