15 謀略
「おい、なんで今回の襲撃が身内なんだよ…?」
「俺だって知らねーよ…」
ある一軒家の寝室で黒い目出し帽を被った男二人が、声を抑えつつ会話をしている。
体には季節にそぐわぬ大きめの黒のコートを身に纏い、視覚から得る事のできる個人の情報を極力隠していた。
そして彼らの傍らにあるベッドには、手足を縛られ身動きの取れない南峯いのりが横たわっていた。
目にはアイマスク、口にはさるぐつわ、更に耳にはヘッドホンが着けられている。
ヘッドホンからは着けていない者でも聞こえるくらいの大音量で音楽が流れており、それがいのりのテレパシーの送受信を妨害していた。
自身の心の声を発信する事はできるが、周りの状況が分からないまま助けを呼び続けるということはすなわち超能力の漏えいをし続ける事に他ならず、いのりにとっては非常にリスキーであった。
なのでいのりは車での移動中は能力で助けを呼び続けたものの、車が止まってからはそれを止めていた。
一瞬通り過ぎた際に声が聞こえた程度ならば声を聞いた一般人も"気のせい"と思うくらいで済むかもしれないが、止まってから聞かせ続けてしまうのは流石にマズイと判断したからだ。
いのりにとっては救出され処罰を受けるか、このまま何をされるか分からない状態に身を晒すかの非常に苦しい二択だ。
あとは移動中に自分の声を聞いた能力者が助けに来るという、非常にか細い希望にすがるしかなかった。
いのりは下校時に三人に襲撃され捕らえられたが、その際一応の抵抗はした。
開泉しているいのりは普通の成人男性三人が相手であれば、勝てはしないまでも逃げ出すくらいの事は出来たであろう。
しかし相手が開泉者三人であれば、その構図は普通の男性三人VS女子高生一人となり抵抗むなしく捕まってしまった。
「文句を言うな、青柳さんの指示だ。黙ってやれ」
不安そうに話す黒ずくめの男二人を制したのは、Neighborのメンバーであり卓也がオフィスに説明を聞きに行った帰りに、卓也を襲撃した三人のうちの一人だった。
この男も他の二人と同様に、全身を黒で覆っている。
「でも…どうして身内を誘拐しなきゃいけないんですか!?ワケがわかりませんよ…」
男の疑問はもっともだった。
これまで対抗組織や犯罪者とやり合ったことはあったが、味方に刃を向けたことは無い。
ましてや仮所属の、まだ年端もいかぬ少女を誘拐・監禁することには非常に抵抗があった。
「この娘がNeighborを抜けるかもしれないから、少し脅すだけだ。危害を加えるワケじゃない。あと1時間もすれば解放する」
「しかし…」
「まあ、もういいじゃねーか…あとはこのまま寝かせておいて、俺らは茶でも飲んでれば」
「…」
結局、異を唱えていた男も他の二人に絆され沈黙してしまった。
Neighborでも一部の者しか知らない裏の顔。
入団を断った者、他の組織へ移ろうとする者などに対し襲撃をかけ、考えを改めさせようとする行為。
卓也を襲った男以外の二人は、今日初めてその行為に加担したのだった。
今回の件、どちらも"仕事"としか聞いておらず、いのりを誘拐するという内容までは教えられていなかった。
二人の内の一人は裏の仕事を比較的容易く飲み込んだが、もう一人は渋々といった様子だ。
これは単に性格の違いである。
「おら、あと一時間、ちゃんと見張っておけよ」
「ウッス」
「…」
一番消極的な男はこれ以上いのりを見ているのは申し訳ないと思い、部屋の外の見張りに出たのだった。
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「はぁ…」
思わずため息が出る。
俺はとある一軒家の裏手にある、勝手口とブロック塀の間の地面に座り込んでいた。
いのりの声を聞いて、ハイエースを追跡してきたら辿り着いたのがこの2階建ての一軒家だ。
駐車スペースには件のハイエースが停まっている。
先ほど、車の中からいのりを担いで黒ずくめ三人が家に入っていくのを確認した。
もし危害を加えるようならすぐに突入しようと思い、聴力強化で中の様子を伺っていたところ、黒ずくめ三人がNeighborの一員であること、脅しの為にいのりを誘拐してきたことが判明したのだった。
「マジでロクでもねぇな…Neighbor」
俺を襲撃した理由もやはり脅しだったと知り、俺のNeighborに対する評価の下落はもはやとどまる事を知らなかった。
きっとこれまでも、同様の手口を何人もの人に使ってきたのだろう。
そして今度は、父親との関係を改善しようと前へ進みだした少女にも振るおうとしている。
「やりすぎだな…ん?」
ポケットの中のスマートフォンが震えた。
どうやらメールが来ていたようだ。
実はこの家に着いてすぐ、俺は二人の人物にメールを送っていたのだ。
それは、追跡中に急きょ思いついたある作戦を実行するうえで欠かせない情報を確認するためだった。
『ご当主様は本日は自宅におられますが、それがどうかしましたか?』
送り主の一人は、真白だ。
先日我が家に訪れた時、アドレス交換をしていた。
そして俺が知りたかった、南峯司が今日在宅かどうかの質問に対して返信をしてくれた。
(これで最低条件はクリアか…)
もう一人の相手からは先ほどの俺のメールに対し早々に返事が来ており、ペンディングにしていたのだ。
真白の返信を受け、俺はすぐにもう一人に返事をした。
すると間もなく、『わかった』と短いメールが返ってきた。
これで作戦の土台はできた。
あとは俺が実行に移し、上手い事かみ合ってくれるのを祈るのみだ…
身代金目的の誘拐犯か何かだと思った相手がまさかのNeighborだったが、お灸を据えるのには丁度いいかなと思った。
立ち上がりジャージのケツについた砂や泥を手で払うと、早速勝手口に向かって歩き出した。
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俺は勝手口のドアノブに手をかけ、能力を発動させた。
目的はドアに付いている鍵のデッドボルトを柔らかくすることだ。
そうすることで、開錠してノブを回さなくてもそのまま押すだけでストライクと呼ばれる受け口の穴からデッドボルトがぬるりと抜けるのだ。
どれくらい弾力を上げ硬度を下げれば開くかは、以前自宅アパートのドアで試していたので、問題なく入れた。
ドアを脆くしてぶち破っても良いのだが、隠密に動いた方がやりやすいのでこの方法を採用した。
しかし最先端の電子ロックとかでなくて良かった。
もしそうなると、警報が鳴る可能性があったからだ。
勝手口のドアを開け最初に入った台所には誰も居なかった。
俺はそーっと忍び足で二つある台所の出入り口のうち、片方に近づきゆっくりと覗きこんだ。
すると目の前には10畳ほどのリビングが広がっていた。
50インチくらいのテレビに、L字型のソファ。
その後ろにはテーブルと椅子があり、ご飯を食べる場所となっている。
他にも生活感溢れる室内は、普段ここに人が住んでいるかのように感じさせた。
Neighborの誰かの家なのか、それとも…
(いかんいかん…)
そんな関係ないことに時間と思考を割いている余裕はないので、俺は一旦台所に戻った。
そしてリビングではない方の出入り口のドアを開け、またしてもそっと覗き込んだ。
ドアの先には廊下が続いており、左側には恐らくトイレや風呂場へと通じるドアが。右側には先ほどのリビングに入るもう一つのドアがあった。
その先には玄関と、2階に上がるための階段があった。
そして
「はぁ…」
黒づくめの男が一人玄関に腰をかけ、ため息をついて下を向いていた。
恐らく先ほどの会話で、最後まで躊躇していた男だろう。
まだ罪悪感が無くならないのか、見張りと言いつつもその役目を果たさず物思いにふけっていた。
俺は今まで以上に足音や呼吸の音を殺し、男に近づいた。
そして
「ふぅ…グヴッ…!?」
男が顔を上げた瞬間、柔道の裸絞めを仕掛けた。
俺の腕が男の頸部を圧迫し、男はもがき苦しんでいる。
突然の襲撃に戸惑いながらも、俺の手を叩いたり引っかいたりし抵抗して見せたが、
俺もこの男同様開泉しており、さらに能力で全身と衣服までくまなく強化しているのでダメージは全く通らなかった。
自身の重さも300キロ近くまで増やしているので、持ち上げたり引きずったりなども出来ぬよう対策は万全だった。
しまいには肘鉄や裏拳など必死に抵抗していた男だったが、やがて全身から力が抜け気を失った。
「ふぅ…」
なんとか2階の二人に気づかれることなく、一人無力化することができた。
俺は音を立てぬよう静かにリビングまで男を引きずると、まず着ているコートを脱がせた。
腰にはサバイバルナイフを一本携帯していたので、それも拝借した。
幸いにもコイツが着けていたと思われる目出し帽は玄関のすぐそばで見つかったので回収した。
男から必要なモノを回収すると、手足をリビングにあったガムテープで縛りソファの上に寝かせた。
コートの下には私服を着ていたので、運が良ければコイツは助かるだろう。
念のため他に伏兵がいないか、トイレやバスルームを軽く探した。
車から降りたのは3人だが、元々家に仲間が居ないとも限らないからだ。
一通りチェックを終えると、黒のコートと目出し帽を装着し2階へと進んだ。
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玄関入ってすぐ左手にある階段を上がると、2階には扉が3つあった。、
このうちのどれかにいのりがいる。
俺は再び聴力を高め、人の気配を探った。
すると一つの部屋から、二人の男の話し声がした。
(ここか…)
他の部屋からは音がしなかったので、この家にいる敵は残りの黒ずくめだけとみて良いだろう。
もちろん油断はできないので、この部屋を制圧したらキッチリと確認はするが。
満を持して、話し声のする部屋に近づいた。
そして今度は堂々と部屋のドアを開けた。
「おっ」
「なんだ、もう戻ったのか?」
黒ずくめ二人は俺のことを完全に仲間だと思っているらしく、気さくに話しかけてきた。
二人ともコートは着ているが目出し帽は脱いでいたので、顔が見えている。
室内はコートを着ているせいか、冷房をガンガンに効かせていた。
脱げば良いだろうにと思ったが、これがルールなのかもしれない。
ふと部屋の横に目をやると、ベッドの上に南峯と思しき女の子が寝かせられていた。
アイマスクとヘッドホンとさるぐつわを着けられ、手足を縛られた状態で横になっている。
そしてそのすぐ近く、ベッドの端に男が座っていた。
もう一人は木の椅子に、ベッドに向かい合うよう座っていた。
「なーに突っ立ってん…グッ!!」
まずベッドに座っている方の男に近づくと、頭部に右足で蹴りを叩きこんだ。
丁度蹴りやすい位置に頭があって助かった。
ありがとう、友達はボール。
蹴られた男は一撃で意識を刈り取られ、床に頭から倒れこんだ。
その際、ゴンと鈍い音がしたが、まあ大丈夫だろう。
「てめェ!!」
椅子に座っていた方が激昂し立ち上がった。
そして大きく右手を振りかぶり俺の方に勢いよく近づいてきた。
「何してんだ!!」
叫びとともにパンチが繰り出された。
が、俺は素早く相手の懐に潜り込んでおり、相手の右手は空を切った。
お返しに、相手の鼻と口の間・人中に掌底を叩きこんだ。
目出し帽が無い分、先日よりも正確に食らわせることが出来た。
掌底を食らった男はたまらず2、3歩後ずさりをした。
後ずさりした分だけ俺も近づき相手の右腕を両手で掴むと、体を引き寄せ背負い投げで思い切り相手を床にたたきつけた。
「グボぁッ!!!」
呻き声を最後に、男は完全に沈黙した。
奇しくもそれは、2週間前の再現のような決着となった。
俺の作戦上、リーダー格と思われるコイツに対し人中への打撃を食らわせるという点が微妙に重要だったリする。
なのでそのミッションを無事終えられたことに俺は一安心した。
室内の二人を無力化した後は、急いで事を進めなければならない。
まずは2階の他の部屋を見て回り、他に敵が潜んでいないか確認。
その後、ベッドに座っていた方の男からはナイフを取り上げ、置いてあった目出し帽を被せると部屋の外に倒して置いた。
そして部屋にはきっちりと施錠。
次にリーダー格の男からもナイフを取り上げ目出し帽を被せると、室内の真ん中、丁度窓に足を向けて倒れたような感じに横たわらせる。
しばらくは目を覚まさないだろうが、念のためコートの下半分、床に設置している部分だけを重くし身動きが取れないようにした。
ロープやガムテープで縛ってしまうと都合が悪いので、このような処置をした。
「さて…」
怖い思いをさせたまま少し放置してしまったが、南峯を解放するとしよう。
俺は被っていた目出し帽を脱ぎ顔を晒すと、まず南峯を縛っていたロープをほどいた。
そしてさるぐつわとヘッドホンを外し、最後にアイマスクを外した。
「あ…」
南峯がポツリと呟いた。
そして、拘束を解かれ上半身を起こした南峯と目が合った。
俺はロープをほどいたりなんだりでベッドに片膝をかけている姿勢だったので
立っている時よりも目の高さが近かった。
「よっ、助けに来たぜ。大丈夫か?」
「…」
驚かせないよう、俺はなるべくいつもの調子で話しかけた。
だが南峯は一言も喋らず、その大きな瞳を見開いたままこちらを凝視していた。
数秒間の沈黙が続いたので、心配になり声をかけた。
「どこか痛むのか?もしそうなら…!っと」
「…」
南峯は俺の胸に飛び込むと、顔を埋め静かに震えながら泣いていた。
無理もない。
視覚も聴覚も奪われ声も出せず、下手に能力も使えない状態が1時間近く続いたのだ。
相当な恐怖だっただろう。
今パニくってしまってないだけでも、強い心の持ち主であることが分かる。
「よく我慢したな…偉いぞ」
長い黒髪をゆっくりと撫でて、落ち着かせるよう声をかけた。
相変わらず一言も発しないが、背中に回された腕の力が少しだけ強まった。
時折背中をポンポンと叩き子供をあやすようにする。
部屋の鏡台に写っている「女子高生と抱き合う黒コートの男」の絵面は、俺の精神に多大なる負荷をかけるので一瞬で目をそらした。
そして、泣いている南峯を落ち着かせること数分、唐突に一言
「卓也…くん。…ありがとう」
と呟いた。
「どういたしまして」
相変わらず顔は上げないが、震えとすすり泣きは収まっていた。
ようやく精神が回復したようで、俺も一安心した。
もし酷い精神状態が続くようなら、作戦は中断しなければならないからだ。
それからまた数分後、外から何台かの車のエンジン音が聞こえてきた。
それを聞いて。俺は南峯をゆっくりと引きはがした。
「もう少し落ち着かせてやりたいのは山々だが、時間だ」
「え?」
良くわからないといった表情の南峯の手を取ると、ゆっくりとベッドから立たせる。
そして肩を掴み回れ右をさせると、今度は後ろから南峯の首に手を回した。
丁度"あすなろ抱き"のような形になる。(南峯は絶対知らないだろうが)
「え、ええ!?」
戸惑う南峯をよそに、俺は先ほどの目出し帽を再び被ると、片方の手でナイフを持った。
「ちょっと待って…!まだ心の準備が…」
「ホラ、いいからもっと窓の方に行って」
「え!?!?人に見られちゃうじゃない…!!」
「少女漫画の見すぎだ」
後ろから南峯を抱きしめるような形で部屋の窓の方に近づくと、外には黒の車が複数台停まっているのが見えた。
そして車の外には鬼島や大月や清野を始め、警察の人間が揃っていた。
どうやら清野は俺の頼んだ通り動いてくれたらしい。
今度お礼をしないとな。
そして少し離れたところには真白と…
「南峯」
「な、なに?卓也くん」
「今からは能力をオフにしてくれ」
「え…?」
「できるだろ?心の声を聞こえないようにすること」
「うん、普段はそうしてるけど…」
「じゃあ、しばらくは何があってもオンにしないでな。頼むぞ」
「…?」
ここからは南峯も演者として、そしていち観客として俺の立てた作戦に参加してほしい。
そのためにはテレパシーは邪魔だった。
(よし…)
俺は窓際まで行くと窓を開け、南峯をあすなろ抱きの状態のまま外にいる警官たち
に向かって叫んだ。
「動くなァ!!!!!」
「「!?」」
鬼島たちは一斉にこちらを振り向いた。
こちらの様子に皆、当然驚きを隠せないでいた。
清野だけが、イヤそーな表情でこちらを見ている。
「それ以上妙な動きをしたら、この娘を殺す!!!」
俺は手に持ったナイフで南峯のほっぺをペチペチと叩く。
もちろん傷つけないよう、刃は立てず、軽く。
だが、外の警官たちには緊張感が漂っている。
(ちょっと!何やってるのよ!)
南峯が小声で話しかけてきた。
いきなりこんなことされたらそうだよな。
だが
「いのり!!!!!」
「…………え?」
予想もしなかった人物の声に、南峯は目を奪われてしまう。
「お父…さん…?」
そこには南峯いのりの父、南峯司の姿があった。
彼を呼んだのは、いや呼ばせたのは他でもないこの俺だ。
これで役者は揃った。
ここからは俺が立てた作戦の、メインが始まる。
いつも見てくださり、ありがとうございます。
あとちょっとで書き終わる。
そう思ってはや2時間。
3時間後には起きて出勤。
しまった…




