6 検定1級
「来ちゃった♪」
「来ちゃったって…」
西田はアポなしで家に来た彼女のような気軽さで、状況に似合わぬ笑顔を見せていた。
一方の卓也はそれに苦笑しながら応える。
「「「……」」」
魅雷と冬樹、そして騒ぎに駆けつけた他のメンバーは無言でその様子を見ていた。
大勢が集まっているにもかかわらず二人だけの世界を形成する彼らを…。
死者と思われる女と親しげに話す彼を、ただ立ち尽くし見ている他なかった…
「尾張に操られてる…って感じじゃなさそうだな」
「ええ。私たち死者は、ネクロマンサーへの絶対服従を条件に意識を残してもらえる場合があるんです」
「あぁ…」
卓也は獅子の面の男、朽名を思い出す。
彼もまた、自らの意思で活動していた。
しかしそうなると、目の前の西田は進んで尾張に協力しているということになるが…
「といっても、私は主であるネクロマンサーに命じられてここに来たわけではないですけどね」
「そうなのか?」
西田は、尾張に蘇らせてもらったとは言うが、何かの命を受けてここに来たわけではないと話す。
「私は最初、神多ビル倒壊事故の"悲しい被害者役"として、表でアピールをする役割で復活させられました。今、警察とかに名乗り出ている人たちのポジションですね」
知ってるでしょ、と卓也に確認し、それに頷いて答える。
「ところが主の予想に反し私は便利な能力が使えたので、戦闘・補助要員としての役割が与えられました」
「…やっぱりいるか。そういうポジションも」
「はい。広報担当とは別に…。そして私は先日、主がセンパイの名前を口にするのを聞いたので、あえて私たちの関係を話したんです。それはもう、お互い両想いだったことをね」
「…」
「そしたら、私がセンパイへの交渉材料になると踏んだんでしょう。センパイの家の住所を調べて、どこかのタイミングで訪問しようと準備していました。今日は匂わせ程度でしたけど」
「ふむ…」
ここまでは概ね予定通りですよ、と語る西田。
「私はその住所をコッソリ覗いていて、こうして今日、操られる前に主の目を盗んでセンパイに会いに来た…というワケです。ちなみにここへは、役割上必要だという事で与えられた転移能力を使いました」
「…なるほど。随分と大胆な事をするんだな」
「愛ですよ、愛」
エッヘンと誇らしげに話す西田。
「はは。ちなみに君の主の居場所を聞いても?」
「残念ですがそれは私にもわかりません。窓も何もない場所に待機させられているので、日本に居るのかどうかも不明なんです」
「かなり徹底してるね」
「ええ。転送で出るのはOKみたいですが戻る事は出来そうもないので、今ここに居る私は影で作った分身に感覚移譲した人形に過ぎません。恐らくこの行いもいずれ主にバレて、完全な操り人形にされるのも時間の問題でしょうね」
「…そっか」
いつかの影の能力で作り出した人型。以前よりもフォルムが精巧で、完璧な西田さくら本人の姿をしているのは能力が成長した証拠だと言える。
そしてここまでの話の通り、目の前に居る西田からは敵意がまるで感じられず、完全な独断で動いている事が分かった。
その証拠に、他にも尾張の利敵行為となる情報提供を卓也にし続けたのだ。
能力公表用の事故の被害者の他に、戦闘要員や補助要員などを蘇らせ、場合によっては能力複数持ちの死者を作り出している事。
死者に課せられたルールの事。
尾張だけでなく、協力者が居ると思われる事。
などなど…
初耳の情報もあれば、卓也の予想の答え合わせをすることが出来るなど、調査に大いに貢献してくれたのだった。
「さて、センパイ。ここでクイズです」
「クイズ?」
バラエティ番組のような唐突なクイズに、何だろうと疑問符を浮かべる卓也。
西田はノリノリで言葉を続けた。
「はい。私は先輩に今日、"あること"をお願いしに来ました。それはなんでしょう?」
「あぁ…」
「分かりますかー?」
「そんなの簡単だろ」
なんだそんなこと、と言わんばかりに余裕の表情を浮かべる卓也。
「凄いですね!じゃあ『せーの』で同時に答えましょうか」
二人は息を合わせ、西田のお願いを同時に口にした。
「せーの…」
「「ネクロマンサーをぶっ飛ばしてほしい(です)」」
見事にマッチする二人。
「ふふ…よく分かりましたね」
「そりゃな。俺と西田を『もう一度引き離させる』なんて、許されないからな」
先ほど西田自身も言っていた、『二度と勝手な行動をさせないため』『卓也を揺さぶるため』、もう西田の自由な時間はそれほど多くない。
次二人が出会う時はお互い敵同士になることを覚悟した上での回答である。
また西田も、自分が卓也の足枷にならないよう先手を打ち、確認しに来たのだ。
『敵となった自分と相対した時、ちゃんと自分を殺せるかどうか』を。
だがそんな心配は卓也を見て杞憂であったことが分かり、満足していた。
尾張の"卓也への交渉"は、西田さくらを復活させた時点で、もう破綻していたのだ。
「その通りです。流石センパイ♪」
「まあな。"西田検定1級"の俺にかかれば、それくらいわけないさ」
「お、級が上がってますねー」
「まあな」
何てことの無い軽口。
同じ職場で働いていた頃は日常的に行われていた、ありふれた、今となってはかけがえのないやり取り。
もう二度とこんな会話をすることが無いと思っていた二人は、あの頃を懐かしむように笑い合ったのだった。
「…センパイ」
「ん?」
「手紙の通り、自分の思うように生きていたみたいですね」
「…分かるか?」
「分かりますよ。だって…」
西田は卓也の後ろに居る、卓也の仲間たちを見る。
ある者は無表情で、またある者は二人の"イチャイチャ"を見て複雑そうな顔をしている。
色々な感情を向けられてはいるが、みんな卓也が思うように生きた結果付いてきた者たちなのだと、西田は理解した。
こうなる事…卓也にこういう素質がある事は何となく予感していたのだが、それでも実際に見ることが出来たのは嬉しく思っている。
「素敵な仲間たちがあんなに居るじゃないですか」
「…だな」
卓也も後ろを振り返り心配そうにしている仲間を見る。
皆、自分には過ぎた仲間だと。勿体ないくらい素敵な人たちだと思っていた。
戦いの際は助け合い、自分が引っ越した際はこうして共に祝ってくれる、かけがえのない存在だった。
それもこれも、彼女にあの日救われたからこそだと、改めて実感する。
「さて…と。そろそろ帰りますね。あまり長居してしまうと、直ぐにバレちゃうんで」
「そっか…残念だな。もっと、話せたら良かったんだけど」
「そんな顔しないでください。死んだ私ともう一度こうして話せるだけでも、普通じゃあり得ない事なんですから」
「そう、だな…」
「死を乗り越えて、みんな成長していくんです。去る方は残る方に託して、残る方はそれを受け取って、また誰かに引き継いで…」
「ああ。だから俺から"西田の死を奪った"尾張は、ぶん殴って目を覚まさせてやらないとな」
「ですです」
西田は一ミリも動じていない卓也の表情を見て安堵していた。
そして同時に、自分の見立てが間違っていなかった事を確信し、大いに喜んだ。
「…さて、では次もし私じゃない私がセンパイの前に現れた時は、お願いしますね」
「任せてくれ」
「自分で死ぬのはやっぱり怖いので、申し訳ありませんが、今度はセンパイの手で…ね」
「……ああ。今日はありがとな」
西田は最後に微笑みながら、塵となって消えていったのであった。
そして卓也は、交渉材料、あるいは弱点として用意された西田に逆に背中を押され、ネクロマンサー・尾張と戦う覚悟を決めたのだった。
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