6 ささやかな祈り
ピンポーン!
(んあ…?)
突然のチャイムにより、俺は夢の世界から現実世界へと引き戻された。
枕元に置いてあるスマホを見ると、時刻は昼の11時を過ぎていた。
昨晩は相当疲れていたのか、目覚まし時計を仕掛けずにいたら10時間以上も寝てしまっていたらしい。
ピンポーン!
「はーい!」
俺はベッドから起き上がると、すぐに顔を洗い、髪を整え、軽く口をゆすぎ最低限人の対応をする準備をし始めた。
しかし、通販を頼んだ記憶もないし、来訪者に覚えはない。
もし下らない勧誘や訪問販売だったら、覚悟の準備をしておいてくれ。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
心の中で悪態をついていると、我が家のチャイムが連打され始めた。
人んちのチャイムをハイパーオリンピックばりに連打するのは止めてくれ…
部屋着から余所行きの服に着替えた所で、たまらずドアを開ける。
「はいはい!ウチになんの…用…」
壁
ドアを開けると、目の前には無いはずの壁があった。
いや、壁じゃない…
「Hello」
人だ…
グラサンをかけてスーツを着たガタイの良い外国のオニイサンが目の前に立っていた。
そのあまりのデカさに、壁と見紛うほどだった。
182cmの俺がかなり見上げるほどだから、2mは超えていると思われる。
迫力がスゲェ…てか胸板アッツ…
「Nice to meet you」
「な、ないすとぅみーちゅーとぅー…はーわーゆー」
「I'm good. You?」
「あいむぐっどとぅー ばーい…」
ニカッと笑い眩しい歯を見せるオニイサンに別れを告げ、俺は扉を
「No!」
閉められなかった。
オニイサンの革靴にドアの閉扉を阻まれてしまったのだ。
俺はこれからどこに拉致されてしまうんだろう。
きっと表にはハイエースが駐車されていて、いやらしいことをされてしまうんだ。
「エロ同人みたいに…」
「アホなこと言ってないで、早く家の中にあげてください」
……誰?このクールビューティーなお嬢さんは。
全然見覚えは無いぞ。
一体全体、どうなっているんだ我が家は。
イヤ待てよ…
ああそうか、誰かが俺の誕生日で呼んでくれたんだな。
誕生日は1か月近く前だけど、まあいいだろう。
ということは、このオニイサンは…ドライバー!
なんだ、そういうことね。
まあ、ガタイが良いに超したことはないもんな。
ごめんねオニイサン、怖がっちゃって。
不審な来訪者の身元も判明し一安心した俺は、このお嬢さんを家に通すことにした。
しかしズイブン若く見えるけど、本当に成人しているのかな…?
ちなみに、普段から家には物をなるべく置かないようにしているので、人をあげるのに特別抵抗は無かった。
掃除もこまめにやっているし、ゴミもきちんと分別している。
俺は手で「奥へどうぞ」と誘導するようなジェスチャーをした。
するとお嬢さんは靴を脱ぎ、家に足を踏み入れた。
そして
「どうぞ、いのりお嬢様」
「…ん?」
お嬢さんがどうぞと言うと、昨日Neighborのオフィスで知り合ったテレパシー少女がオニイサンの後ろから姿を現した。
昨日と同様上品な装いで、俺の住むアパートには場違いな恰好だった。
俺はあまりに予想外の客に驚き言葉を失っていると、いのりがボソッと呟いた。
「……………変態」
顔を赤くしたテレパシー少女は、俺を罵りながらも家にあがり込んだ。
「ぎぶみーあぶれいく…」
肩を落とす俺を見て、オニイサンは指を指しながらゲラゲラと笑っていた。
ホント何なんだ、キミらは…
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俺の部屋はそれほど広く無い。
6畳1K風呂トイレ別の、まあよくある一人暮らし部屋だ。
ベッドとテレビ、それに本棚やらラックやらを置くと、あまりスペースは残らず、あとは飯を食うちゃぶ台が一つあるくらいだ。
そんな部屋に二人も客人が来てしまうと、当然座る場所が無い。
(ちなみに、オニイサンは外で見張りをしている)
つまり今の我が家の中の状態は、いのりとお嬢さんがちゃぶ台で、俺がベッドの上…ではなく、何故かいのりがベッドに座り、俺とお嬢さんが床にクッションを置いてその上に座っていた。
もちろん最初はいのりを床に座らせようとしたんだが、お嬢さんが「お嬢様をそんな薄いクッションの上に座らせるなんて」と反対しあえなく俺が床に座る事に。まあいいけど。
そして
「それよりも、ここの主は客人にお茶の一つも出さないのですか?」
お嬢さんがそんなことを言ってきた。
ていうか、いきなり来ておいて何て偉そうなんだろうコイツ。
まあ、それくらい出してやろうと思っていたところだし、いいけども…
「ドクトルペッパーかマキシマムコーヒー、どっちがいい?」
「何故そんな超甘い2択しかないのですか…」
だって旨いからね。お嬢さんの方は呆れたような顔で俺を見ている。
まあそれは冗談として、俺は二人に缶入りのウーロン茶を差し出した。
そして俺はドクペを飲むことに。
「で、だ…」
それぞれ飲み物を飲み一旦落ち着いたところで、俺が話を切り出した。
「いのりはどうして今日ウチに来た?そしてそこのお嬢さんは誰なんだ?」
他にも色々聞きたい事はあるが、一先ずはこの2つだ。
まさかとは思うが、Neighborからの刺客であることも考えられる。
(もちろん刺客が律儀にチャイムを押して入って来るハズはないが)
もしいのりの目的が、俺を組織に入れる為の説得であれば今すぐお帰り頂く。
俺の質問に対して、まずお嬢さんの方が話し始めた。
「そういえば自己紹介が遅れましたね。私はお嬢様の世話係をしております、真白 愛と申します、よろしくお願いします」
「よろしく」
なんというか、可愛らしい名前だ。
芸能人みたいだな。
「それでさ、さっきからいのりの事をお嬢様って言ってるけど、何で?」
「え?そこからですか?」
そんなことも知らないのか?というリアクションが返って来た。
そういえば俺はいのりのことを何も知らないな。
名前と、能力、それだけ。昨日たまたまオフィスに居ただけの俺たち。
俺の事もいのりには何も話してなかった。名前以外は。
だからこそ、今日俺の家に訪ねてきた理由も、俺の家を知っている理由も分からなかった。
そこから埋めていかなければならない。
「まずあなたは、いのりお嬢様のことをどこまでご存知ですか?」
「名前くらいだな」
「…」
「なんだその目は」
「いえ…。いのりお嬢様のフルネームは南峯いのりと言います。聞き覚えはありませんか?」
「南峯…」
そんな名字の知り合いは俺にはいない。
だからこの質問の答えは「聞き覚えは無い」が正しい。
が、日ごろ生活していればこの名称は嫌でもよく聞く。
南峯銀行、南峯地所、南峯建設、南峯食品などなどなど…
子供でも知っているあの【南峯財閥】と同じ苗字だ。
そしてお嬢様と敬称を付けているのだから、もう確認するまでもない。
「南峯財閥のご令嬢ってことか」
「はい。いのりお嬢様は南峯家の次女で、6人兄妹の下から2番目です」
「はぁ…」
そこまで詳細に教えてくれるとは。
まあとりあえず、いのり…南峯とこのお嬢さんの素性は分かった。
次はウチに来た理由だ。
「そして今日ココに来た理由は、今朝お嬢様があることで落ち込んでしまい、どうしてもココに来て傷心を癒やしたいとおっしゃったからです」
「ちょっと!変な言い方しないでよ!!」
「だって本当のことじゃないですか。珍しくご当主様に話しかけたと思ったら相手にされず落ち込んで、かと思えば急に出かけるって言って知らない男性の家に…振り回されるこっちの身にもなって頂けますか?」
「別に頼んでないわよ!勝手についてきたんじゃない!」
「勝手って…お嬢様、一人じゃ何もできないじゃないですか。だからこうして…」
「それが余計なお世話って言ってるの!!!」
なにやら二人ともヒートアップしてきたな。
いや、鼻息荒くなっているのは南峯だけだが。
ここは一旦落ち着かせなければ。
「なあ、喧嘩するなら帰ってくれるか?」
「…」
「失礼いたしました。後で厳しく注意しておきます」
「----!」
だから挑発すんなって。
だが、南峯もよく耐えたな。エライぞ。
真里亜だったら頭を撫でていたところだ。
とりあえず、大筋は見えた。ざっくりだが。
今朝、南峯と親父さん(?)が喧嘩して、何故か俺のとこに駆け込んできたと。
そしてお目付け役として、真白や外にいるオニイサンが一緒に来たわけだ。
「なあ南峯」
「…なによ?」
「親父さんと何があったんだ?あの件か?」
ココに来た目的だが、昨日会ったばかりの俺を頼るということは、能力絡みしかないだろう。
そして、真白がいる以上ハッキリと能力のことを口に出すことはできない。
だから俺はあえて若干濁して南峯に聞いてみた。
しかし
「あのー、塚田さん」
「ん?なんだ」
「お嬢様の能力のことなら、私知っていますよ」
「なん…だと…?」
真白は何でも知っているな…
いつも見てくださりありがとうございます。
いやー…
仕事が忙しくてついつい間が空いてしまいました。
連休や夏休みも近いので、ガンガン頭の中の話を書いていければと思います。
皆さま、感染症などに気を付けて、お過ごしください。