5 オモテとウラ
「痛っ…………………………っぶねぇ!!」
黒フードによる謎の攻撃で、俺の左腕、その肘から先が地面に落ちてしまった。
俺は腕を切られた瞬間に能力で痛覚を遮断したおかげで、なんとか苦しまずに済んだ。
痛みを感じたのはほんの一瞬だけだった。
本当ならばすぐにでも能力でライフを全快にして腕をくっ付けたいところなのだが、黒フードはともかく、東條に能力使用を見られるのは避けたかった。
何故なら、先ほどオフィスで俺は開泉状態ということで話を通してしまったので、回復を行ってしまえば早速嘘がバレてしまうからだ。
せめて自己強化能力を仄めかしておけば、今地面に落ちている腕を拾い上げて切断面を合わせて能力を使用し「自己治癒力を強化してくっ付いたー!」と強引に押し切ることが出来たかもしれないが、もはや遅かった。
(そもそも目覚めたてでそんな能力の使い方出来てたら、普通に怪しい)
俺は、今は左手を諦め、右腕と足で応戦する事にした。
依然として危機は過ぎ去っていない。
謎の攻撃をしてきた黒フード以外の二人が、こちらに物凄い速度で迫っていた。
その速度から、明らかに常人ではない事が伺える。
開泉か完醒かは不明だが、能力者だ。
そして街灯に照らされて一瞬だけ、黒フードの持っているナイフがキラリと光った。
「あ…あ……!」
突き飛ばされ地面に倒れこんでいる東條は、状況整理が追い付かないのか落ちている俺の腕と俺を交互に見ては呻き声を発しているだけだった。
Neighborの仕事を手伝っていると言っていたが、こういう血なまぐさい戦いにはまだ立ち会っていなかったのだろうか。
だとしたら、大学生の女の子がいきなりグロシーンを目の当たりにしたらこうなってしまうのも無理はない。
むしろ悲鳴を上げたり気絶しないだけ我慢強いと言える。
目の前に意識を集中した。
黒フードの一人が、もう目前まで迫ってきている。
全身の強化は、痛みを消した時に既に完了していた。
日ごろの訓練のおかげもあって、強化は淀みなく実行できている。
俺は右手を体の前30センチくらいのところで構え、戦闘姿勢を取った。
黒フードは左手に持ったナイフを振りかぶると、素早くこちらに突き出してきた。
俺はギリギリまでナイフを引き付け、刃先が構えた右手を通過する瞬間に相手の左手首を自分の手の甲で素早く外側に弾いた。
ナイフは落とさなかったものの、突きをいなされ黒フードは大きくバランスを崩した。
俺は外側に弾いた右腕を軽く戻すと、そのまま黒フードの人中(鼻と口の間の急所)目がけて掌底を繰り出した。
目出し帽を被っているので正確な人中の位置を捉える事は出来なかったが、それでも強化された右腕による攻撃は相手に大きなダメージを与えることに成功していた。
相手は小さく呻き声を発し上体を大きく仰け反らせると、そのまま後ろに倒れかけた。
俺は倒れる黒フードの胸倉を右手で掴むと、肘を曲げ自分に引き寄せ柔道の背負い投げの要領で強引に体に担いだ。
そしてそのまま投げるのではなく、体を反時計回りに一周させて、迫ってきていたもう一人の黒フードに投げつけた。
一瞬の出来事であったのと油断のせいなのか、もう一人の黒フードは投げられた仲間を避けきれず、そのまま二人まとめて地面に倒れた。
「ふぅ…」
俺は一息つくと、再び謎フード(謎攻撃を仕掛けてきた黒フード)を見た。
謎フードは最初の位置から一歩も動かず、こちらの様子を見ている。
倒れている二人の黒フードと、奥にいる謎フード、こいつらの狙いは俺とみて間違いないだろう。
だが、俺には誰かに恨みを買った覚えはなかった。
自慢じゃないが、社内でも取引先とも良好な関係を築けている。
ましてやナイフで襲われるなんて事はありえない。こいつらの目的はなんだ?
「…」
「うぅ…!」
「ぐ…う…」
三人とも、中々に無口そうだな。
仕方ないので、とっ捕まえて後で無理やり聞くことにした。
俺は再び能力を使用する。
とはいえ、自分に対しての強化は満遍なく済んでいる。
目的は名前の確認と、あわよくば敵に弱体化を行う事だ。
早速、黒フード三人衆を見る。
やはりというか、俺が能力で操作できる数値は表示されなかった。
この能力では、俺の認識していないステータスを操作することはできない。
相手に弱体化を行う場合は、相手の筋力値とかを知らないとならないのだ。
スムーズに操作できるのは、俺自身と、俺が知っているモノと、俺が触れているモノに限る。
西田の鼓膜を治療した時なんかがそうなのだが、俺が直接触れているモノは、意識することであらゆる数値を認識し操作することができる。
しかし、一瞬触れば操作できるかと言うとそれは無理で、意識を10秒くらい傾けて初めて操作可能となる。
なので戦闘中に初見の相手の弱体化を行うのは現実的ではない。
もし行うなら、相手を一度行動不能にしてからでないとならないという、なんとも意味の薄い順番になっている。
ちなみに身長やスリーサイズなど、見て何となく分かるものは初めから操作できるのだが、動かせる範疇はそれほど大きくない。今のところは。
だから、戦闘において有利に進める弱体化とはいかないのだった。
さて、倒れている二人の黒フード。
名前に見覚えは無いな…俺の記憶違いでなければ、会ったことも話したこともない。
今俺が見ているのは、操作をする際に浮かび上がる対象の名前だった。
これは俺が復活した後に能力に備わっていた機能で、操作を行う対象の名前が確認できる。
モノならモノの、人物なら人物の名前が数値と一緒に浮かんで見えてくる。
今みたいに操作可能な数値が無い場合でも、名前だけ確認することは可能だ。
これはかなり嬉しい副産物だった。
こうして正体を隠している相手を看破できるのだから。
(あれ…?)
奥にいる謎フードに注目したところ、見覚えのある名前が表示されていた。
しかし何故、コイツが俺を殺しに来る?恨みを買った覚えはないぞ…
いくら考えても、答えにたどり着けそうにはなかった。
謎フードを見据える俺の目線の端には、意識を失った黒フードを抱えながら歩くもう一人の黒フードの姿があった。
あと1分もかからぬうちに3人は合流し、態勢を立て直して再度襲ってくるだろう。
あるいはこのまま撤退するだろうか。
パチンコ玉散弾銃で追撃したいのは山々だったが、生憎ここは住宅街。
ヘタに撃ってしまうと一般人への被害だけでは済まず、能力者の存在がバレて最悪処刑されてしまう恐れがあった。
西田との対決の際は結界があったので思う存分やれたのだが、今はそうもいかない。
(……よし!)
俺はこの状況を打破すべく、今思いついたことを試してみようと決意した。
これで相手がどう出るか、見てから動くのも悪くないだろう。
相手の目的も理由も分からないし、3対1な上に左腕が取れていて尚且つ能力はなるべく見せたくない。
これらの悪条件が好転すれば良いのだが…
俺は息を思い切り吸う。
そして
「随分な歓迎じゃないか!!青柳サンよぉ!!!!」」
俺は大きな声で、相手にハッキリと聞こえるように叫んだ。
俺が謎フードを見た時に浮かんでいた名前は、先ほどNeighborのオフィスの待合スペースに座っていた男 青柳 武その人だった。
下の名前は、首からぶら下げていた社員証で確認済みだ。
俺が叫んでも青柳は微動だにせずこちらを見ていた。
だがもう一人の黒フードは見るからに動揺しており、青柳と俺を交互に見やっていた。
程なくして青柳は、気を失っている黒フードを担ぐと、この場から立ち去って行った。
もう一人の黒フードも、気を失った黒フードを担ぐ係から解放され、一目散に去っていった。
なんとか難は去ったな…
俺は未だに尻餅をついて地面にへたり込んでいる東條に駆け寄り、手を差し伸べた。
左腕は未だに地面の上なので、右腕で起こした。
「ケガは無いか?東條」
「えと…その、はい。あ、ありがとうございます。それより、て、手を!」
「ああ、そうだな。どうするかな」
「どうするかなって…」
正直、東條が帰ってくれればすぐにでも治療できるのだが。
どうやって彼女を帰そうかな…
俺はいくつかアイデアを出してみる。
1 これくらいならセメ○インでイケるから、帰れよ。
2 次の話までには治ってるからヘーキヘーキ、帰れよ。
3 「失せろ」ギロ と凄む。
全部却下だ。
3に関しては、守った相手に言ってどうする…
俺がどうやって東條を帰そうか悩ませていると、東條が提案をしてきた。
「Neighborのオフィスに戻りましょう!今日は確か関さんが居るはずです!」
「…ん?関さんってダレ?」
「Neighborに所属する治療術師です!とてもすごくて、それくらいのケガなら、1時間くらいで治せると思います!」
「…」
「さあ、早くオフィス行きましょう!」
今来た道を引き返そうと、東條は俺に促してくる。
だが、俺の中ではある一つの仮説が生まれていた。
何故 Neighborの青柳が俺を襲ったのか、ということを…
もし俺の仮説が正しければ、もしかしたら東條も…
「どうしたんですか、塚田さん?早くしないと手遅れになるかも…」
「なあ東條」
「はい…?」
テンパっていた東條だが、俺の声の温度があまりにも低かったのか、落ち着いて俺の話に耳を傾けた。
「さっき襲ってきた三人組の中に、Neighborの青柳が居たんだ」
「え…?」
「俺が叫んだの、さっき聞こえてたろ?」
「でも、それは、適当に言ったとかじゃ…顔も見えなかったですし…」
「じゃあ何であの三人組は逃げたんだ?」
「それは…」
「…」
東條は黙ってしまった。
俺の質問に対し返す言葉が見つからないんだろう。
その表情からは…どうだろう。
東條自身もどういう状況か分からない風に見える。
とても青柳たちと共謀して、俺を嵌めようとした様には見えなかった。
しかし青柳も、先ほどオフィスで見た時の印象は無害そうな感じだった。
所詮人の印象なんてアテにならないのは分かっていた。
なので、今東條と一緒にNeighborに戻るのは得策ではない。
「東條」
「はい…?」
「悪いが、一緒にオフィスには戻れない。じゃあな」
俺はそう言うと、地面に落ちている自分の左腕をちゃんとテイクアウトして走り出した。
そして適当な民家にジャンプで飛び乗るとそのまま背の低い建物から高い建物へと飛び移っていき、自宅へと帰っていった。
「塚田さん!!」
東條の叫びは、静かな住宅街に響いて、溶けて消えたのだった。
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「はぁ…」
俺は自宅のベッドの上で仰向けに寝転がり、小さなため息を付いていた。
あの後俺は、屋根伝いに移動して自宅へと戻って来た。
左腕は移動中にくっ付けて、今はすっかり元通りだ。
部屋に入る前に近くのコンビニに寄って、明日の朝飯と酒を買っておいた。
しかしシャワーを浴びてサッパリしベッドに寝転がると、酒を飲む気にはならず今日はこのまま寝ようと思った。
改めて、今日は色々あったなと感じていた。
能力者組織、テレパシー少女、襲撃者、そして東條…
俺の仮説が正しければ、先ほどの襲撃は恐らくマッチポンプだ。
入職を断った相手に対して襲撃をし、組織に入らないと危険だと吹いたり、治療の貸しを作りNeighborに戻ってこさせる目的があったのだと思われる。
青柳にそれほど殺意が感じられなかったのも、俺を殺す気が無かったからだろう。
そこに東條や平が関与していたかは不明だが、もう組織には…行けないな。
もし次接触や襲撃してくるようなことがあれば、今度はきっちりと叩かないと…。
しかし、まさか異世界でも早速、人間関係や組織のしがらみで頭を悩ませることになるなんてな。
(ああ、だるいなぁ…もうちょい俺TUEEEな事があってもバチは当たらないと…思うんだけどな…)
段々と意識がまどろんできた。
体のダメージは治せても、心の疲れまでは能力では癒せない。
濃密な1日を過ごした結果、酒が入っていなくても眠気が強烈に襲ってきている。
そもそも遅くまで普通に働いていたのだから、それも無理からぬ事だった。
日常と異世界のダブルワークで色々と考える事があるが、全部明日にしようと思った。
(そうだ…明日は久々に、マラソンでも行こうかな…)
ケガのせいでしばらくできなかった、誰も覚えていない俺の趣味を明日は久々に実行しようと思っていた。
空耳アワーが終わる頃、俺の意識は完全に闇の中に沈んでいた。
いつも見てくださりありがとうございます。
いやー、主人公が急に体術Sになっちゃったなぁ…
まあ動画で勉強してるということでひとつ。
金曜日夜の、空耳アワーの時間らへんが一番幸せ。




