2 26歳のアガペー
金曜の夜
日中だけでなく夜も暑い7月初旬。
仕事を終え帰路につく俺の前に、一人の女の子が現れた。
その子は確かに能力者を歓迎すると言った。
つまり俺が能力者であることを知っているという事だ。
俺はすぐにゼロにしていた瞳力レベルを上げて、目の前の子を見た。
それほど多くはないが、確かにこの子の体をエネルギーが纏っているのが見えた。
つまり、この子も能力者だ。
そしてこの子の目の周りに一番多くのエネルギーが集中しているということは、
同じく瞳力を使って俺が能力者であることを看破したのだろう。
「わっ!もうサーチが使えるんですね。スゴイですね!!」
女の子は、まるで小学生が覚えたての九九を完璧に暗唱していたかのような軽さで俺を称賛した。
その態度にイヤミとか高慢な感じはせず、純粋に俺の行いに対して驚いているようだった。
そして恐らくサーチとは、俺が能力でレベルを上げ下げしている瞳力のことだろう。
先日女神が瞳力を、能力者が長く修行することで得ることができる力だと言っていた。
俺のことを"能力者なりたて"と思っているこの子に、ここで咄嗟に見せてしまったのは早計だったか…?
一向に反応を見せない俺に焦ったのか、女の子は続けて話した。
「あ、すみません!申し遅れました。私はNeighborに所属する 東條 玖麗亜という者です。我々は、アナタのような力に目覚めて間もない方を保護している組織なんです!」
「…保護?」
「はい」
「詳しく聞いてもいいかな?」
「! はい!」
東條と名乗った女の子は嬉しそうに返事をすると、「あまりここで詳細には言えませんが…」と前置きし少しだけ自分のことを話し始めた。
彼女の所属する【Neighbor】は、突如力に目覚めて困っている人を保護して、正しい知識や身の振り方を教え、場合によっては仕事を斡旋することを目的とした組織だという。
構成員は全員能力者で、一部を除きほとんどの人間が保護されてそのまま仲間入りしたそうだ。
彼女も1年前、高校3年生の時に突如能力に覚醒し、Neighborにスカウトされたんだとか。
そして、彼女は俺を二週間前にたまたま目撃し"力に目覚めかけている"と感じたようで、今日もう一度確認したら完全に目覚めていたから、思い切って声をかけてみたんだという。
俺は二週間前と言えば能力はバリバリ使っていたが、まだ人間として復活していなかった時期だ。
そして今週にはもう復活している。
「能力は使えるけど半分死んでいる」状態が「目覚めかけ」に映っていたかどうかは自分では分からないので何とも言えないが、一応話の筋は通っている。
たまたま目撃したというのが本当ならな。
しかしまあ、Neighbor、隣人か…
キリストの教えで言う「汝の隣人を愛せよ」から取っているのだろうか。
正直少し…いやかなり関わりたくない匂いがする。
普段であれば、声をかけられたとしても絶対に立ち止まりはしないだろう。
このあと変な集会とか壺とか絵が待ち構えている匂いがプンプンする。
ではなぜこんなに話を聞いているかと言うと、もちろん「能力者絡み」だからだ。
俺はまだこの異世界のことを何も知らない。
大学生で言えば入学式直後の1年生だ。
ここらでそろそろガイダンスを受けておきたいと思っていたところだった。
こいつらが俺の疑問に、すべて正直に答えてくれるかどうかは別として。
何も知らなかったころ、俺は「もしかしたら超能力が存在するかも」なんて思いもしなかった。
超能力があればいいなと思うことはあっても、周りにこれほど溢れているなんて思いもしなかった。
それほどまで一般人に秘匿され続けてきた異世界のことを知るためには、やはり異世界人に聞くのが一番手っ取り早いだろう。
本当はもっと一般人としての時間を大切にしたいという気持ちもあったけれど、思いのほか早く迎えが来たようなのでタイムアップだった。
何かあってからバタバタと慌てるのも嫌だし、少し積極的に情報集めをしよう。
何もこれから世界を救うために冒険をするワケじゃないんだ。
話を聞いたうえで、自分のやりたいようにやればいい。
俺には臆する事なんて、何もなかった。
しばらく話を続けていた東條だったが、ふと「これ以上詳しくは、ここではちょっと…」と言葉を濁してきた。
「どうした?」
「これより詳しい能力の説明は、拠点にいるリーダーからすることになっているんです。これから私と一緒に行きませんか?」
「…これから、ね」
やはりそう来たか。
彼女がガチでも似非でも、自分の拠点に相手を誘い込むであろうことは容易に想像できた。
別に誰かと飲む約束をしているわけではなかったので、これから行くのは構わない。
だが一つ、大きな問題があった。
それを解決しないことには、拠点に同行するわけにはいかない。
俺は東條に一つの提案をすることにした。
「拠点へ行くのはいいが、その前に一ついいか?」
「? はい、なんでしょう」
「つけ麺が食いたい」
「……え?」
もうすぐ9時になろうとしているのに、俺は夕食がまだだった。
これは由々しき問題だ。
なので、声を掛けられる前に食べようと思っていたものを要求したのだ。
別に奢れと言っているわけじゃないけど。
予想外の提案に、彼女は面食らった顔をしていた。
つけ麺だけに。
座布団
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「イラッシャッセー!何名サマッスカー!」
「二人で」
「テーブル席ドウゾー!!」
今日初めて会った女子大生を連れて、俺は神多駅近くにある行きつけのつけ麺専門店【田町製麺所】へと足を運んでいた。
テーブル席に向かい合わせに座ると、俺は東條にメニューを渡した。
「あ、ありがとうございます…アナタは見ないんですか?」
「俺はもう決めてある」
「そうですか…」
少しの間メニューを見ていた東條だったが、決まったらしくテーブルにメニューを置いた。
それを見て俺は店員を呼んだ。
「ご注文ナンニシヤッショー?」
「俺はつけ麺中盛・割り飯・冷たい麺で」
「私は辛つけ麺の並盛で、麺は、冷たいので…」
「紙エプロンお使いになりますかー」
「2枚ください」
「アーリッシター!」
店員はオーダーを取り終わると、厨房に向かいキッチンにオーダーを告げる。
そして紙エプロンを取るとすぐに持ってきてくれた。
俺は紙エプロンを受け取るとすぐに取り付けた。
料理が出るのにそう時間はかからないし、ワイシャツを汚したくなかったからだ。
ちなみに今週の月曜日から、通勤時の服装が以前のスーツに戻った。
ギプスも取れてゆったりした服を着る必要が無くなったためである。
ジャージで出勤するのはやはり少し抵抗があったので、個人的には在り難い。
といっても今はクールビズ期間なので、割とラフ目なスラックス+半袖ワイシャツだけど。
俺が料理の到着を楽しみに待っていると、前に座る東條から視線を感じた。
そちらに目をやると、何故か東條はジト目でこちらを見ている。
「どうした?」
「あの、一ついいですか?」
「なんだ、トッピングの追加か?」
「違います!アナタ、本当に力に目覚めたばかりなんですか…?」
「何を今更。自分で言ってたじゃないか。先々週までは目覚めてなかったって」
「そうですケド…なんか落ち着きすぎてませんか?私なんか急に力持ちになるし、頑張ってサーチを覚えたら、街中変なもので溢れてるしで…」
言いたいことはわかる。
きっとこれまで東條がスカウトしてきた連中は、彼女と同じように最初は狼狽えていたんだろう。
他の連中はある日突然力に目覚めたという言い方をしていた。
話を聞く限り、俺の場合とスタートが少し違う。
俺が力に目覚めたのは突然ではないし、落ち着きすぎているのにも理由がある。
それは俺が目覚めた時は、目前に死の危機が迫っていたからだ。
そのあとも命のやり取りをして、ようやく解放されたのが先週末だ。
サーチとやらを身につけたのもその時だし、街の様子に多少は驚いたもののパニックになるほどではない。
何せ影とか神とかそんなのと対峙していたんだし、驚くなんて今更だ。
急に力持ちになるというのは、少し覚えがあった。
召間殿からの帰還直後、大量の瓦礫に潰されていても痛い程度で済んでいたのがそうだ。
恐らく調律者で強化する前から、肉体の強さが上がっていたのだと考えられる。
サーチの方は…結構簡単に身に着けられるんだな。
女神の言い方だと、達人の技みたいな感じだったけど。
10代女子が頑張って身に着けられる程度だったんだ、と思った。
東條が抜群にセンスが良いだけかもしれないけどな。
「つけ麺チュウノカター?」
そうこうしているうちに、俺たちの席に料理が届いた。
俺の前にはつけ麺中盛に割り飯、東條の前には辛つけ麺並盛が置かれた。
サイズは小さいほうから並・中・大・特盛とあり、大までは同じ金額で変更可能だ。
割り飯はラーメンライスのライスみたいな位置づけで、この店は麦ごはんを提供している。
俺は普段は大盛を食べるのだが、今日は割り飯を頼んだので中盛にした。
しかし、相変わらず旨そうなつけ麺だ。
濃厚魚介スープに、加水率高めのツルッツル中太麺。
スープに浮かぶ小さい海苔の上には、魚粉がこれでもかと乗っている。
まずはこれをスープに溶かし込んで、濃厚スープをさらに濃厚にする。
はじめに麺を1すすり分だけ取ると全てスープにダイブさせ、豪快にズズズと食べる。
一緒に頼んだ割り飯は本来最後に残ったスープに絡めて食べるところだが、俺は序盤にスープをかけて、そのままレンゲで一気にかっこんで食べる。
スープの中に入っているチャーシューはサイコロ状にカットされている。
非常に柔らかく、口の中で繊維がホロホロとほどける。
スープであらかた食べつくした割り飯の最後を、このチャーシューで片づける。
あとは卓上にある胡椒やトウガラシなどをお好みでかけて食べる。
麺を食べ終わったら、同じく卓上のポットの中にある割りスープをつけスープに投入し、最後の一滴まで飲み干して完了だ。
大満足だ…
「なあ東條」
「あ、はい!なんですか?」
「有名人でさ、能力者っていないのか?」
「あー…そうですね」
食事中、何となく気になったことを東條に聞いてみた。
もちろん声のボリュームは抑え目で。
仮に聞かれていたとしても、能力者だとか異能だとかを真に受ける人間はいないだろうけど。
念のためだ。
「マジシャンのジャック・マイナード氏なんかは能力者ですね」
「え、マジか」
「彼は重力遮断能力を使って空中浮遊マジックを行っています。サーチを使って彼のテレビや動画を見るとすぐにわかりますよ」
なんと、天才マジシャン ジャック・マイナードの披露する空中浮遊マジックは本当にタネも仕掛けも無かったのだ。
(能力は使っているけど)
彼はアメリカ デトロイトのスラム街出身で、小学生の頃に能力が発現したという。
以降彼はストリートで、マジックに見せかけた能力ショーを行い日銭を稼いでいた。
そんな時に彼のマジックの師匠に当たる人物がたまたまストリートショーを見て感激し、彼をスカウト。
その後師匠の下で修業したジャックはさまざまなテレビや舞台で活躍し、今の地位を得たのだそうだ。
彼の持つ重力遮断は、自分や対象にかかる重力を弱めたり無くしたりすることができ、ショーでは自分やモノ、時にはゲストを舞台に上げて浮遊させるという。
このことは家族はおろか師匠にも秘密にしており、ショーの際はスタッフにワイヤーやリールなど空中浮遊マジックに使いそうなそれっぽいモノを用意させごまかしているという。
空中浮遊以外のマジックは凄腕の師匠からちゃんと教わっており、その実力は本物だというのだ。
衝撃の真実だ。
「あれ…?でもおかしくないか」
「なんでしょうか」
「家族や師匠にも言っていない話を、何故東條が知っているんだ?秘密なんだろ?」
「ふふふ、鋭いですね。そのあたりは後程、リーダーから説明がありますよ」
「あっそ…」
楽しそうにもったいぶる東條。
あくまで詳細は拠点に行ってからか。
まあいい。
どうせあと少しで聞けるんだ、楽しみにとっておこう。
お互いにつけ麺を食べ終わると、会計を済まして店を出た。
俺が二人分の会計を済ませると、東條は自分の分も出すと食い下がって来たが、情報料だから気にするなと言って制した。
どうしても気になるならコーヒーをご馳走してくれと言ったら、隣にあるコーヒーショップでコーヒーを買ってくれた。
二人してコーヒー片手に緑の電車に乗り、拠点があるという神橋駅に向かった。
いつも見てくださりありがとうございます。
はよ拠点行けや、と思われていたら
おっしゃる通りです。
でも長くなりそうなんで、分けました。
タイトルは、私がこれまでで最もハマったユニットの曲名から来ました。
元のタイトルは16歳、主人公はたまたま26歳
アガペーはキリスト教の無償の愛とかそんな意味…
行ける!と思って勢いで付けました。
次回は拠点に行きます。
1話1話盛り上がりに欠けるのは相変わらずですが、良ければお付き合いください。