19 裏切りの理由
「清野…お前……」
友の登場に、俺は一瞬"最悪の事態"を予想したのだが、それを琴夜が打ち消した。
(あの人だけは生きていますよ)
(…そうか)
俺と志津香を取り囲む六人の中で、清野だけが唯一の生存者だった。
それを聞き安堵するが、そうなると新たな疑問がわいてくる。
「…なんで尾張の手下とつるんでんだよ」
「誰とつるもうが俺の勝手だろ?」
「なワケねーだろ。ソイツらの主人はお前の同僚を何人も殺してるんだぞ」
「だったらどうした?」
「テメー……マジで言ってんのか…?」
俺は思わず近付き、至近距離で睨みつける。
しかし俺が凄んでも、清野は一切表情を変えずに俺を見ていた。
そして…
「俺には、どうしても話を聞かなきゃならねえ相手がいるんだ。その為なら、ネクロマンサーにだって手を貸すぜ」
と言ったのだ。
「…お前、まさか」
その言葉を聞いて、俺はひとつの可能性に行きついた。
清野が尾張に協力する理由。
尾張でなければできない事に…。
「そうだ…だから邪魔をするなら―――」
『なんだ…』
『喧嘩か?』
『カップルが絡まれてるぞ…』
駅周辺にいた人間が大勢こちらに注目している。
どうやらかなり目立ってしまったようだ。
これだけ人がいる中で睨み合っていれば当然っちゃ当然だが…
「―――ちっ。ズラかるぞ」
「は?何言ってるんだ。主からの指令は…」
「…尾張のヤツがせっかく"クリーンなイメージ"を付けようとしてるのに、ここでお前らが暴れたとニュースになれば一気に風向きが変わるぞ?アイツはいざとなりゃお前たちの誰かの首をハネて『死人が暴れてる』って吹いて回るくらい平気でするぞ」
俺を指さし、お仲間にそんな事を言う清野。
流石。俺の事よく分かってるじゃねーの。
「くっ…。退くぞみんな」
「え…」
「今日はもう無理だ。行くぞ」
「あ、ちょっ…」
死者の中のリーダー格みたいなヤツが他の死者を下がらせる。
どうやら戦闘にはならずに済んだみたいだ。
「じゃあな」
そして最後に清野が去っていく。
清野はどうやら、尾張を利用して自分の母親を蘇らせようとしているらしい。
あの話を聞くために…
_______
電車内 21:15
俺は志津香と一緒に帰りの電車に揺られていた。
珍しく乗客はほとんどおらず、ほぼ貸し切り状態となっていた。
これも例のニュースの影響だろうか。
「ねぇ、さっきの…」
「ん?」
志津香が横に座っている俺に質問してくる。
内容は、当然清野の事だろう。
近くにいた志津香には、俺と清野のやり取りが聞こえていたハズだ。
「清野さんの目的って…」
「…」
俺の口から、アイツの過去を話してしまってもよいのか…少しだけ躊躇う。
だがここまで関わらせておいて、何でもないと言うワケにもいかない。
俺は志津香に、清野の昔話をすることに決めたのだった。
「実はな…アイツがまだ小さい時、母親が亡くなっているんだが―――」
俺は清野から以前聞いた、アイツがどうしてそこまで能力者を憎むのか…その根底の話を志津香に始めた。
「―――母親を殺したのは超能力を持った人間だ…とアイツは思っているんだ」
「どういうこと?」
「昔アイツと母親は、とある銀行強盗事件に巻き込まれたらしくてな。その際に犯人は行内に立てこもり、長い時間アイツと母親を含む客は人質として監禁されていたそうなんだ」
それぞれナイフと銃を持った二人組の犯人が、客を人質に立てこもった。
だがそんな状況から犯人たちに逆転の目があるワケも無く、突入してきた警察に確保され人質は無事解放されるハズだった。
ところが警察の突入に逆上した犯人の片方は隠し持っていた爆弾で自らと人質のひとりを巻き込み自爆。どちらも命を落とすことに。
「…それが、清野のお母さん」
「ああ。そして事件は尊いひとりの犠牲者を出してしまったものの、無事解決とされていた…が、この話には続きというか、裏があるんだ」
「裏?」
「これは事件から約6年後、清野が高校3年生の時。能力が覚醒したアイツの家には鬼島さんが訪ねてきたんだそうだ。そこでまあ、能力の説明を受けるだろ?」
「うん」
「その時に急に、頭の中に強盗事件の記憶が蘇ったんだそうだ。小学生の清野が見た、爆弾で爆発する寸前に『凍らされるように固まっていく母親と犯人』の姿を…」
清野曰く、超能力の存在が自分の中で肯定された時に、その不可思議な光景がフラッシュバックしたそうだ。
そしてその犯人を見つけ出すために特対に入った。
アイツが能力者に対して何を思っているかは、普段の態度から明らかだ。
「じゃあ、ネクロマンサー側に付いたのは、母親を蘇らせてもらって何があったのかを聞くため?」
「おそらく。当時の事件資料を見たらしいけど、これといって該当する能力者の関与は確認できなかったみたいだし」
だからアイツは今でも探している。
自分の母親が死ぬ原因となった、もう一人の犯人を…
ハガキの能力を借りることが出来ればそれが一番なんだろうが、使い手はあいにく檻の中。
いくら清野が職員だと言っても、頼んだからハイどうぞとはいかない。
おそらく持ちうるコネを全部使ったが、ハガキを出させることが出来ていない。だから尾張を頼ったんだろう。
そして清野は尾張を利用するだけ利用して、自分の用件が済んだら裏切る気だ。
尾張もバカじゃないから『忠誠心を見せたら要求に応じる』とでも言ったのだろう。
だからああして死者を引き連れて俺を狙ってきた。
しかし、あんな人通りの多い場所でわざと騒ぎになるようにしたことで、アイツが完全に裏切っていないことは明白となった。
とはいえ、死者と何かをしている事が特対にバレただけでも立場上よろしくないだろう。
早めに何とかしないとな…
気にすることがまた増えてしまった。
(琴夜)
(はい)
(さっきの俺の友達の母親は、13~4年前に亡くなっているんだが。それくらい年月が経った死者の魂がまだ黄泉の国に残っている可能性はどれくらいだ?)
俺は琴夜に、清野が尾張側に付く理由である『母の蘇生』に必要な条件を確かめるべく質問した。
今朝の話では、人間の魂が次に生まれ変わるまでの期間は"およそ10年"とのことだった。
もし清野の母親が"すでに復活不可能"であれば、取引は不成立。すぐにでも尾張を裏切るだろう。
アイツの性格上、尾張なんて最も忌むべき対象だからな。
(そうですね。可能性はほぼゼロ…でしょうね)
(そうか)
(もし残っているとしたら、それは何か理由があって滞在を許されているという事ですから、一般の人ではまずありえません)
琴夜の口からハッキリと確認できた。
(ありがとう)
(なんなら私、調べて来ましょうか?)
(いや、いいよ。確認が取れたとして、清野にそれを証明するのは難しいからな。琴夜の存在を明かしてもいいけど、しばらく会ってくれそうにないし。それよりも先に向こうの協力関係が崩れる方が早いハズだ)
俺が黄泉の国の情報に精通している事はそれほど知られていない。
だから俺がいくら電話やメールで『お前の母親は復活できないんだって!』と訴えた所で、それを信じてもらえるかどうかは怪しい。
普段の関係性なら無条件で信じてもらえる部分は多くあるが、こと母親の件に関してはセンシティブな部分だからな…。
慎重に話さないと。
最悪なのは、清野は母親の話も聞けず、特対からは憎き仇敵に加担した反逆者と認知されてしまった時だ。
その辺り、ちゃんと考えてんのか…?反逆者でない事を証明する"有益な成果"が必要だぞ…?
「まあ、清野の件についてはちょっと考えてみるよ。悪いけど他言無用で頼むな」
「わかった。それで、私は今後はどうすればいい?」
「やってもらいたいのは、一般に公表されていない尾張の情報なんかがあれば教えてほしいかな。メールとかじゃ身内に察知されるってなら、呼び出してくれればいいから」
黙って頷く志津香。
協力してくれるとは言え、極力彼女の立場は守りたい。
不協力を負ってでも明確な出世を取りに来た四十万さんと違い、志津香は善意によるところが多い。
しかも頼めば多少危険な事でも二つ返事してくれそうなところがあるから、こっちで舵を切ってやる必要がある。
「じゃあ、よろしくな」
「うん」
こうして志津香を送り届けた俺は、ようやく帰宅することが出来たのだった。
朝から四十万さんの件、ゲーセン、志津香、清野とてんこ盛りだったな…
そしてこれからも大変だぞ。
いつも見てくださりありがとうございますm(__)m
あちぃー




